ⅴ あいつと私の関係性は
「あれ?お前人間じゃねーの?」
しゃがれた知らない声に懐かしさを感じ、思考を取り戻す。
目を開けると、目の前に縮れた白い髪の毛で、私と同じ薄荷色の瞳、下半身が魚の奴がいた。どうやらここは水中のようで、じゃあきっと、目の前のコイツは人魚だろうという結論に至った。
「いやぁごめんごめん!久しぶりに動物性タンパクだ〜って思って引き込んだらお前だったわ。にしても人魚のくせに足あるんだな!なんかとのハーフ的な感じ?でもやっぱお前も水中で息できてるなぁ…。分かった!たぶん巷で言う進化ってやつだろ!すっげー!どうやったん?別に足に興味はないけど憧れるよね〜。なんかこう、進化ってネーミングがかっこよくてさ〜。俺が進化したらどうなるんかな〜!やっぱこう、無難にビームとか撃てるようになりたいわー!そうだそれでぇ…」
「ちょっ、ちょっと待ってくれませんか!」
私はこいつの声量に負けないように大声で話を止める。早くナイ君を探さなきゃいけないのに、こんなところで足止めを食らうわけにはいかない
「あの!一緒に飛んでた奴ってどこにいます…?」
「あぁ、あいつのこと?それなら嫌いだからもっと端っこの方に飛ばしたなぁ。だって化け猫だろ?絶対もっとおっかない何かだよ!」
「え…ナイ君は化け猫じゃないの…?」
水が急に冷たくなる。否、そう感じただけだ。たぶんこれ以上踏み込んではいけないと本能が言っている。
「なぁに、あんま知ってるやつはいないが、化け猫ってのは猫に化けた何か。猫が何かに化けるのは猫又。つまりナイ君?が自分で化け猫って言ってるなら、そいつはたぶん猫ではないぞ!」
「あは…あはははは…そう、だったんですね。じゃあ、私ナイ君探さなきゃいけないんで」
私は何も聞いてない
私は何も聞いてない
私は何も聞いてない
そう自分に暗示をかけ、プカプカと浮いていた杖を掴み端っこに向かって泳ぎ始めた。
杖のせいで少し泳ぎづらかったが、すぐに自分のまわりに水流が発生し、みるみる景色が変わっていく。
やっぱり私のお母さんは人魚だったんだ。じゃなきゃこんなに早く泳げて、水の中で息ができるわけがない。
『お前は絶対に泳ぐな、水中で息も止めちゃだめだ、水アレルギーなんだからな』
ふと、お父さんの一言が蘇る。水アレルギーの診断書を偽造してまで私を水場から離していた覚えがある。そんなにバレるのが嫌なら、証拠が残りづらい赤ん坊の頃に殺してればいいのに。パートナーの弁護士がいるんだからさ。
さすがに殺さなかったお父さんに、ちょっと愛情を感じた。
お義母さん…私が人魚とのハーフだってこと、知ってたのかな……。
『ゴツン』
考えすぎて前を見ていなく、淵のようなところに頭をぶつける。
結構かなり痛く、力が抜けおち体が底に沈み始めた。
ぶつけたところを抑えながら沈んでいく私。
すると、上から水しぶきを上げながら見覚えのある白い袖が私の目の前に現れた。
私は頭をおさえる手を伸ばし、その袖を力強くつかんだ。
獲物を捕らえた釣り竿のように、その袖は空中へと跳ね上がり、夕日と同じ色の瞳と目が合う。
「やーっと見つけた!」
その声に応答する。私の目は君の光を垂直に垂らされ、鈍色に光り輝いていた。
「そっちこそ、どこまで飛ばされてんのよ!」
少し離れただけなのに、その時間が永遠だったようだ。その永遠を埋めるのは、君であってほしい。そんな強欲に浸りながら、私達は合流を果たした。
「でね、その人魚さんナイ君のこと嫌いって言ってたよ」
「うそー!俺おいしくないんかな…」
ナイ君が空の方を向き、私がその顔を覗き込んだ。ただただ、今はこうしてたいなって思ったから。
急に強い風が吹き荒れる。まだ少し濡れていたはずの私の髪の毛でさえ変な方向になびいていった。
