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打ち上げまでが討伐です

 モネはラウルに連れられ、学園前にある料理屋にやってきた。さっさと宿舎に帰りたかったが、ラウルに「打ち上げまでが狩りだ」と言いくるめられ渋々今に至る。

 ラウルは通りの中でもひときわ怪しい雰囲気を放っている店の前に立つと、後ろをふりかえった。


「ここは俺の隠れ家なんだ」


 言いながらラウルは店の扉を開ける。モネはラウルについて店内に入った。


 店の中は明かりが少なく薄暗かった。チラホラ客がいるのが見えるが、どうやら学園の学生ではなさそうだ。

 ひょろっと背の高い給仕がモネたちの来店に気づき、席の間を縫うようにして近寄ってくる。


「おやこれは珍しい。ラウルさんが女性を連れてくるなんて」

「奥の個室空いてます?」


 店主はニヤッと笑うと、首を傾げてついてくるようモネたちにに促す。

 暗くて狭い廊下を進み案内されたのは、これまたなんとも狭い部屋だった。

 せまくて静かなところが好きなモネにとっては嬉しい場所だったが、席に座っていざ前を向いた途端、猛烈な居心地の悪さを感じた。

 魔物を狩っているときは魔物に意識が集中していたし先ほどはずっと暗い林の中だったのでなんとも思わなかったが、この狭い空間に二人きり、しかも真正面にこの美青年が座ると美しさの圧が半端なかった。


「さあ、今日は二人ではじめて狩りに成功した祝いだ。なんでも好きなものを頼みなさい」


 ラウルはそう言ってくれたが、モネはとても食べ物が喉を通るような状態ではなかった。パーティを組むことになったとはいえ、モネにとってラウルはまだ未知の人間だ。慣れない人と一緒に食事をするなんてのは、繊細人間の苦手なことランキング上位に食い込む高難易度クエストである。

 モネは自分の方へ向けられたメニュー表を見てみるものの、正直書かれている文言が全く頭に入ってこない。

 一方、ラウルはというと、テーブルに頬杖をついて微笑んだままじっとこちらを見ている。


(早く決めないとまずいかな)


 そう思ったモネはパッと目に入った豆スープを指さす。


「じ、じゃあこれでお願いします」

「これと? あとは?」

「これだけでいいです」


 ラウルは驚いたような顔をしたが何も言わず立ち上がると、そのまま部屋を出て店員のところへ料理を注文しにいってくれた。

 そして戻ってきたラウルは席につくと不思議そうに言う。


「魔物を狩ってるときはあんなに威勢が良かったのに。魔物がいないとすっかり大人しくなってしまうんだな」


 ラウルは珍しい生き物でも観察するようにモネのことをまじまじと見つめてくる。

 ただでさえ強烈な目力なのに、今モネはメガネをかけていない。ラウルからにじみ出るその輝きに目が焼き切れそうだ。


(君のメガネになってやる、なんて言われたけど)


 正直あなたの視線が一番強烈なんですけど。と思いつつ、それでもここは何か話した方がいいのかとモネは頑張って話題を考えていた。


(うぅん。こういうときって、みんな何を話すんだろう)


 他人と食事をすることなんてほとんどないモネは、食事の場に合う気の利いた話題なんて全く思い浮かばなかった。というかそもそも何が気の利いた話題なのかも分からないのだ。分からないものは思い浮かぶはずがない。のに、部屋が静かになると自分が何か話さなくてはと謎のプレッシャーを感じてしまうところが繊細人間の辛いところであった。

 頭を捻りあげたモネは、なんとか自分のテリトリーの中で最もこの場にそぐいそうなことについてたずねてみることにする。


「あの……さっきのゲスゲスタランテラ。どうして学園内に入って来ることができたんでしょうか」

「ん? そうだな。魔物が学園内に入ることはままあるが、あれほど大きいのは珍しいな。副学長の話だと門番が眠りこんでしまっていて、それで門から入ったんじゃないかということだ」

「なんで眠ってしまってたんですかね。その門番」

「さあ、疲れてたんじゃないか? なんにしても門番はクビになったそうだよ」


 学生が二人死にかけたのだ。当然の処遇だろう。ただ本当に疲れていただけなのか調査はしたのだろうか。とモネは思った。それにいくら疲れて眠っていてもゲスタランテラが横を素通りして気づかないものだろうか。

