村の少年探偵・隆 こぼれ話 危機一髪
第1話 渓流釣り
隆たちの住む村には、奥の森林地帯に通じる道が一本抜かれている。この道は村人だけでなく、時々、見知らぬ人も通行していた。
昔、森林地帯は原生林だった。隆の村の人々は分け入って、木を伐り、炭を焼いた。その跡には杉が大量に植林された。人手を必要とし、遠方からの労働者が寝泊まりするための小屋も建てられていた。
そのうち、植林がひと段落した。山道に人影はまばらになった。
それでも、通行人が絶えたことはなかった。奥に渓流があり、そこにアメゴがいたからだ。
渓流は境谷と呼ばれた。渓が秘境との境界になっていたことによる。
その夏、隆は洋一、修司と申し合わせて、境谷に遊びに行った。
渓に着くと、水泳パンツに履き替え、ゴーグルと竿、魚籠を手に水に入る。
夏でも渓の水は冷たかった。五分もアメゴを追っていると唇が紫色になる。ガチガチ震えながら岩に体を横たえ、甲羅干しをするのだった。
子どもたちはしゃくり竿と呼ばれる、手製の竿でアメゴを獲った。竿の先にはテグスの付いた針がセットされている。アメゴがいれば、すばやく引っかける。ヤスで突く者もいた。
大人はたいてい釣り竿を使った。渓流の石を持ち上げては川虫を取り、針に刺す。 アメゴは警戒心が強い。釣るには、そっと近づき慎重に投げ入れる必要がある。子どもたちのように、大挙して渓に入ることなど、大人にすれば邪道もいいところだった。
第2話 禁止漁
成果はほぼゼロだった。
修司が一緒だと、アメゴを獲る場所は限られた。修司は小学校低学年の時のケガがもとで、足を引きずっていたからだ。
修司は洋一の従弟で同学年、二人は隆より一級上だった。洋一が活発だったのに対し、修司は控えめで大人しかった。
隆と修司は岩の上で、冷えた体を温めていた。洋一はいつまでもアメゴを追いかけていた。
隆は小用を足しに、灌木の中に入って行った。今日はもう三回目だった。ふと見ると、山椒の木があった。何げなく折って鼻に近づけると、刺激臭がした。
修司の背後から近づき、山椒の枝を鼻先に差し出した。
「うわ、臭い!」
修司は顔を背けた。
洋一が岩に上がった。
洋一は寝転んで、山椒の葉を噛んでいる。平気な顔をしていた。
洋一が小用から戻った。山椒の枝を何本も手にしていた。
「洋ちゃん、それ何するの」
隆が訊くと洋一は山椒を投げてよこした。
「これでアメゴ獲るんや」
山椒の枝と葉を石で叩いて潰した。岸辺から流れに向かって、淡い緑色が広がって行った。隆と修司は洋一の指示に従い、何度も山椒を取ってきた。半信半疑だった。
水面に何かが跳ねた。大粒の雨でも降り出したみたいだった。そのうち、アメゴが白い腹を上にして浮いてきた。
「やった!」
三人は渓に入り、アメゴを魚籠に入れた。小さな魚籠はやがてアメゴで一杯になった。
「言うたらいかんぞ。これ、禁止されとるんやって」
洋一は口止めした。
アメゴは死んでなかった。魚籠を水につけていると、やがて元気に泳ぎ始めた。大きなのだけを残し、小さなものは放してやった。
第3話 目撃者
「こら! お前ら何やっとる」
いきなり頭上で大声がした。
見上げると、大男がひとり仁王立ちになっていた。釣り竿を持ち、背中に大きなリュックを背負っていた。
「ふもとの小学生やろ。警察に言うたら、どうなるか分かっとるな」
三人は急いで帰り支度を始めた。足の悪い修司をかばいながら、洋一は重い魚籠を持ち上げた。
「証拠品を持って逃げる犯人がどこにおる。アメゴは置いて行け」 男は身軽に岩肌を伝って岸に降り立った。
三人は後ろを振り返りながら、山道を転がるように逃げ帰った。洋一はしきりに「ちくしょう」と連発していた。
