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二人きりの特訓

 夕食後、お婆ちゃんズが帰ったのち、モネは周囲に誰もいないのを確認して厨房裏手のドアの鍵を閉めた。


(誰かに見られたら何を言われるか分かんないもんね)


 モネが食堂で手伝いをしているのは、実は生活費のためだけではなかった。

 モネは狩り同様、魔物を食べることも大好きなのだ。だから厨房の手伝いをしているのは、こうして魔物を調理する場所を確保するためでもあった。


(みんなも魔物食べればいいのに)


 普通の人は、魔物を食べない。食べまるのは特殊な癖を持った変人だけである。そしてモネはその変人であった。

 ただし、このことは誰にも話していない。誰かに話せば間違いなく異端扱いされるからだ。

 受け入れてもらえないなら、最初から知られないようにすればいい。これも大事な自己防衛である。


(さて)


 モネは調理に必要な道具を確認する。実はこの学園の建物は以前まで王宮として使われていたもので、食堂も古いとはいえ王宮仕様の大変立派なものであった。もちろん調理道具もいいものがそろっている。

 モネは鼻歌を歌いながら、糸根の調理に取りかかった。

 事前に糸根はレモン水にひたしておいたので、ちょうどいい具合にほどけていた。

 モネはフライパンを火にかけ、そこに糸根を入れた。

 フライパンが温まってくると、ゲスタランテラの糸はしだいに細くなっていき、やがてキラキラと輝きはじめる。そこまでくれば、あとは適当な棒やフォークに糸をからめていけば、ゲスタランテラの糸綿菓子(いとわたがし)の完成だ。


「うひゃあ。これはいい」


 ゲスタランテラの糸綿菓子はまるで宝石のように光を透かして輝いていた。さらにゲスタランテラの糸は熱することで甘みがでる。レモン果汁をたっぷり含んだ糸は、爽やかな甘酸っぱい香りがあたりに漂わせていた。

 モネは我慢できず勢いよく糸綿菓子にかぶりつく。強烈な甘み、その後にくるこれまた強烈な酸味。そして、口の中で唾液に触れた瞬間、糸がパチパチと弾けた。これが普通の綿菓子との違いであり、わざわざ手間をかけても食べたくなるゲスタランテラ糸綿菓子の醍醐味だった。

 モネは気の済むまで弾ける甘味と酸味を楽しんだのち、調理台にフォークを置いた。

 

「ふう」


 舌なめずりしながらふと窓の方を見たモネは、思わず窓の外を二度見した。

 背の高い黒髪の男が、窓に貼りついてこちらをのぞいていたのだ。


「ぎゃ!」


 モネは声を上げた直後、今までの営みをすべて見られていたことに気づく。

 さっと青ざめたモネだが、人間窮地に追い込まれると逆に冷静になるものである。

 モネは言い逃れできないことを悟ると、素直に裏手のドアの鍵を開けた。

 慌てた様子で部屋の中へ入ってきたラウルは入ってくるなりモネの肩をつかんで言う。


「大丈夫か! すぐ呪いをときに……!」

「え、いや大丈夫です。呪われたりなんてしません」

「バカ言え、魔物の分泌物なんか食べたら呪われるぞ」

「それは迷信です。今までも散々食べてますが、呪われたことなんてないですよ」

「散々食べて!? どうなってるんだおまえの身体は」

「生きた魔物そのものじゃなければ大丈夫なんです。よかったらラウルさんもいかがですか?」


 そういってモネが糸根の残りを顔の高さに持ち上げる。ラウルはビクッとのけぞった。


「ま……まあ身体がなんともないならいいが」


 やっとモネの肩から手を離したラウルは、自分の額に手を当てしばらくブツブツつぶやいていたが、やがて考えても仕方ないというところへいきついたらしい。諦めた様子で、椅子に座った。

