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モネの静かなる学園生活

初のハイファンタジーです。

よろしくお願いします。

 モネ・ルオントがクルル王立魔法学園に入学して一ヶ月が経とうとしていた。

 新入生ならば新しい環境に浮足立って当然の時期であるが、このモネという少女はすでにこの学園での自分の立場を悟っていた。


 ――影が薄くて、地味で冴えない女の子。


 人気者ランキング(学園カースト)でいうなら最下層に分類されるだろう。なにしろ見た目の時点でずいぶん損をしていた。猫背のひょろい体についた胸はほぼ壁で、全体的に十六歳の少女にしては女らしい丸みというものがまるでない。丸いといえば、丸い大きなメガネはしているが、それもオシャレというにはほど遠く、拭ってもとれない曇ったレンズのせいで自分でも鏡を見てトンボみたいだなあ、と思ったりする。まあ焦茶の髪だけは艶がある方なのだが、直毛すぎていくらコテで巻いても周りの女の子のように、ふんわり華やかヘアになることはけっしてなかった。

 おまけにいつも俯いていては、友達を作るどころかクラスメイトに顔を認識されているかさえ怪しいものである。

 

 そして、一度最下層に分類された者がそこから上の階層にいくのは至難の業であった。つまりこれからの三年間モネはずっと最下層で、日の当たらない生活を送る可能性が高いということ。


 そんな自分の状況を冷静かつ俯瞰的に把握してしまっている本人モネは、しかし、おおむね自分の立場に満足していた。

 地味で影が薄いというのは、他人に干渉されず静かに生きていきたいモネにとっては狙い通りの評価である。このまま目立たず当たり障りなく、学園生活を終えられればそれでいい。

 そう、モネがこの学園に入学したのは、友達を作るためでも甘酸っぱい青春を謳歌するためでもなかった。


 モネがこの学園に来た理由はただ一つ。魔物ハンターの受験資格を得ることだ。


 この学園は卒業と同時に魔物ハンターの受験資格を得られる。魔物は人間を脅かす恐ろしい生き物であると同時に、魔物から採れる素材はこの国の経済に大きく影響していた。魔物ハンターになることができれば、まず食いっぱぐれることはない。


(ああー。そろそろ魔物狩りにいきたいなあ)


 実はモネは学園に来る前から独りで魔物狩りをしていた。この国では無免許でも魔物狩り自体は許されている。ただその素材を売るとなるとハンター資格が必要となるのだ。これは昔、ハンターの質が著しく落ちたため、しかるべき教育を受け試験に合格した者のみが魔物素材を売却できるように整備されたからだった。つまり魔物を狩るのは無資格でもできるが、その素材を売って生活していきたいなら、ハンター資格を取らないといけないのである。


 すでに魔物狩りの技術を持っているモネにとっては、今さら学校に通わねばならないというのは面倒な話だ。だが文句を言ったところで現実は変わらない。むしろこの三年間さえ乗り切れば、この先好きなことをして生きていけると思えば易いものだ。

 

 モネは机の上に、すでに手あかのつきまくっている『入学のしおり』を取り出した。人見知りのモネは話す友達がいないので、休憩時間はもっぱら『入学のしおり』とにらめっこをして過ごしていた。

 ページをめくり、もう何度読んだか知れない文面を目で追うフリをしながら、頭の中では全然違うことを考えていた。


(裏の森ってどんな魔物がいるんだろ)


 学園の裏手は深い森になっていて魔物が多く生息しているらしく、入学式に聞いた話では、学生たちはパーティを組んでこの森で魔物討伐の練習をするとのことだった。

 しかもカリキュラムの中に討伐時間が設けられており、その討伐成績も筆記試験同様、一定以上の成績をおさめていないと進級できないようになっている。

 つまり、どのパーティに入るかということは、自分の成績ひいては将来にも関わる重大な選択といえる。

 すでに周りのクラスメイトたちは、討伐クエストやパーティのことが気になってしかたない様子であった。


「ねえねえ、もう入るパーティの目星ついた?」

「まだ全然。たくさんあって悩むよね」


 こんな会話があちこちから聞こえてくる。

 モネはふと窓の外に目を向けた。すると学舎の前で、今まさにパーティの勧誘が行われているところだった。


(あそこで呼び込みしてるのは、研究生だよね)


 モネたちが通っているのは三年制の高等科。その高等科を卒業後、同じ敷地内にある魔法大学の研究過程に進学した者は研究生と呼ばれる。

 そしてパーティを組む際は必ず、この研究生が一人以上、メンバーとして入ることが定められていた。

 というのも高等科の学生は基本的に魔物狩りの経験や魔法の知識が浅い。だから研究生が指導役としてパーティに入ってくれるのだ。

 研究生も高等科の学生とパーティを組むことで研究費用の補助が得られるなど特典があるので、積極的に高等科の学生を勧誘していた。もっとも、人気の研究生がいるパーティは勧誘などしなくとも参加申し込みが殺到するらしく、なかでも今年、最も人気と言われているのが――。


