ⅳ 新人はゆうかんに魚影を見る
「はよ起きろバーカ!」
突然の暴言に驚いて飛び起きる。目を擦り開けてみると、ナイくんが私のお小遣いの袋を抱えて机に座っていた。
まだ眠気が覚めない私は、ぼんやりとした感覚で返事をする。
「…なに?」
するとナイは少し怒った顔をして言った。
「買い出しに行くって言ったでしょ」
「あー…」
正直忘れていた。昨日色々あったから、脳の処理が遅れているようだ。
「ほら、行くよ」
私は手を引かれ、立ち上がる。一度あくびをしたら、頭が少しすっきりした。
そのまま外に出ると、雨粒がおでこを掠め、空は灰色で覆われている。きっとこれは雨雲だ。
「…ねぇ、こんな天気で大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!なんならいいものが見れるよ」
いいものとは虹とか彩雲とかの事だろう。それともまた別のものか。まったく、わからないことが多すぎる。ここは無駄に頭をつかう場所だな。
周りを見ると、道を色んな奴が歩いていたり浮いていたりした。背中に羽根が生えている奴、首と手首だけが浮いている奴、身体の一部がスライムみたいな奴。本当に様々で、その中に人間らしき奴はいなかった。
意図せず同じ人間を探してしまうのは、知らない場所からの孤独感からだろうか。こんな気持ちは初めてだ。
「シャキン」
私の背中から何かが切れる音がする。とっさに後ろを振り返ると、私の髪の毛とそれを見ておどおどしているチェーンソーを持った人間っぽい奴がいた。
「あっ、そのあ…ごめんなさい!」
そいつはこっちに気がつくと深々と謝った。
私は自分の切れた髪の毛とそいつを見比べて、驚いてるナイ君に状況を聞いた。
「…これ私髪の毛どうなってるの?」
「半分だけ短くなってる」
「すみません!チェーンソーが引っかかったみたいです。周りを見てなかったあたいの失態です。本当にすみません。」
「別にいいけど…。」
すると、そいつの後ろからもう一人誰かが腐敗臭と共にやってきて、そいつの肩を掴んで引きずっていった。
「ちょ、先輩!まだちゃんと謝りきれてないです!」
「うるせー。残業しとうなかったらはよせぇ。」
「ひゃい!すびませんでした!」
そいつらは最後まで言い合いながら、遠くの方へと消えていく。まるで嵐のような奴らだ。
「…あれって市中引きずり回し?」
「うん。ゆうかん名物市中引きずり回しだよ。」
どんなものが名物なんだと言いたいところだが、今の光景をみたらそうとも言える。
「ほんとここって変な場所だね」
「わかんないよ。現実が変なだけかもしれないし。まぁ、俺現実行ったことないんだけど」
『現実が変』という言葉が何故かひっかかる。明確な理由などないが、まるでこの全てが虚構のように思えた。
私はその違和感を振り払い、ナイ君に話題をふる。話すことに集中してないと何かに飲まれる気がした。
「にしてもさっきのチェーンソー、あんなスパッと切れるんだね」
「あれは特別製だから」
「特別製?」
「さっきのは寿命執行社っていうとこの社員なんだけど、この会社は命をつかさどる植物を毎日植えて、前の日に植えたやつを回収する仕事をおこなっているんだ。その植物がとてつもなく硬いから特別製のチェーンソーで切るってわけ」
「ふぅん」
よくわからないけど、寿命執行社と言うくらいだから、きっとその植物で生き物の寿命を執行でもするんだろう。
「執行しなかったらみんな死なないの?」
「…死なないけど、命も生まれなくなる。輪廻の理だからね。そこはセットなのよ」
