ⅲ 契約
「家とかは私が手配するから安心して。あなた面白いコだから、お小遣いもつけとくわ。」
「あ、ありがとうございます。」
これは馬鹿にされてるのか?それとも褒めてるのか?どっちにせよ少し恥ずかしい。
私はそんな思いを抑えて、静かに苦笑いした。
「そうだ、元の世界には一応戻れるけど、戻る?」
「…いや、たぶん戻っても居場所ないんでいいです。」
さっきの本の内容からして、戻ったら父に殺される気がする。せっかく記憶がなくなる前の私が頑張って逃げたんだから、そんなのはごめんだ。
ふとカウンターの向こうを見ると、ルークさんが私の目をじっと見つめていた。あまりにもじっと見つめてくるため、なにか問題があったのか聞くことにした。
「あの、なんか私変ですか?」
「いやぁ、その目どうしたのかなって。」
「たぶんアルビノじゃないですか?髪も白いし。」
「いや、それ『契約』だね。」
「えっ?」
私の目がなにと契約したのだろう。契約といえば不動産とか株とかじゃないのか?それともまた別の新しい単語?
私は訳がわからず頭がこんがらがる。
そんなとき、あの片猫耳の子供が入り口から顔を出して言った。
「契約っていうのは個々の超能力を得ること。目の色で契約内容がざっくりわかるの。オネーサンは人魚の家系なんでしょ?それなら親から契約が継承されてるはず。髪が白いのも人魚だからだよ。」
まぁ手慣れている説明の仕方で、若干イラつくまである。だが、分からなかったことを教えてくれたのはありがたかった。
「ありがとー。私四分の一魚だったんだね。」
「ちなみに今のところの契約の種類は
『赤系統 血肉との契約』
『橙系統 自分との契約』
『黄系統 幸せとの契約』
『茶系統 人間との契約』
『桃系統 食べ物との契約』
『紫系統 不幸との契約』
『青系統 神との契約』
『薄荷系統 海との契約』
『緑系統 無機物との契約』
『黒系統 絶望との契約』
『白系統 希望との契約』
『複数系統 バグとの契約』
となってるわね。だから薄荷色のあなたは海との契約よ。」
「じゃあルークさんは希望と契約したんだね。」
「えぇ、天使だもの。」
ルークさんの白く輝く瞳に映すものは、全てが綺麗に見える。まさに希望の権化だ。希望と契約したという話にも納得がいく。
「あなたが契約済みなの、ちょっと残念ね。」
どこか寂しげな表情で彼女は言った。
「あぁ、魔法少汝の件ね」
片猫耳の子供が、そう言いながら隣に来る。なんだこいつ、暇してるのか?
というか、魔法少女ってあのキラキラふわふわのことを言ってるのだろうか。そんなのは存在しないはずじゃ…
「あっ、説明してなかったわね。魔法少汝っていうのは、この世界に来た人間が神様と契約し、なることを義務付かれてる役職よ。」
「じゃあ、私もなるんですか?」
少しワクワクしている自分がいる。魔法少女なんて、アニメでしか見たことがないから、それに私がなれるなんて嬉しいったらありゃしない。キラキラふわふわに変身して、悪を倒す。私の頭はいろんな妄想でいっぱいになってしまった。
「いいえ、あなたは海と契約してるから無理ね。」
スパッと両断される私の妄想たち。どうやら別世界に来ても人生、そう上手くは行かないらしい。なんだか現実を突きつけられた気がして、少し悲しくなった。
「魔法少汝三分の二、入院中なのに大丈夫なの?今補充しとかないで。海の契約くらい剥がせるじゃん。」
片猫耳が私の心の声に、意図せず加勢する。
(いいぞ知らんガキンチョ!そのまま押し切れ!)
流石に自分の口から言うのは恥ずかしいので、心の中で応援する。私は魔法少汝になりたいんだ!