「駄目もとだけどさ、ラウル様のところ話聞きに行ってみない?」

「きゃ。ラウル様のパーティなんてわたし緊張するわ」


 ラウル・アルバーン。今年高等科を卒業して研究課程に上がったという学生だが、防衛術の天才と言われ学内外から注目されている人物であった。そんな彼のいるパーティならば人気となるのは当然ともいえよう。

 それに人気の理由はどうやら魔術師としての腕だけではないようだった。

 噂によると、彼はそれこそ国を傾けるほどの容姿をもつ美青年らしいのだ。その目を見張るような美貌と色香は世の女性を虜にし、すでに幾人もの女学生を魅惑の沼に沈めた。とかなんとか……。


「ねね、研究室に行ってさ、そのままラウル様の部屋に呼ばれたりしたらどうする?」

「え、それってラウル様と二人っきりってこと? ちょっともうやだあ。そんなの最高じゃない」


 教室の後ろで甘い妄想にひたる女の子たち。

 それを聞いていたモネはぼんやり思う。


(それは最高……なのか……?)


 見知らぬ誰かと二人きりが最高なんて、人見知りのモネにとってはちょっとよくわからない感覚だった。想像しただけで息が詰まりそうである。

 そんなモネはもちろん誰かのパーティに参加するつもりはなかった。他人と一緒に行動するのは大変だ。特にモネのように人見知りで超繊細な神経の持ち主には負担が大きすぎる。だから今までもずっと独りで狩りをしてきたし、学園の討伐クエストも独りで行って成績をおさめようと思っている。


 モネは教室の時計で時刻を確認すると、開いていた『入学のしおり』を閉じ席を立った。そろそろ昼休みが終わる。次はアタッカーについての実戦授業だ。五分前には戦闘訓練場についておきたい。

 

(次で今日の授業は終わりか……)


 モネは今日の夕食は何かなと考えながら、いつも使っている弓を持って戦闘訓練場に向かった。


 今日の実戦授業は「自分に合う方法で魔物を攻撃してみよう」というものだった。

 モネは魔法が苦手だ。生まれつき扱える魔力が少ないのである。だから狩りに行くときはもっぱら弓を持って、物理攻撃で獲物をしとめていた。もちろんそれだけでは心許ないので他にも色々と下準備はしていくが。


(まあ模型には矢だけで十分)


 模型は魔法で動くようになっているとはいうものの、その動きは単調だ。今まで散々魔物を狩ってきたモネにしてみれば今さらも今さら、初歩的な課題である。

 それでも初心忘れるべからず、と誰より真面目に取り組むのがモネであった。

 周りの学生たちがすでに飽きて駄弁りだしていても、モネだけは一人、的に矢を放ち続けていた。


 スパン。スパン。


 黙々と矢を放っているモネに、周りの学生たちが次第に奇異の目を向けはじめる。


「ねえあの子なんかやばくない?」

「ちょっと怖いよな」


 人というのは、自分が理解できぬものに一所懸命取り組んでいる人間を恐ろしく感じるらしい。おそらくそこに狂気を感じるのだろう。目立たないよう過ごすことを第一に考えるなら、ここでは周りと歩調を合わせておくべきだったかもしれない。

 しかし、モネは途中で手を止めることはできなかった。モネは一度始めたら中途半端にできない性分なのである。特に自分の好きなもの、興味のあるものに対しては徹底的にやらないと気がすまない。

 弓を放っては拳を握って歓喜、を繰り返す彼女に、周りの学生たちはさらに怪訝な目を向けていたのだった。 



 実戦授業が終わると、学生たちはそのまま寮へ戻ったりパーティメンバーを募集をしている研究棟へ見学に行ったりと散り散りになっていった。


 一方、モネは弓を持ったまま食堂へ向かう。

 といっても食事を食べに行くのではない。食事を作りに行くのだ。

 モネは奨学金を借りて学費に当てていたが、他にも学園で生活するための生活費が必要だった。モネは実家から仕送りをもらうことができないので、学園で暮らす生活費は自分で稼がなければならないのだ。


「今日もよろしくお願いします。シルッカさん」

「あらモネ。早かったのねえ」

「はい。最後の授業がちょっと早く終わったので」


 食堂で出迎えてくれたのは食堂料理人の一人、シルッカさん。料理人は三人いて、おばあちゃんと言って差し支えないようなお歳の三つ子姉妹だった。上から順にシルッカ、シルック、シルッコさんという。多くの人は彼女たちの見分けがつかないらしいが、モネは逆に三つ子ということに気づかなかった。