 そんなラウルを見てなんだか申し訳なくなったモネは、冷たい水をラウルに出してやる。


「本当は何のご用だったんですか」


 水を一気に飲み干したラウルは、杯をテーブルに置いてモネのほうへ向き直った。


「俺たちのパーティのことだけど、もう少しメンバーを増やしたいと思っている」

「そうですか」

「あんまり興味なさそうだな」

「いやそういうわけではありませんが……」


 正直ラウルだけでも厄介なのに、これからさらにメンバーが増えたらいったいどうなるのだろう。独りでの狩りしかしたことのないモネはちょっと想像できなかった。


「学年末にある校内戦に出たいと思ってるんだ。そのためには最低でもあと二人メンバーが必要なんだよ」


 学年末試験の少し前に開催される校内戦は学園祭をかねており、一年で最も盛り上がる催し物らしい、ということはモネも知っていた。

 人がたくさんいて賑やかなのは得意ではないが、ラウルが出たいというなら仕方ない。


「だけどまずは俺たちの連携を上げていかないとな」

「連携?」

「仲間になってもらうのは俺たちのスタイルに合った人間がいいだろう? ならまずは俺たちのスタイルを確立しないといけない」

「は、はあ……」

「それにゲスタランテラを狩ったときにちょっと試してみたいことができたんだ。おまえにはしばらくその練習に付き合ってもらいたい」


 なんだかよく分からなかったが、モネは首を縦に振っておいた。


「ではまた今度」


 ラウルはそう言って裏戸から出て行った。 

 


***



「そういえば、ラウル君。またパーティのメンバーの申し込みが来ていたが、会ってみるかね?」 


 ラウルが研究室で書類とにらめっこしていると、コティ教授が話しかけてきた。


「いえ、断っておいてください」

「あら、もしかしてやっとラウルもメンバーを見つけたのかしら」


 レティーシャが会話に入ってくる。


「ああ、面白い学生が一人ね」

「何だまだ一人だけか。ラウル君はいくらでも選べるのだから、早く決めてしまいなさい。優秀な学生が売り切れるぞ」

「心配して頂いてありがとうございます教授。でもまだ時間はありますから、もう少しその学生のことを知ってから他のメンバーを選びたいんです」

「ほう、その学生をよほど気に入っているのだな」

「ええ、色んな意味でなかなかいない子なんです。いずれコティ教授にも紹介しますね」

「それは楽しみだな」

「ところで教授、模擬戦人形を貸していただきたいのですが」

「うむ構わんぞ。そこの棚にあるのを持って行きなさい」

「ありがとうございます」


 ラウルは壁際の棚に置いてある布製の人形を手に取る。腹のところには「模擬戦人形1」と手書きで書かれていた。


(さあて、彼女はどこまでいけるかな)


 くつくつと不穏な笑みをこぼしているラウルを、レティーシャや他の学生は怪訝な目で見つめていたのだった。

 


***



 日曜日である。モネにとって唯一の休息日だ。

 モネは出窓に腰かけ、香嘉(カカ)と呼ばれる香辛飲料をすすりながら外を眺めていた。


(穏やかな日だ)


 最近なにかとせわしない日が続いていたけれど、今日は久々にゆっくりできる。


(そういや、そろそろあれを作っておいたほうがいいかな)


 モネは出窓から降りると、カップをテーブルに置いて棚に向かった。そしてごちゃごちゃとたくさんものが詰め込まれた棚から迷いなく目的の壺を取り出し、フタをとって中を覗きこむ。

 壺の中には保湿クリームが入っていた。いつも身体に塗っているのだがもう底が見えかけている。


「やっぱり今日作っておこう」


 弓使いのモネにとって手荒れは重大な問題だ。ささくれやひび割れのようなちょっとした異変があるだけで、明らかに矢の命中率が下がってしまう。

 モネは体のメンテナンスに余念がなかった。魔力も体力もついでに胸もない、けっしてスペックの高い体とはいえないが、それでもこの体は大好きな狩りをするための大事な武器なのである。体調不良やケガなんてことで狩りができなくなることは避けたかった。


(そうだ、せっかくだから)

 

 今回は香りつきにしてみよう。

 今まで実家にいるときは、ヘアオイルにしろボディクリームにしろ香りのつくものは親から娼婦の真似事だと言って禁止されていた。しかしこの部屋は自分以外誰もいないし誰も来ない。夜寝る前に香り付きのクリームを使ったって咎める者は誰もいないのだ。


(よし、そうと決まれば) 


 香りづけの材料になるものはないかとモネが棚をあさりはじめたとき、ドアをノックする音が聞こえた。


(誰……?)