「剥がしたら海が怒ってしばらく魚釣れなくなるわよ」
「そ、それはやだ…」
結局そのあと、片猫耳が押し負け、私は海の契約のままになった。割と結構悲しい。まぁ、目の色気に入ってるし、妥協する事にする。
「そういえば、魔法少汝ってなにと戦うんですか?」
私はふと思う。魔法少汝がいるってことは、戦いがこの世界ではあるということだ。では、何と戦っているんだろう。
「『まじゃまじゃ』っていう知恵らしい感情から生まれる神食植物よ。神様との契約時にもらえる『火のコ』っていう精霊を操って焼き倒すの。」
「そうとう放置しない限りただの植物だから。俺は自分で対処してる。」
「あ〜、またそうやって根っこ残して再発させるんでしょう?早く焼き切ってもらいなさい。」
「はぁ〜い」
片猫耳がめんどくさげに返事をする。
まぁ、つまり魔法少汝はまじゃまじゃを倒すってことなのだろう。
なかなか会話に入れないせいで、独特な孤独感を感じる。これがさっき言っていた『知恵らしい感情』っていうやつなのだろうか。もしそうなら、まじゃまじゃの出現度は高そうだ。
「さて、こんなもんでいいかしら。あっ、ナイくんあとは頼んだわ。家も隣にしておいたから。」
「は?」
ナイくんとは、片猫耳のことだろうか。すごい顔でルークさんを睨んでいるからたぶん間違いないだろう。
ナイくんが席を立ったので、私もつられて席を立つ。ナイくんの後をついていけば家がわかるはずだ。
「い、色々ありがとうございました。」
私は深々と頭を下げる。
「いいえ〜。何かあったらまた来てね。」
私はルークさんに手を振り、先に行こうとしていたナイくんの背中を追った。
外はもう暗くなっていて、星が輝いていた。
少し行ったあたりで、ナイくんの足が止まる。すると、急に振り返り言った。
「夕方、あの木に引っ張られたでしょ。」
「う、うん。」
「あの木、寿命と引き換えに願いをかなえるんだけど、夕方は対価なしに寿命を吸うから、あんま近づかないほうがいいよ。あと、ここはあの木のせいで時間の経過が半分。つまり1年で2年経つの。人間はすぐ死ぬから、覚悟しといてね。」
「…わかった。」
ここにきてから数時間。改めて現実とは違うのだと思う。
私は人間だから、すぐに死ぬらしい。人間だから…
「君はなになの?猫耳が生えてるけど」
「俺?そうだなぁ…化け猫とでも名乗っておくか」
ナイくんは、そう言ってニヤッと笑い、また歩きだす。私は何故か違和感を感じたが、何もなかったことにして後を追った。
少し歩くと、橙色の屋根の家と、船に吹き流しがくっついたようなものが見えてきた。
橙色の方はたぶんナイくんの家だ。だって目が橙色だから。
じゃあ、あのよくわからないのが私の家?
「そうだよ。」
ナイくんが私の心の声に反応を示す。
「え、なんで…声に出してないのに?」
「…ここは変な場所だからさ、たまーに流れてくるの、未来のこととか心のこととかが。」
流れてくる?頭に?つまり予知とか心読みとかができるってこと?
「流れてくるって…どんな感じよ。」
「うーん、いつかわかるよ!」
私は適当にあしらわれ、この話は終わった。やっぱりここは変な場所だ。基本的には現実と変わらないんだろうけど、何かがおかしい。住めば慣れるものなのだろうか。
「慣れる慣れる。面白いから」
ナイくんがまた心読みしてくる。
あー、私もこのクソガキの心読みしたいなぁ。
「じゃあ、俺こっちだから。明日俺買い出し行くし、ついでについてきてね。じゃーおやすみ〜。」
そう言って、そそくさと家に入っていく。別に私の家の説明くらいしてくれてもいいのに。
私は軽くナイくんに手を振り、私も家に向かう。
改めて近くで見ると、少し船感が増した。真ん中の吹き流しを支えるようにして飾られている大量のライト。船の先についている装飾。吹き流しのてっぺんについているプロペラ。少なくとも現実では見たこと無い船。
空でも飛ぶのかななんて思いながら、私は船によじ登った。
登って最初に見えたのは、操縦席とキッチン。どちらも外にさらされていて、雨が降ったら使えなさそうだ。
吹き流しの中に入ると、ベッドが4つと机が一つ。ベッドは触ってみると、とてもふかふかで手が見えなくなった。
こんなベッド、貴族の家でしか見たことがない。サイズは少し小さいけど、すてきなベッドだ。
よく机を見ると、小さな紙切れが置いてあった。
「なんだこれ」
手にとって見てみると、こんな事が書いてあった。
『どうかしらこの家。もう動かなくなった飛行船なの。机の下にお小遣い置いといたから、好きに使っていいわよ。これからよろしくねぇ byルーク』
「へぇ…やっぱ飛ぶんだこの船」
細い線と太い線の緩急が目立つ筆跡。ラメではない何かが輝くインク。その全てからルークさんが天使であることを再認識させられる。
「綺麗だなぁ…」
私は机の下を覗き、パンパンの小銭が入った袋を確認し、一つ出してみる。
小銭の形は瓶の蓋などに使われている王冠に似ていた。少し表面がザラザラしていて、何より結構重い。色も金色だから、純金でできていそうだ。
「じゃあ、これ結構な額じゃな…」
そこまで言ったところで、疲れがどっと私を襲い、身体が重くなりベッドに倒れた。
「今日はつかれたな…」
起きたら変な場所にいて、記憶をなくして、木に殺されかけて、助けてもらって、私を知って、新しい名前をつけて…
そういえばまだ病衣のままだし、髪もボサボサ、靴もないし、お風呂にも入ってない。新しくここに来たなら、みんなに挨拶しないと。それにお小遣いもすぐ無くなるだろうから就活もしなきゃなのか。十六歳の仕事…風俗くらいしかないかな…
「あしたは…色々しなきゃ…」
そうして、私は家に来てから早々と寝てしまった。