 モネは他人のことをよく見ている。というより見えてしまうと言った方が正しいだろう。意識せずとも人が気にしないような細かな違いまで見えてしまうのだ。だからモネには、他人が見れば全く同じ顔に見える三つ子おばあちゃんズも、正しく別人に見えていた。


「では私、ジャガイモむきます」


 モネはシルッポさんからジャガイモの入った籠を受け取るとさっそく仕事に取り掛かった。

 モネの仕事は主に雑用だ。ただ黙々と野菜の皮を剥いたり、洗い物をしたりする。基本的には独りでやる仕事ばかりなのでモネの性分に合っていた。


(そろそろ学生たちが集まって来る頃かな)


 この学園は全寮制で、たいていの学生が三食ここで食事をすることになっている。たまに外の店に食べに行く学生もいるらしいが、モネはまだ学外の店にはどこも行ったことがなかった。お金に余裕ができたらいつか行ってみたいなあと思っているが、食堂の手伝いだけではなかなか余裕などできない。

 学生たちがそれぞれ食事を楽しんでいるなか、モネは手際よく洗い物や片づけをすませていった。他の学生たちが食事を終えて寮に戻る頃、やっとモネの食事の時間がやってくる。

 今日の夕食は野菜と豚肉のコンソメ煮だ。


「モネ、今日もよく頑張ってくれたね。助かったよ」


 そう言いながらシルッカさんたちは、揚げポテトを皿に乗せてくれた。お婆ちゃんズはいつもこうしておまけをしてくれる。


(ありがたい)


 モネはシルッカさんたちにペコリと頭を下げ、さっそく料理をいただいた。コンソメ煮はお肉がほろほろになっていて、しっかり味が染みていておいしい。お婆ちゃんズの作る料理はどれも胃にしみわたるうまさだった。


(ふう。ごちそうさまでした)


 モネは自分の分の皿を洗い終えると、弓を持って食堂を出た。

 食堂から宿舎までは少し歩く。辺りはすっかり暗くなっていた。心地よい風の吹くすがすがしい夜だが、どうしてか胸がざわついた。この感じ、これはもしかすると……。

 カチカチ。

 ほんの小さな物音だった。多くの人は気づきもしないようなわずかな音。しかしモネはそれを聞き逃さなかった。そしてそれが何であるかにも見当がついていた。

 

 (魔物の威嚇音)


 おそらく魔物が潜んでいるのは、少し先にある研究棟横の林だ。

 モネは弓を握りしめ、音がした辺りに全神経を集中する。


 やがてそれは暗い林の中から徐々に月光の下へ姿を晒した。細長い足が一本、二本と暗闇から出てくる。そして現れた丸い胴体には、ごった複数の目がついていた。

 巨大な蜘蛛の姿をした魔物、ゲスタランテラである。

 像ほどもある大きな胴体に、不気味にわしゃわしゃと動く八本の足。そんな姿を前にすれば、たいていの者はその醜悪さに顔をしかめるだろう。

 しかし。モネは違っていた。


(なんて運がいいんだろう)


 普段は目立たぬよう努めて静かに大人しく振る舞っているモネだが、魔物を前にすると内から湧き上がる感情を抑えられなかった。モネの瞳は、いまや恋する乙女のように輝きうっとりと熱を帯びていた。


(ああぁ倒したい……!)


 モネにとって魔物狩りは、この面白くもない世の中で唯一酔心できることだった。自分より大きくて強い魔物を倒す快感を知ってから、モネはすっかり魔物狩りに憑りつかれていた。

 それほどに魔物狩りは、モネにとってかけがえのないものなのだ。

 そんなモネだが入学してこの方まだ魔物を狩っていなかった。そろそろ狩りたくてウズウズしていたところだ。


(どうして学園の中にゲスタランテラがいるのか分からないけれど)


 この出会いはまさに天からの恵みだ。ゲスタランテラなら久々に狩る獲物としては不足はない。

 しかし、一つ困ったことがあった。

 まさか学園内で魔物に出逢うとは思っていなかったので、モネは魔物狩りの準備を全くしてきていなかったのである。

 

(この弓だけじゃなあ)


 ゲスタランテラは普通の弓だけで倒すには少々手強い相手だ。

 モネはどうしようか悩みながらも、ゲスタランテラの行動を観察していた。すると奴は何かに注意を惹きつけられている様子であった。

 モネはゲスタランテラがその濁った目で見ているであろう視線の先をたどる。するとその先には、楽しそうに話をしながら歩く女学生の姿があった。

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