第11節:感謝の連鎖 プロジェクト成功に沸く社内で感謝の嵐を受ける凛子。九条からエリートへの復帰を打診され、封印していたトラウマが呼び覚まされる。
第11節:感謝の連鎖 プロジェクト成功に沸く社内で感謝の嵐を受ける凛子。九条からエリートへの復帰を打診され、封印していたトラウマが呼び覚まされる。
数日後、「ネクスト・ゲート」プロジェクトは無事に成功した。
社内は、かつてないほどの祝祭ムードに包まれていた。
「森下さん! あの時は本当にありがとうございました!」
「あのお茶、魔法みたいでした!」
給湯室には、プロジェクトメンバーたちがひっきりなしに訪れ、私にお礼を言ってくれた。
私は「ただのお茶ですよ」と微笑むだけだったが、胸の奥にはむず痒いような感覚があった。
そんな時、社長室に呼ばれた。
「森下。……いや、凛子。君の功績を正当に評価したい」
九条社長が、真剣な眼差しで私を見つめている。
「君の経歴は知っている。伝説のディレクター……。清掃員のままでは、君の才能が死ぬ。経営企画部に来ないか? 君なら、この会社の心臓部を担える」
その言葉を聞いた瞬間。
私の視界が、ぐにゃりと歪んだ。
(……もっと数字を。もっと成果を。……眠る暇があるなら、企画を考えろ!)
前職の、あの血の滲むような日々の記憶。
倒れる直前、灰色の景色の中で見た、自分自身の「死」の予感。
「……嫌、です」
私の声は、自分でも驚くほど震えていた。
「私は、あそこには戻れません。競争して、誰かを蹴落として、自分を削って……。そんなのは、もう御免なんです」
「凛子、落ち着け。私は君を壊すつもりはない……」
「いいえ、同じです。高い場所に行けば、また風に煽られる。……私は、ここで掃除をしている方が、ずっと『苦しみから外れる』ことができるんです」
私は逃げるように社長室を飛び出した。
給湯室に駆け込み、自分のために、震える手で茶を淹れた。
おつまみモンスターが現れた。
彼は、私の溢れ出した「恐怖」を、ゆっくりと、愛おしむように食べた。
見せてくれたビジョンは、嵐の夜、小さな灯台の中で静かにお茶を飲む人の姿だった。
「……そう。私は、灯台でいい。荒波の中へは、もう行かない」