さっきから難しい話ばかりで、頭の回転が追いつかない。私に輪廻とかの話はまだ早そうだ
「着いたよ。」
ナイ君の足が木造の建物の前でとまる。その向かい側には足湯のような広場と屋台があった。
焼き鳥のいい匂いが鼻を掠め、ぼんやりと知らない景色が頭に浮かぶ。
大きな神社のお祭りで、お義母さんらしき人が焼き鳥を買っている。私は浴衣を着て、綿あめを頬張っていた。
『愛?どこいくの?迷子になるよ』
これは私の記憶だろうか。私が忘れた私’の。
私’はいい子だったのだろうか、お義母さんは実は優しい人だったのだろうか、私’は純粋だったのだろうか、私’は最低だったのだろうか…
「ッ…」
頭に何かが降りてきた気がして、頭を必死に抑さえる。それは痛くないし見えないし気持ち悪くもないなにかだった。
たった一つの記憶で、たくさんの考えが浮かぶ。どれもこれも家族についてで、私’じゃない私には関係のないことだ。
でも、どうしてこんなにも頭がおかしくなるのだろう。
「お…!…じょ…ぶ?」
ナイ君が背中をさすってくれているが、その感覚さえ今にも消えそうで怖かった。
たくさんの自分の声が聞こえる。
『私が私’を忘れたから』
『私’は私に必要なかっただけだよ!』
『お母さん…』
『ねぇ、黙ってくんない?』
『可哀想なコ!』
そのなかでも、特に私の魂を縛り付けたものがあった。
『お義母さんと仲良くなれなかったね』
その一言で感じた。あぁ、私’が逃げたのはコレのせいだと。
目を覗かれている気がする
頭を調合させられている気がする
胸のあたりが的になっている気がする
『…あぁ、孤独だなぁ』
私はそのまま悪夢に捕まり、意識を手放した。
あ
ああ
あぁ
あぁあ
あぁまあ
あぁまたあ
あぁまただあ
あぁまただね
その自分の声にはっとし、目を覚ます。足に温かい水の感覚と、鼻を掠める焼き鳥の匂い。起きたのは間違いないだろう。
しかし、目を開けても開けても真っ暗な世界が続いていた。
私はその現象に怖気づきながら、顔に手をやってみる。すると布切れが取れ、視界もぼんやりと木製の屋根を映した。
「あっ、起きた?」
声のしたほうをみると、ナイ君が足をお湯につけて座っていた。どうやらこの足の水は足湯のようだ。
「いやぁ、ごめん。疲れてたよね」
「別に…」
「…それより空、見てみて!」
ナイ君が屋根の外を指さす。その指の先には、硝子のように光を反射して虹色に光る鯨と透明な魚が見えた。それらは群を成し、遠い場所を目指してゆっくりと泳ぐ。まるで彩雲のようだ。
「これ、なに…?」
「無機物との契約者が見てる景色。魚達が空気綺麗にしてくれてるんだけど、雨にあたると契約してなくても見えるの。普通の水だと浮かなくなるんだけど。」
「綺麗…だね」
動くと湧き出るホログラムといい、あの魚といい、やけに光を反射する透明なものが多い。まるで、世界は透明で私達という光を反射してるだけなのを示唆しているようだ。
「ほい、焼き鳥。今回だけおごってやるよ」
ナイ君に焼き鳥を渡され、一口食べる。なんだか懐かしいような、壊れているような感触だった。
「嬢ちゃん、美味しそうに食べるなぁ。ほんなら、もう一本おまけしちゃおうかな」
焼き鳥屋の鬼の店主がニッと笑いながら、もう一本渡してくる。私はそれを受け取ったが、ちょっと焼き鳥っぽくない形に違和感を感じた。
「あの、これなんの肉ですか?」
「なにって、人間の肉だけど」
「えっ…」
私はその焼き人間をまじまじと見つめる。やっぱり加工されてるとただの肉にしか見えないが、あらためてこれは同胞だと思うと少し気持ち悪くなった。