 実はモネの部屋は他の学生たちの寮の隣にある小屋だった。昔、用務員が寝泊まりするのに使っていた小屋で、寮費がどうしても払えないと相談したところ副学長がここに住む許可をくれたのだ。

 ただモネがここに住んでいるということは教職員くらいしか知らない。だから、こんな休日に訪ねてくるものなどいないはずなのだが――。

 モネはメガネをかけ、恐る恐るドアを開けた。すると。


「やあ、お嬢さん。ごきげんいかがかな?」


 ドアの向こうに立っていたのは、曇ったメガネ越しでも目が眩みそうなほど輝かしい男だった。


「ラウルさんが、どうしてここを?」

「シルッカさん、いやシルックさんだったかな。に聞いたんだよ」


 あの人たちは基本的にいい人たちなのだがおしゃべりなようだ。


「この前も話したが、少し練習に付き合って欲しいんだ」

「今からですか?」

「ああ。でも少しだけだから」


 早く保湿クリームを作りたかったが、まあ少しだけというならいいだろう。

 モネは弓を持つとラウルについて小屋を出た。




 ラウルに連れてこられたのは、校内にある戦闘訓練場であった。


「今日は貸切りだから安心しなさい」


 ラウルは以前モネが人の視線が気になると言っていたのをちゃんと覚えていてくれたらしい。

 モネはメガネを外した。


「それで、どんな練習をするんですか?」

「おまえは観察眼に優れているからね。それを生かすための防衛練習をしたいんだ」

「といいますと?」

「おまえはあまり知らないかもしれないが、通常複数人のパーティで戦う場合、敵の攻撃をしのぐ際はメンバー全員が一箇所に集まってそこに防壁を作るものなんだ」


 考えてみれば当たり前の話である。メンバーが分散していたら守りようがない。

 複数人での戦闘経験がないモネでもそれは理解できた。


「だけど、そうなるとおまえは自由に動いて魔物を観察できない。それではおまえの能力を活かせない。だから」


 ラウルは箱の中をあさりながら言った。


「自由に動くメンバーそれぞれに防壁を作れるようにしたいんだ」

「それはまた……相当に難しそうですね」


 つまりラウルはメンバーたちの動きに合わせて別々に魔法防壁を作りたいということだ。はたしてそんなことが可能なのだろうか。


「難しいからやるんだよ。俺はね、新しい防御、より強い防御を求めているんだ。だから今まで誰もやったことないことをしたい」


 天才の考えていることはよく分からないが、ラウルがそうしたいというならこちらが口を出すことではない。


「メンバーが増えても役割からして一番動き回るのはおまえだ。まずは徹底的におまえの動きに慣れておきたい」

「わかりました」

「じゃ今日はこの模擬戦人形で練習しよう」

 

 ラウルの手には、くたびれた人形が握られていた。


「この人形動くんですか?」

「ああ、だけど倒すのは人形じゃないぞ」


 言いながらラウルは人形の頭を撫でる。

 するとたちまち人形は形を変えながら宙に浮かんだ。

 

「おお」


 あっという間に人形だったものは、大きな魔物の姿になっていた。


「ドクミズトカゲですね」


 透けるような薄い皮膜に覆われた、トカゲ型の魔物である。


「これ攻撃受けたらどうなるんですか?」

「少しピリッとするが害はない」


 なるほど、と答えると同時にモネは走り出した。

 ドクミズトカゲは泡を吐き、その泡を利用して滑るように高速移動してくる魔物だ。

 ならば泡を吹く前に仕留めてやる。

 急所である腹を狙うため、ドクミズトカゲの真横に移動しながら弓を構えた。

 一発打ち込んだ直後、ドクミズトカゲの尻尾がしなりモネの体に直撃した。かに思えたが、モネの眼前にはきっちり魔法防壁ができていた。ドクミズトカゲの尻尾はバシンと音を立てて防壁に跳ね返される。

 その衝撃にドクミズトカゲが怯んでいる隙にモネは二発目を敵の腹に打ち込み、ドクミズトカゲは水風船のように弾けて消えた。


「次やるときはもう少し難易度を上げてもいいかもしれないですね」

「ああ、これはまだ準備運動だからな。本番はこれからだぞ」

「え……」


 ラウルが指差す方を見やれば、地面に転がっていた模擬戦人形がムクムクと膨れ上がっていき、たちまち巨大なゴブリンの姿に変化した。


「あのう、一匹倒したので今日はもう……」

「何言ってる。練習はこれからだぞ。ほらほら早くしないとゴブリンが今にも斧を投げてきそうだ」


 ラウルはそう言って美しく微笑む。こういう笑みを浮かべたラウルが何を言っても逃してくれないということは、以前の追いかけっこで学習済みだ。

 モネは諦めてゴブリンに向かい合った。


 このとき物陰から、知らないおじさんがモネの様子を眺めながら目を輝かせていたのだが、このときのモネはまだ気づいていなかった。


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