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コティ教授のクエスト

 コティ教授は日曜というのに学園に呼び出されていた。

 というのも最近学園の西にある湖で、学生が魔物に襲われる事件が発生しているというのだ。コティ教授はその原因調査に休日返上で駆り出されたというわけであった。

 

「まったく今の学生はずいぶんとレベルが下がったものだ」


 昔は学園内で魔物が出たとなれば、学生たちが率先して調査討伐に出向いていた。だが今の学生ときたら、与えられたクエストしかこなそうとしない。自らクエストを提案して、積極的に知識や技術を獲得しようという意気込みが感じられない。これではたとえハンターになれたとしても生き残るのは困難だろう。


 コティ教授は廊下を歩きながら、独り深い溜息をはきだした。とそのとき、誰も居ないはずの戦闘訓練場から物音が聞こえてきた。


(日曜に訓練場を使っている者がいるのか?)


 コティ教授は気になって、戦闘訓練場をのぞいてみる。

 するとそこには模擬戦人形と戦闘真っ最中の学生二人がいた。

 うち一人はコティ教授もよく知る学生。ラウル・アルバーンである。


(さすがラウル君だな)


 休日にも鍛錬を怠らないとは良い心がけだ。彼はとても優秀であるし彼をうちの研究室に入れられたのは幸運だった。だがなかなかパーティメンバーを決めないので心配していたが、あれが例の面白い学生とやらだろうか。

 コティ教授はラウルと一緒に戦闘訓練をしている学生に目を向ける。


(知らない顔だな)


 もっとも高等科の学生は知らない学生の方が多いが、ラウルと組むほどの者なら研究科の方まで噂が聞こえてきていてもおかしくはない。新入生なのだろうか。


(それにしても)


 地味な戦い方だ。扱える魔力量はそれほど多くないのだろう。先ほどから淡々と弓を放って魔物を倒している。非力な女の子なら弓は魔物と接近しなくていいので理にかなった――。


「おや……?」


 もう倒したのか。あの模擬戦人形の仕様からして今は中難度の段階と思われるが、それをこの早さで。


(まぐれだろうか)


 しかし模擬戦人形が新しい魔物の姿をとったと思えばあっという間に倒され、また新しい魔物が現れている。


(どうしてあんなに早く倒せる……)


 コティ教授は物陰に隠れたまま、その少女の戦闘をよく観察してみる。

 決して高度な魔法を使いこなしているわけではない。身体能力だって恵まれているとはお世辞にも言えないようなものだ。ただ。


「目がいい」


 魔物の特徴をとらえるのが早い。魔物というのは種類によって弱点があるが、それだけではない。人間にも色んな性格のものがいるのと同じで、魔物にも個体によって行動パターンに差異がある。それをよく見て瞬時に把握しているのだ。

 これは一朝一夕にできることではない。相当な実践経験を積まなければ獲得するのは難しいはずだ。いったい今までこの少女はどれだけの魔物と戦ってきたのだろう。


(なるほど、ラウル君が選ぶのも納得だ)


 扱える魔力が多いものは一見優秀に見えるが、しかし自分の扱える魔力量を超える敵に遭遇したとき、にっちもさっちもいかなくなる。

 一方、観察眼に優れた者はたとえ自分の魔力量を超える相手でも、相手の弱点を冷静に見極め使えるものは何でも使い、自分の魔力不足を補う工夫をする。そして前者と後者を比べると、普段から創意工夫して戦っている後者の方がハンターとして伸びる可能性は高い。 

 つまりこの少女は、今後化ける可能性が高いということ。

 そしてラウル君はおそらくそのことを見越してパーティに引き入れたのだろう。


「素晴らしい」


 長年教師をやっているとこういうことがあるから辞められない。

 コティ教授は戦闘訓練をしている学生二人に歩み寄った。


***


 モネは体力も限界に来ていた。


(いったいいつまでやらせるつもりだ)


 もう何体倒したか分からない。それでもラウルはまだ満足できないようだった。


「まだだ。あともう少しだけ……」


 これも何度聞いたか分からない。

 次から次へと現れる魔物に対応しなきゃいけないこちらの身にもなってほしい。


(だけど)