「ど、どうやって入荷するんですか人間なんて」
「うーん、昔は適当に殺して入荷してたけど、今では孤独死したばかりの死体とかを盗んで入荷してるかな。結構人道的っしょ。感謝してほしいわ〜」
世界が違う奴とは仲良くなれないとはこの事だと思う。たぶん人間食べる奴とは一生わかりあえなさそうだ。
「…ナイ君いる?よかったらあげるよ」
「まじで!ありがとー。最近値上がりしてたからなぁ」
ナイ君に半分押し付ける形で人間肉を譲る。嬉しそうに頬張る姿を見て、さらに感情が複雑化した。
まぁ、命は対等っていうからなと結論づけ、まだ串にのこっている鶏肉を胃に押し込む。
いつか私も人間を食べる日が来るのだろうか。そんなことを考えながら、雨音に耳を澄ました。
「…よし!行くか!」
しばらく経ち、ナイ君が立ち上がる。その目はキラキラしていた。
焼き鳥屋の鬼に手を振り、商店街へと戻る。私たちは、服やら食べ物やらの生活必需品を探し始めた。
「服くーださい」
小さな小窓の向こうに、白い毛むくじゃらの店主が、忙しそうに服を作っていた。
「1週間後になるけど」
「売れ残りでもいいから今すぐ!」
「このパーカーと短パンでよければ」
『ずいっ』とでも効果音がつきそうな感じで、小窓からパーカーと短パンが渡される。
パーカーを着てみると、自分の背丈より少し大きめで、膝上まで垂れ下がっていた。
「…なんか危ないから早く短パン履いて」
ナイ君に短パンを押し付けられ、急いで履く。危ないというのはきっと、パンチラが危ないってことだろう。
私はふと足元を見て思う。
「そういえば、今まで裸足だね」
「あっ、靴屋にいかないと。代金はい!じゃあまた今度!」
「下着は?最低二組ないとだめじゃないの?」
「朝、お小遣いの袋の下にあったけど」
「あー…わかった。」
私のお小遣いの袋のなかから代金を小窓に叩きつけ、私の手を引き次の店へ行く。
その姿はまるでお母さんみたいだった。
あれ?なんで私今、お母さんみたいだと思ったんだろう。お母さんのことは忘れているはずなのに。
そんなことを考えていたら、小石につまずいて転んでしまった。
「大丈夫?まだ体調悪い?」
心配そうに私の顔を覗く。膝の痛みを我慢して私は笑った。
「大丈夫大丈夫。早くいこ」
「おばちゃーん!靴くれー!」
「あらぁ、噂の人間はお嬢ちゃんかい?」
靴屋の店主は、足が透けていて、着物を着た幽霊のおばあちゃんだった。
「最近は人間がよく来るねぇ。ちょっと前まで幽霊くらいしかいなかったのに」
そう言って、私の頭を撫でる。冷たいのに、懐かしさが飽和した手だ。なんとなく、この人が幽霊な理由が分かる気がした。
「ちょっと待っててね。服に合いそうな靴を探してくるから」
おばあちゃんは、なにやら奥のゴミ山のような場所へ行き、ゴミを透けながらさらに奥へと消えていった。
「…どういうこと?」
「あぁ、あのおばあちゃんゴミ山の向こうに在庫保管してるんだよね。ゴミは透けられるからって」
「隠し部屋てきな?」
「たぶんそうじゃない?」
なんだか面白いおばあちゃんだなと思っていると、奥からおばあちゃんが靴と輪が二重になっている髪ゴムを二つ持って戻ってきた。
靴は少し厚底の膝下まであるブーツで、髪ゴムはどこかぼんやりと光っている。私はその光になにかを見出そうと必死になった。
「はい、これでいいかな」
「あの、髪ゴムは…」
「おまけよ。初めて買いに来る時にみんなに配ってるの。代金は30ミレよ」