ふと、ナイ君の方を見ると、ナイ君の髪の毛が風に靡き、今まで見えてなかった右目と、腐りかけた頬が明らかになる。腐った皮膚の向こうには、よくわからない特徴的な模様が滲んでいた。
「あっ…」
急いで前髪を整え、なにもなかったように苦笑いをする。夕日のせいで、どうも顔が赤く染まり、まるで心臓のようだ。
あれを見てからだと、地味に腐敗臭がするような気さえした。
突然、聞こえないけど声が聞こえた。神様だろうか、はたまた君の目に残っている、誰かの残穢か。
『あの模様はまじゃまじゃ!ナイ君は最初、人の脳にくっついて生まれて、最終的に中身を全部乗っ取っちゃったんだ!だからあの皮膚を剥がしちゃえば、生きてすらいない、ただの神食植物だよ!』
私は、突然告げられた事実を一生懸命笑おうとした。これが、ナイ君の言っていた、聞こえるやつか。
あーー、さっきの人魚さん、本当だったんですね。否定しようとしてすみません。これから化け猫には気をつけます。
あれ、なんで私はなにかすらわからない声を事実だと知っているのだろう。気味が悪い。何も知らなくていい現実が羨ましい。
ん?なんで現実の記憶がないのに、私は現実がそういうものだと知っているんだ?
人間の潜在的記憶?それとも、この世界自体が、すでに完成された私という脇役を軸に廻る演劇…?
私は、考察要素が少ない中、不自然にたどり着いた考えに息を呑む。もし本当に演劇ならば、この先の展開は私がなにを選ぼうともそれは必然。そこに『私』という意思は存在しない?意思がないなら私は誰だ?誰だ?誰だ?誰なんだ?
そもそもなんでこの考えは浮かんだんだ?私自体だれかに操られていて、その誰かがこの情報を組み込んだのか?でもなんでこんな反抗因子になりそうな考えを私に教えた?楽しんでいるのか?反応を…
「船でも飛んでるの?さっきから遠くを見てるけど」
ナイ君が、私の顔を覗く。前髪が崩れて目元の腐っている部分が丸見えだが、あっちはお構い無し。どうやらさっき見たか試しているようだ。
きっとこのとき混乱状態の私が焦らずに『目、どうしたの?怪我?』とでも言えれてれば、私たちの関係は『友達』で済んでいたのだろう。
しかし私は、沢山の湧き出る中の一つ、最悪でちっぽけな、ナイ君についての無知蒙昧な感情を肯定してしまった。
「……キモち悪い…」
すぐに言うことを聞かない自分の口を押さえる。でももう、何について気持ち悪いと思ったかは勘付かれていて、前言撤回には手遅れみたいだ。
「…だよね〜!」
予想外の返事が返ってくる。いつもみたいな元気な口調で気味が悪い。
私は万が一のことを考え、こっそり魔法の杖を構えた。まだ使い方すら分からないのに。頭でも殴るつもりなのだろう。
「いやさぁほんと、その考えが正解すぎて困っちゃうよ。俺はまじゃまじゃ。そうさ、それが正解。君は合ってる。この世界と仲良くやっていける人間だよ。ほら、早く魔法少汝とやらに突き出しなよ。」
ナイ君は両手を広げ、十字架のポーズをとる。贖罪でも始めるつもりだろうか、謝らなければいけないのは私の方なのに。
私の敵であろうと、これから殺されようと、私を率先して連れ回してこの世界を魅せてくれたのは君だと言うのに。
感謝もせず私は拒絶してしまった。私が悪いのは当然だ。
「いやっ、そういうことじゃなくて、私はただ…」
そう言いかけると、力を精一杯込めていた手からなぜか力が抜ける。私はこの瞬間、この刹那の空気、脈動、アドレナリンの分泌速度、自分の全てを統べた感覚に陥った。
「嘘であろうが、冗談であろうが、口から出た言葉は真実である。それがこの世の理。完全不可解な不条理さ。」
「ちがくて!」
ただ、聞いたこともないけど、知っている通りに手順を踏む。
相手との間合いは小股3歩。自分が大股1歩で殺される最適な距離を
手を取り、相手が消えないようにしっかりと掴む。
あとは自分の同情心と行動心を肯定するだけだ。