 と考えていると、今度はラウルが話題をふってきた。


「そういや君、さっき受注所でゲスタランテラの糸根が欲しいって言ってたけど、糸根なんて何に使うんだ?」


 先ほど二人は正門横にあるクエスト受注所でゲスタランテラ討伐の報告をしてきた。討伐した魔物については、申請をすればその素材をもらうことができるのだが、申請書にモネは、ゲスタランテラが糸を作る器官、糸根と呼ばれるものを記載したのだ。

 ただ糸根はあまり使い道がないもので廃棄されるのが普通だ。だからラウルは不思議に思ったのだろう。

 モネはとある理由から糸根が欲しかったのだが、その理由をラウルには知られたくなかった。


「いやまあ、ちょっとどんなものなのかなって……」


 モネがなんとか誤魔化していると、ちょうどいいところに店員が部屋へ入ってきた。

 

「おまたせいたしました」


 店員は料理の皿がたくさん乗ったワゴンを転がして入ってきた。それまで寂しかったテーブルの上が、あっという間にごちそうで埋め尽くされる。

 店員が出て行くと、モネは改めてテーブルの上に並べられた料理を眺めた。


(おおう……)


 モネが予想以上の料理の量にあっけにとられているのにかまわず、ラウルは料理の説明をはじめた。


「ここの名物は愚骨鶏(グコッケイ)を使った料理なんだ。特にオムレツは絶品だから絶対食べなさい。それから愚骨鶏とほうれん草のキッシュもうまいぞ。あと、これは君の飲み物だ」

 

 そう言ってモネの前に置いてくれたグラスには、黄色の飲み物が入っていた。


「店主の奥さんがつくってるレモネードだよ」


 モネは酸っぱいものが好きだった。だからレモネードも大好物ではあるのだが、そんなことを知っているはずのないラウルがどうしてレモネードを頼んでくれたのか不思議である。

 モネが怪訝な表情をしているのに気づいたのか、ラウルは面白がるように言った。


「保健室でレモンの話をしてたとき、口の端がひくひくしてたからな。レモンが好きなのかなと思ったんだが。どうやら当たりのようだな」


 得意げに言うラウルの顔をできるだけみないようにして、モネはレモネードをちびっとすすった。

 甘さ控えめのレモネードはスッキリしていて疲れも吹っ飛ぶ美味さだった。

 一方、ラウルはなにやら白濁した飲み物を飲んでいた。しかもごくごくとすごい勢いでのんでいる。


「討伐のあとはやっぱりこれだな!」


 勢いよく杯をあおったラウルは、モネを見据えて言う。


「実はな、俺も新しい防衛術に挑戦してみようかと思ってるんだ」


 ラウルはペラペラと防衛術について語りはじめる。それを聞きながらモネはふとあることを思った。


「そういえば……ラウルさんてどうして防衛術を極めてるんですか? ラウルさんなら攻撃魔法だっていくらでもできそうなのに」


 防衛担当というのは正直、地味な役回りだ。難しいわりに華やかさは全くない。だから魔法が得意な人間の多くは攻撃魔法を極める。なのにラウルはなぜわざわざ地味な防衛に徹しているのだろうか。

 ラウルは持っていたフォークを静かに置いた。


「防衛というのは確かに派手さはない。対人戦なんかすると、守備しかしない者に対して相手が舐めてかかってくることもある。俺だけに執拗な攻撃をしてくるとかね。でも」


 ラウルの言葉がだんだん熱を帯びはじめる。


「そういった輩が攻撃しても攻撃しても、俺の魔法防壁を突破できないとだんだん焦りはじめるわけだよ。あれ? どうしてこんなに攻撃してるのに防壁が破れないんだ? ってね。やがて彼らの顔は不安と恐怖で満ちていく。攻撃しているのは自分なのに、なぜか心理的にはどんどん追い詰められていく。そんな人間の顔をみるのが楽しくて楽しくて」

「へ、へえ……」


 モネが引き気味に相槌を打つと、ラウルは「というのは半分冗談で」とあっけらかんと言い放った。


「まあ、あれだよ。昔ね、思ったんだ。他人を守れるような人間になりたいなあって。自分にその強さがあれば、と……」


 ラウルの表情は一転、過去の記憶を辿るように遠い目になっていた。


(なんだろう)


 今の言い方はまるで、誰かを守れなかった人間の言葉のように聞こえた。

 でもこれ以上深く聞いてはいけない話題のような気がして、モネは黙ってレモネードをすすった。

 ラウルも白濁した飲み物を一口含む。


「防衛と言えば、さっきゲスタランテラ討伐のときに気づいたんだが、メンバーの……うご…………はるというアイ…………デ……」


 先ほどまで滑らかすぎるほどに回っていたラウルの舌の動きが急に遅くなり、体幹が不自然にゆらゆら揺れはじめた。

 ぎょっとしたモネはとっさにラウルの身体を支えようと手を伸ばしたが、時すでに遅し。ラウルはテーブルに突っ伏すようにして倒れてしまった。

 モネがあわててテーブルを周りこみラウルの顔をのぞき込むと、すーすーと気持ちよさそうな寝息がきこえてきた。


(え、寝てる?)