ミレってなんだろう、ゆうかんのお金の単位だろうか。
私は気になったので、ナイ君にこっそり聞いた。
「…ミレってなに?」
「ゆうかんのお金の単位。1ミレで百円」
「へぇ」
さっきナイ君は現実に行ったことないと言っていたが、なぜ日本のお金の単位を知ってるのだろうか。
私はまた聞いてみようとしたが、なんとなく触れてはいけない話題な気がして、その気持ちを無視した。
「おばちゃん、はい、30ミレ!」
私のお小遣いの袋から、またお金が減る。なんだか勝手に使われていることに腹が立った。
「わ、私が袋持つ!」
「めっちゃ重いけどいいの?!」
「たぶん!」
ナイ君から袋を奪い取ると、あまりの重さに地面に落としてしまった。
お店に沈黙が流れる。普通に恥ずかしかった。
「あら、大丈夫?足には落としてない?」
「まぁ一応…」
「だから重いって言ったじゃーん」
「だって、ナイ君が軽々持ってたからいけると思ったんだもん」
「さては年下に自分のお小遣い持たれて嫉妬したんでしょー」
「うっ、うるさいな!」
私は恥ずかしさで顔をすくめながら、床に散らばったお金を拾う。一つ一つがずっしりと重く、これが何百個も入ってた袋を持っていたナイ君は本当にすごいのだと、いまさら実感した。
全部拾い終わり、ナイ君に袋を持たせる。私もいつか持てるようになりたいと、曖昧な願望を抱きながら、おばあちゃんに手を振って次の店へ行った。
「うわっ…なにここ」
外観は真っ黒な牢獄のようで、中はレンガで構成された倉庫のような空間だ。
どこか居心地の悪さを感じるこの店には、危険物管理店らしい。その名の通り、危険物を取り扱ってるとか。
店に入ると、奥の方に肌の色が砂漠色の、下半身がヘビでサングラスをかけた店長がいた。
「ん、いらっしゃい。今日はなんの御用かえ?」
頭をよく見ると、髪の毛ではなく小さなヘビがたくさんついていた。
私はその光景に恐怖を感じながらも、目をそらしながら話を聞いた。
「魔法の杖ってある?」
「うーん、試作品なら何本かあるけぇ。まりょーを針金でからみとおて、その反発をりりょうして『はじく』をやりやしーよーにしちゃ改造品がなぁ。じぇもなぁ、反発を重視しとったらデザインがてきちょーになってもうた。それでよきゃあ売れるよ」
「あー、それでいいっすよ〜」
なんだか適当に決められてまた腹が立ったが、さっきの二の舞にならないようにそっと心を落ち着かせる。
店長が商品を探しているうちに、私はとある疑問を解消しようとした。
「ねぇ、魔法の杖って、魔法少汝じゃなくても使えるの?なんなら私魔法なんて知らないけど」
「使える使える。魔法は気持ちの問題だから」
そう簡単に言うナイ君をみて思う。たぶんナイ君は魔法が使えるのだろう。
なんだろう、やっぱりビームだとか召喚だとか、かっこいいのがいいな。
「魔法を使うってことはゆうかんって治安悪い?」
「ん?治安いいよ。なんなら契約によってできた才能の差を、努力でしか伸びない魔法で埋めてるから。あーでも、やんちゃな奴は多いかな〜。全員いいやつだけど!」
「ほれ、もってきとーぞー」
後ろから店主の声がし、振り返ると、なにやら白い棒にハートのような形の針金がついた魔法杖が神々しく輝いていた。
店主はというと、はしごにつかまったままタバコを吸っていた。
魔法の杖だけが私の前で浮いている。つまりこれは魔法を今まさに使っているということだろう。ますます自分が魔法を使うという夢が広がった。
「つかーかたはわかっか?」
「あー…知らないっすね」
ん?ナイ君魔法使えないの?