「なに?まだ俺を殺さない理由があるの?君だって俺のことわからないくせに。」
私はしっかりとナイ君と目を合わせ、できる限り喋った。『わからない』という感情を肯定して。
「わからない、私はまだナイ君を殺したいかわからない。だから、殺したくなったらいつでも殺すから、まだ、色々教えてよ。それこそナイ君の殺し方とかさぁ。そんなんでいいから、死にたいなんて思わないで。いつか私が殺すから」
ナイ君は表情一つ変えずにつぶやく。
「…自分勝手だなぁ」
「そりゃあそうでしょ!Iちゃんだもん、エゴの塊だよ!」
「まぁ、人間だから仕方ないか」
ナイ君がため息をつき、私に背中を向けて柵に座る。どこかさっきよりやわらかい笑顔だった。
「…死にたいなんて俺には思えないからさ、ちょっと嬉しかったよ。殺してあげるから死ぬなって言われたの」
「思えないの?」
「俺の契約、生きたいっていう感情を強制的に常時生み出す契約だからさ、そのせいで思えないし、俺はまじゃまじゃだから魂がないの。この意思でさえ、俺に体を預けたこいつの模倣品。どんなに感情を持っていようと、底には何もないんだ。」
「へぇ…」
模倣品、ね。
数分前の考えが反芻される。私の魂が私という名のキャラクターの役者だとしたら、ナイ君はカットされた所にしか出てこない、役者のあてられなかったまじゃまじゃという役なのだろう。
ナレーターでさえ喋る人という役者がいるのに、役者がいないナイ君は、どう思って生きているのだろう。
「魂がなくても、感情はあるんだね」
「あるよ。死んだら消えるインスタントのようなもんだけど」
「…私が殺すまで、食べ切らないでよね、そのインスタント麺」
「あーはいはい。謎肉だけ残しとくわ」
日が完全に沈み、暗い暗い夜が来る。街には明かりが灯り、昼間に見た光の虹彩の魚群を人工的に成していた。
柵の下を見ると、どこまでも奈落が続いている。どこまで行ったら死ぬのだろうか。どうせ死なないだろうナイ君で試そうかと、怖がりな背中に手をかざしかけるが、自分の髪の毛を一本抜き『もう今世かな』とさっきから頭の中で語り続けられている自伝を先送りにした。
すっかり月が見えなくなり朝日が昇りかけている。
あれからIちゃんとは色々話した。
いままでどう隠してきたのか、とか。
他の部分は腐らないのか、とか。
好きな食べ物の話し、とか
役に立たないことばっか聞いてきて、俺の昔のこととかは聞いてこなかった。Iちゃんなりの気遣いだろうが、逆に俺はそういうことを嘔吐したくてしたくてたまらなかった。
常に頭が痛い
どんなに笑っても君の着けた隈は消えない
こんな体早く腐ってほしい
喉が詰まってる気がする
心臓が死にたいと言っている
お前なんかから生を受けなければよかった
俺は生きたいと思っている?
だけど、そんな感情が、俺の肩に体を預けて寝落ちたIちゃんの温かさでさらに飽和される。気持ち悪いったらありゃしない。
「…ねぇ、魔法つかったよね。俺の髪を弾いた…?あのとき、意図的に」
俺はうちに問いかける。少し前までずっとうるさかったのに、Iちゃんにバレた瞬間黙りだした。
しばらく返事を待つが、返ってこない。俺はため息をついて、朝日の滲む空を眺めた。
「まぁいいや…どうせなにも教えてくれないんだもんね。あの時みたいに」
Iちゃんを魔法の杖に乗せて浮かべ、先っちょを引っ張って帰路につく。
途中魔法少汝に会わないといいんだけど。なんで家向かいなんだろ、ルークも一応、俺を警戒してんだもんな、仕方ないか。
俺はまじゃまじゃ、それは揺るがない事実。でも、まだ神様は食べてないから無実だ。幽霊だって食べたことない。
「…どんな味なんだろ神様って。気になるなぁ…」
『それだけはだめ』
「いつまでもお前みたいにいい子でいろって…?」
『その感情もうちがあげたんだから、頑張ってよね』
お金は縮れ髪の人魚にとられました。