 ラウルの真剣な顔を見ていると、それに応えようと心のどこかで感じている自分がいた。

 だからモネはなけなしの体力を振り絞って目の前に現れる敵を倒し続ける。

 ラウルはそんなモネに合わせて魔法防壁を作る。それをひたすら繰り返していく。


(いやでもやっぱもう無理)


 気持ちとは別に体力が底をついてしまった。


「ラウルさん。私もう体力の限界です」

「もう少しだけ」

「でももう足に力が入りません」

「じゃあ……少し休憩をはさむか」


 モネはゾッとした。休憩なんかしたら、その後またどれだけ付き合わされるかしれない。


「あの、今日はもうこの辺で許してもらえませんか。また今度必ず付き合いますから」


 懇願するモネにラウルが口を開きかけたとき、どこかから拍手が聞こえてきた。

 モネがふり返ると、知らないおじさんが拍手をしながらこちらへやって来るところだった。


「陰から見させてもらっていたよ。二人とも実に素晴らしい」


(誰?)


 モネが首を傾げると、ラウルがおじさんに応えた。


「これはコティ教授。日曜なのに学園に来られていたんですか」

「うむ、野暮用で呼び出されたのだよ。そんなことよりラウル君。こちらの女性は君の新しいパーティメンバーかね?」

「ええ、高等科一年のモネ・ルオント女史です」

「ほお、やはり新入生だったか。どうりで見ない顔だと思った。先ほどの戦闘訓練を見せてもらっていたが、君はすでにかなりの魔物討伐経験があるようだな。以前はどんなパーティに所属していたのかな?」

「あ、いえ。独りで狩りをしてました」

「なに!? 独りで狩りを!? 単独狩りは熟練ハンターでもなければ危険だろう。なぜ独りでなど……」

「独りなら失敗しても死ぬのは私だけですし、誰にも迷惑をかけませんから」

「それは……君はそんなことを考えているのか。いいかね、人間というのは迷惑をかけあってこそ本当の意味で成長し――」

「あー、教授。彼女は確かに独りでの狩りを好んでいたようですが、今はご覧のとおり。俺のパーティに入って頑張ってくれてるんです。だから大丈夫ですよ」                                                                                                          

「そうか。ラウル君がそう言うなら、わしからはこれ以上何も言うまい。モネ君。君はなかなか見どころがある。自分も仲間の命も大事に、頑張ってくれたまえ。期待している」

「は、は……い」


 いったい何を期待されているか分からずモネはあいまいに返事をした。


「うむ。まあまだ一年生だ。焦る必要はない。が、そうだ! 君たちにピッタリのクエストがあるのだが、やってみる気はあるかね?」


 そう言ってなぜかご機嫌なウインクを飛ばしてくるコティ教授を前に、モネはただうなずくほかなかった。



 コティ教授から与えられたクエストは、魔物討伐だった。モネにとっては喜ばしいことだが、ただ一つ厄介なことがあった。その魔物、なぜか水辺でデートする男女ばかりを襲うらしいのだ。


(だからピッタリってことね)


 そんな性質の魔物を討伐するとなれば、男女二人で水辺に出かけるのが手っ取り早い。

 ということでモネはラウルと一緒に校内で人気の水辺スポットに行くことになった。わけなのだが。


「なんで私たち、クレープ屋に並んでいるのでしょうか」


 モネとラウルは、学園に来ていた移動クレープ屋の列に並んでいた。


「何でって、デートするなら甘い物が必要だろう」

「……そういう、ものなんですか……」

「ああ。そういうものだ」


 誰かとデートなんてしたことがないモネにはあまりピンとこなかったが、辺りを見回してみれば確かにクレープ屋に並んでいる者はみんなカップルのようだった。なかには一人で来ている男もいるが、注文しているクレープは二つだ。やはり誰かと一緒に食べるつもりなのかもしれない。

 

(だからって私たちまで真似しなくても)