洋一の家では母親の富江と妹の和子がラジオを聴いていた。洋一たちに何かがあったことを悟り、富江と和子はどこかに出かけた。
三人が息をひそめていると、バイクが一台、村を出て行った。「ちくしょうめ。あのおっさん」 洋一は握りこぶしを固めた。
第4話 リベンジ
三人が手ぶらで帰ったことを息子の修司から聞き、勲おじさんは笑った。「今度、父ちゃんが大きなアメゴ釣って来てやるわ」
いつもと違い、勲おじさんの魚籠にはあまりアメゴは入っていなかった。浮かない顔をして、アメゴのお腹を割いていた。
「妙見淵から上はさっぱりやった。おっても、小さいのばっかりや」
隆たちはあの日、アメゴを妙見淵においてきたはずだった。
「おっちゃん、誰ぞ、上で釣ったのがおるのやろか」
七輪で香ばしく焼けたアメゴを頬張りながら、洋一は訊いた。
「渓流は釣り上がっていくものや。釣りながら降りてくるもんはおらんわ」
話を聞いて、三人は一様に思っていた。
(だけど、あいつは境谷の上流から現れたなあ)
「おっちゃん。誰ぞ、クスリか何か使うて、アメゴ獲ったとしたら‥‥‥」
隆は恐る恐る切り出した。洋一と目が合った。隆は小さく頷いてサインを送った。
「上流で毒なんか入れたら、下流の魚も全滅や。まあ、山椒やったら気を失うだけやけどな。それと、クルマのバッテリーで電気流したら魚が失神するわ。釣りを愛する人間はマナーをちゃんと護る。毒や電流を流すようなやつは釣り人の風上にもおけんよ」
三人は首をすくめた。
土曜日の午前中の授業が終わり、隆たちは道草しながら下校していた。今日の予定はなかった。
バイクが一台停まっていた。
「あいつや」
三人は顔を見合わせた。
足が不自由な修司を残し、隆と洋一は境谷に出かけた。
「境谷はワシらの庭や。勝手なことさせんぞ」
二人は自らを奮い立たせていた。
勲おじさんの話では妙見淵から上流は男に荒らされているようだった。二人は妙見淵から下に向かうことにした。
しばらく下ると、若宮の滝の音が耳に入った。一〇メートルほどの落差があり、下は淵になっていた。
第5話 なんでこんなところに
若宮の滝の淵に男はいた。電気のコードみたいなものを手にしていた。足元には小さな四角い箱があった。勲おじさんが言っていたバッテリーだ。
「こら! そこで何やっとる」
洋一が鋭く叫んだ。
男は一瞬ぎくりとした様子だった。次の瞬間には、男が視界から消えていた。二人が下を覗き込むと、岩をよじ登ってくる男の姿があった。
二人は別々に逃げた。男は洋一を追いかけ、岩の後ろに追い詰めた。ドスンドスンと鈍い音が聞こえた。やがて男は洋一の首筋をつかみ、岩陰から引きずり出した。洋一は顔をしかめ、お腹を手で押さえていた。
男は不敵な笑いを浮かべながら、隆に近づいた。隆は足が震えた。両手で頭をかばった。
「やめとけ」
声の主は勲おじさんだった。
「相手は子どもやないか。なんならワシとやるか」
男が小腰をかがめた。
「あ、兄さん! なんでこんなところに」
「それはこっちのセリフや。お前に気安う、兄さんなんて呼ばれる覚えはないわ。まだ、つまらんことばっかりやっとるのか。とっとと帰れ」
男は獲ったアメゴをすべて勲おじさんに渡し、足早に立ち去った。
「まあ、ええわ。もらっとけ」
勲おじさんは魚籠を隆に手渡した。そのころには隆はやっと震えが止まっていた。
「おっちゃん、かっこええなあ」
洋一が服の砂を払いながら、立ち上がった。
「あほ!」
勲おじさんは無鉄砲な甥っこの頭を張った。
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