猫と飼い主
都会と呼ばれる東京のとある田舎町の古びたアパートの一室。
小さなテレビから流れるお笑い番組の笑い声と、誰かがグビりと喉を鳴らす音、そして、トントンという食材を切る規則的な三つの音が、音のある静寂としてその部屋には満ちていた。
「しーちゃーん、おつまみまだぁー?」
心地の良い静寂を破るかのように突然、リビングの方から、呂律の回らない酔っぱらいの声が聞こえて来た。
チラリとそちらを覗いてみれば、大きめのちゃぶ台の上で、白い天板が見えないほどに散乱した空き缶の山が目に入り……俺は静かに目を逸らし、切りかけの野菜の方へと戻る。
するとまた「おいコラぁー! ちょっとー? 無視すんなー!」と、酔っぱらいはさらに大きな声で俺を呼ぶ。
ふんわりと強烈なアルコール、そして少しの煙草の燃える匂いがここまで届き、眉間のシワがさらに濃くなるのを感じた。
「はぁ……なんだよ」
「もーなんだよとはなによぉ〜! ちょっと冷たくな〜い?」
「チッ、酔っ払いにはこれくらいで十分だろ」
「もーそれが可愛い彼女への態度なわけー!?」
「彼女じゃないです」
「彼女でしょー! 同棲してんだよぉ〜? 彼女以外のなんなわけぇ〜? 彼女だぁアオハルだぁ〜!」
……うるせぇ。
確かに俺たちが同居生活を初めて一年が経った。
側から見た時、他人は俺たちの関係をどう見るだろう。
兄妹だろうか、恋人だろうか……まぁ、彼女の言うように、そんな感じの親密な関係を思い浮かべる奴が大半だろう。
だが、どれでもない。
俺たちの関係を一言で言い表すなら……そう、飼い主と飼い猫と言ったところだろうか?
もちろん、俺が飼い主だ。
「もう! もういいよ! いじわるなしーちゃんなんてもう構ってやんないから!」
「俺は一度も構ってくれとは……」
「うるさい! はやくびぃる持ってこぉーい!」
そっちから絡んできたくせに……本当に気まぐれな奴である。
今はこんな知性のちの字もないようなただの酔っ払いだが、酔ってない時はもう少しまともなんだがな……と、俺はため息を吐いた。
あの日、俺達が初めて出会った日の彼女はもっと––––––––––いや、やっぱり大して変わらないか。
彼女は今も昔も猫みたいな奴である。
気まぐれで、自由で……いつも目が離せない。
俺は、「にゃーにゃー」と喚く酔っ払いを無視しながら、俺達が出会ったあの夜の思い出に思いを馳せるのだった。