 あくまでカップルのフリだけなのだからそこまでしなくていい気がする。と思いつつも、ずっしり重そうなクレープを握りしめご満悦な様子のラウルを目の当たりにすると、何も言えないモネだった。


「さあ、まずは」


 湖へと向かう道すがら、ラウルがずいと大きなクレープをモネの目の前に差し出してきた。さらにくいっと顎をつきだしてくる。食べろ、ということなのだろう。

 だが他人さまの食べ物をたべる、しかも道行く人に見られながらなんて、繊細人間には拷問以外のなにものでもないい。


「いやあの、私のことはお気になさらず。食べてください……」

「クレープ嫌いだったか?」

「そんなことはないですけど」

「だったら、ほら。レディが先に食べてくれないと俺が食べられないじゃないか」


 ほらほら、とラウルはクレープをずいと持ち上げる。モネはぶるぶると首を横に振る。するとラウルは短く溜息をはきクレープのてっぺんについたイチゴをつまんだかと思えば、あろうことかそれをモネの唇に押し付けてきた。

 ぎょっとしたモネだったが、一度自分の口に触れてしまったものをいらないとは言いづらい。食べ物を粗末にするのも嫌だ。

 しかたなくモネは口を開いてイチゴを受け入れた。

 瞬間、モネはカッと目を見開く。


「むっ!?」


 口にふくんだ苺の味はモネの予想をはるかに超えるものだった。すっきり爽やかな香りの奥に豊潤な甘みがやってきて、さらにその後から生クリームが優しくイチゴの酸味を包み込む。その絶妙なハーモニーにモネの思考はすっかりとろけてしまった。隣でラウルがニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべているのにも気づかない。


「うまいだろ」


 ラウルはモネがイチゴをのみこんだのを見とどけると、今度はチョコソースがかかったバナナをつまんだ。そしてまたしてもモネの口元へ持ってくる。

 だがさすがにこれ以上はだめだ。


「ちょっ」

 

 ラウルを睨んでみたモネだったが、結局それは無駄な抵抗におわった。バナナチョコ生クリームという夢のトリプルアタックにはどう抗っても勝てるはずはなかった。


 とそんなことをしながら歩いていると、目的の湖が見えてきた。学園の敷地外まで広がる大きくて美しい湖だ。湖岸にはいくつかベンチが置いてあって、湖を眺めながら休憩できるようになっている。

 しかし魔物の噂が広まっているせいか、湖岸一帯は人気がなかった。ただ一人の先客を除いては。


(あれ? あの人、確か)


 人気のない湖岸のベンチに座っていたのは、先ほどクレープ屋に一人で並んでいた男だった。てっきり二個目は誰かの分だと思ったが、一人で二つのクレープを食べている。

 別に一人でいくつクレープを食べようと勝手だが、男の食べっぷりは大好きなものをたくさん頬張って喜びに満ちている、というよりはなんだか寂し気な様子に見えた。


(ひょっとして待ち人が来なかったのかな)


 彼の背中はそんな雰囲気を漂わせていた。が、これ以上他人のことをあれこれ考えるのも失礼だ。モネは視線を湖に移した。


「さて、この辺りでいいかな」


 二人は男から少し離れたところにあるベンチに座った。

 ラウルがご機嫌でクレープを頬張っている隣で、モネは目の前に広がる湖を凝視していた。

 普通の人にとっては単なる穏やかな湖にしか思えないだろう。

 だが。


(これはいるな)


 研ぎ澄まされたモネの魔物センサーはびんびん反応していた。

 まだラウルは気づいていないようだが、モネには確信があった。


(さあ、何がでてくる?)


 モネが舌なめずりしたとき、湖面で何かが跳ねた。


(魚?)


 モネが見つめる先で、また何か水面から飛び上がった。


「お、何かいたな」


 ラウルも気づいたようだ。二人は立ち上がって湖面ギリギリまで近づいてみる。やがて湖面の上を飛び跳ねる数が増えてきた。しかもだんだんモネたちのいる方へ近づいて来ている。


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