「それなりゃ公園でいっも遊んどる魔法小汝に習えばええ」
「魔法小汝…か。嫌いなんだけどなぁ」
「そーつべこべいわづ、明日にでもいてみぃな。あいつぁサボり魔やから気ぃ合うと思うにょ」
「あーはいはいわかったから老人は黙っとけ〜」
「あ?まだ20019歳やぞ。あと一万年は現役でいけーわ」
2、2万年って旧石器時代じゃん。やっぱり、人間の寿命ってのはかなり短い方なのだろうか。ただでさえ百年生きるのも気がおかしくなりそうなのに、2万年って…。想像しただけで廃人にでもなっちゃいそうだ。
あれ?なんで私、記憶がないはずなのに2万年前が旧石器時代って知ってるんだ?都合よくこんなこと覚えてるとか、なにかの物語みたいな…
私はすぐにその考えをDeleteする。なんだか、これ以上のことに触れたらとてつもなく生きづらくなりそうだ。
「そ、そろそろ次のお店行かない?夕方になったらめんどくさいし」
逃げるようにして支払い途中のナイ君を急かす。ここから逃げたって自分からは逃げられないのに、まったく無様なものだ。
支払いが終わり、危険物管理店を後にする。正直、私はヘビが苦手っぽいので、もう来たいとは思えない。いい奴なのに、結局見た目で判断していて申し訳ない。
まぁでも、無理なものは無理だ。仕方ない。
それからというものの、スーパーでまた人間肉の洗礼を受けたり、病院で整形の糸抜く予約を数日後に取ったり、温泉で人魚の方に肩組まれたりした。
昼が過ぎ、そろそろ夕方になりそうな時間。ナイ君がある提案をしてきた。
「ゆうかんの端っこ、行ってみない?」
「でも、そろそろ夕方だから室内にいたほうがいいんじゃないの」
「端っこなら影響ないよ。距離があるからね」
そう言うと、私の杖にまたがり、手招きをする。私も杖に乗れということだろうか。
私がナイ君の後ろにまたがると、杖が少し浮き1メートルほど前に進み止まった。
「もーちょい!飛びたいって思って!」
「え…そんな事言われたって…」
しっかりつかまってないと落っこちそうな不安や、体が浮いているという初めての感覚におどおどしていると、ナイ君は言った。
「魔法は肯定しないと起こらないよ!操作は俺がやるから、頑張って!」
潜在的な意識だろうか、『肯定』という言葉に、感覚が研ぎ澄まされる。私は知っている。というか忘れていた。魔法は初めてなんかじゃない、今までもきっといっぱい使ってきた。
肯定して最悪を弾き飛ばした
肯定して幸福を引き込もうとした
肯定して誰かを壊してきた
私はぎゅっと目を瞑り、『飛びたい』という気持ちを意味もわからず肯定する。きっとそれに意味があると信じて。
足の裏に推進力を感じ、それと同時に体の周りに風が巻き起こる。手に力を入れすぎてプルプルしてきた。
「わぁー!すごいすごい!初めて飛んだー!」
前からナイ君の歓喜の声が聞こえる。なんだ、ナイ君も初めてだったのか。
なんだか少し安心して、目をゆっくりと開けてみる。街はもう見えなくなっていて、ただただ地平線すらない空が続いていた。
「ひゃっ…」
あまりにも壮大すぎて、喉に風が通る。怖くて怖くてたまらなかったが、降りたいなんて思ったら落っこちる気がして飛びたいと思わせ続けた。
「これ、どこまで上がるの…?」
「さ、さぁ」
「操作はまかせろって言ったのあんたでしょ!」
「いやぁ、こんなに飛ぶとは思ってなくてぇ」
ななな、なんだコイツ!操作の仕方すら知らないのか?!わかってたら絶対飛ばなかったのに…。
そう思った瞬間、ガクンと杖が落下し始める。私は怖すぎて悲鳴すら上げられなかった。
「バカバカバカバカ!絶対今飛びたくないって思ったろ!」
「うるさい!お前の操作技術じゃ心ももたないわ!」
そんなことを言い合っている間にも、私たちは落下し続ける。
徐々に雲が途切れ、遂にゆうかんの全体が見えはじめた。
「…!」
私の目の前は、おおきな水の張ったお皿のような地盤にぽつんと真ん中に浮いている街。端っこのほうには柵と、うっすら見える天井まで続いた柱達が満たしていた。
海のような水達は、所々で水柱が立っており、見えない天井のその先まで続いている。きっと上にもなにか天界のようなものがあるのだろう。もしかしたら、下にも続いていたりして。
私はこの世界の広大さと力強さを思い知り、体が恐怖で震え上がった。
次の瞬間、もっと怖いものが私を襲う。なぜか急に落ちる速度が上がったのだ。
「なにこれ!?どうなってんのこれ!?」
「あー…」
ナイ君がなにか知ってるような雰囲気を醸し出す。私はすぐに何を知ってるのか尋ねた。
「…ねぇ、なんかしってるよね」
「い、いやぁ…そういえば今お盆だから海にも近づいたらだめだったなぁって…」
「そういうのは!早く思い出せバカぁ!」
私の『バカ』という声と同時に海に叩きつけられる。
水しぶきの音と衝撃がこだまし、しばらくなにも考えられなかった。