 モネが首を傾げたとき、部屋の入口から店員が入ってきた。


「そろそろ水を、ってこりゃ。遅かったか」


 店員は慣れた手つきでラウルの肩をゆする。


「ほらラウルさん。お連れ様がびっくりしちゃってますよってば」


 だがラウルはびくともしない。モネは店員にたずねた。


「もしかしてこれお酒だったんですか?」

「いやいや、ただの発酵した乳ですよ。だけどラウルさんねえ、なぜかこれで酔っ払ったみたいになっちゃうんですよね〜。やめときゃいいのに、好きなものはやめられないんですかね。でも最近はあんまり飲んでなかったみたいだけど、今日はなにか嬉しいことでもあったのかな」

「はあ」

「まあしばらく寝かしとけばそのうち起きますから。お連れさんはお食事なさっていたらいかがです?」


 ラウルをこのまま放って帰るのも寝覚めが悪いので、モネは店員の言うとおりにすることにした。


「うまし!」


 ラウルがのびている間に、モネは一人おいしい料理に舌鼓をうったのだった。


***


 翌日、ゲスタランテラ討伐の報せは、すでに学園中に広まっていた。


「あのゲスタランテラ、ラウル様が討伐されたんでしょ?」

「噂じゃ誰かもう一人いたらしいぜ。女の子だってよ」

「え! ほんとに!? うらやましいー。ああん、どうにかして私もラウル様のパーティに入れないかしら」


 ゲスタランテラ討伐において、ラウルの他にもう一人メンバーがいたことがすでに噂になっていた。

 モネはどうにか自分だとバレませんようにと内心ドギマギしながら自分の席で独り冷汗をかいていた。

 そんなモネのところへ、一人の男子学生が声をかけてくる。


「ねえ、そこのメガネの子。昨日ラウルさん何の用で君のところへ来ていたの?」


 彼は名をセイヴン・コスラフといい、入学試験でトップ成績をおさめたという秀才だった。しかもその整った容姿や爽やかな雰囲気から第二のラウルなんて異名も聞く。

 そんな彼の行動はラウル同様目立つものだ。みんなも彼の発言でラウルが昨日モネの元を訪れていたことを思い出したようだ。一気にクラス中の視線がモネに集中する。

 冷たい汗が背中を伝っていったのが分かった。ただモネは昨日ラウルが教室に来たときからずっと、この質問がきたときの言い訳を考えていた。


「私、ゲスタランテラに襲われた先輩に会ったことがあるので。そのことを聞かれただけです」


 迷いない答えに納得してくれたのか、セイヴンはふうんと言ったきりもうモネには興味をなくしたようだった。周りの学生たちも同様な様子だ。


(ふう、危ない危ない)


 ラウルとパーティを組んだことが知られれば、どんな嫌がらせをされるか分かったものではない。すでにどこのパーティに入った入らないでもめ事やいじめがあちらこちらで起こっているのを、モネは知っていた。


(どうしたものかな)


 今後もラウルとパーティを組んでいることは秘密にしておきたいが、何かいい方法はあるだろうか。

 モネは授業中もずっとそのことを考えていた。しかしいい案は思い浮かばない。


(まあ一旦このことは忘れよう)


 少し時間を置けばいい案が浮かぶこともある。それに今日はこのあとお楽しみの時間が待っているのだ。心配事で頭をいっぱいにしておくのはもったいない。

 終業のベルが鳴ると同時に、モネはクエスト受注所へ向かった。

 今日はこのあと、ゲスタランテラの糸根をもらいうける手はずになっているのだ。


(楽しみだなあ)


 モネはゆるんだ口もとを見られないようにうつむきながら、廊下を早足で通り抜けた。



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― 新着の感想 ―
この先輩…隙だらけだな…?防御魔法のくだり、半分冗談の半分本当なのがいいですね。
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