遭遇
前回から9日も経ってしまいました、次は一週間以内には投稿したいと思います。
「よいしょ……よいしょ……」
二人は共闘を誓ったあと、どちらかが提案するでもなく、信徒たちの遺体を葬ろうとしていた。それが悠長であるとわかっていても、そうした。女はしばらく手持ちの着火具で火種を作ろうと試みていたが、しばらく難儀したのちに、兜の覗き穴に木の枝を突っ込んで、それを遺体の山に放り投げるようになった。
「う〜ん、なかなか燃え移らない、やっぱり「暗い水」の加護がまだ残って……」
「おい、さっきから黙って見てやってるが、俺を焚き火がわりにするのは……あ」
「名前、聞いてなかったな」
女はぴたりと自身の手をとめ、ばっと男の方を見た。
「ああ!すっかり忘れてました!私は……」
いくつかの、男にとって聞き慣れない言葉の類をぼそぼそと呟いたあと、まあこれでいいでしょう、と呟き
「ロタ。古い言葉で車輪って意味だって母さんが。あなたは……」
男はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「そうですよね……そしたらひとまず、エルゴと呼ばせてください。母さんから教えてもらったことわざに、確かこういうのが」
言葉を遮って、男はロタを庇うように眼前に出た。ロタの目には見えなかったが、男は黒い木々の向こうにまぎれるようにして、何者かが近づいてくるのを捉えた。
「えっと、その」
「エルゴでいい、いいから」
「エルゴさん、一体何が」
「何か来てる、それも大勢だ。俺から離れるなよ」
ロタはエルゴの言う通り、背中合わせにぴたりと張り付いた。しかし、ロタの視線の先でも、黒い茂みががさがさとかき分けられるのを認められるようになったところで、エルゴが叫んだ。
「これ以上近づくな!さもなければお仲間と同じ目に合わせるぞ!」
木々の隙間から覗いていたゆらめきが止まる。それと同時に、エルゴの足元に、黒いガラスのような刀身を持った武器が滑り込んできた。刀身だけでなく、全体が目の前の木々のように黒く染まっていた。
「……今武器を捨てたやつ、話す気があるなら両手をあげてこっちに来い。」
エルゴの言葉に合わせて、細身の男がゆっくりと歩み寄ってくる。それと同時に、まじないの類が解けたのか、霧が晴れるようにして、集団の姿が明らかになる。細身の男は、銀色の刺繍が入った礼服のようなものに身を包んでおり、他のものたちよりも高貴な印象で、一団を指揮しているのは明らかだった。しかし、その男を含め、皆一様にその得物と同じような黒衣を纏っていた。とりわけ、マントのようなものが、視界に入るのを拒むかのような深い黒色に染まっていた。
「危害を加えるつもりはありません。我々はただ、司書長より領内で「暗い水」の信徒と何かが戦っているのを偵察するよう拝命しておりました」
ロタはエルゴの首に巻かれたボロ布の裾を引いた。
「……あの蛸さんたちとはどうも違う人たちみたいです。」
「そのようだ」
「それに、彼らの言葉は聞いたことがあります。「夜蛾語」……「遊牧祖語」の一つで、一定の支配領域を持たない「啓者」に率いられる集団の言語だったはずです。だったらなぜ……」
エルゴはロタの分析を聞くのを早々にやめ、頭目に呼びかけた。
「あんたらがその「暗い水」とかいう輩と違うのはわかった。それで、俺たちをどうするつもりだった」
「繰り返しになりますが、互いに血を流すつもりはありません。戦いの様子も見ていましたが、我々の総力をもっても、あなたがたを抑えることはかなわないでしょうから。姿を隠して観察して、司書長からの命令を待つつもりでしたが、近づくこともできないとは……それに、「暗い水」の信徒たちは侵略者であり、必要だったら助太刀もするつもりでした。」
結果はご覧のとおりですが……と呟いて、頭目はちらりと亡骸の山に目をやった。エルゴにとって、頭目の話すことには一定の整合性があるように思われた。「暗い水」の一派が彼らにとっても危険であることはロタの言っていたことと辻褄が合うし、現にこうして意思疎通ができているのも、彼らが穏健であることをよく表していた。それでも記憶のないエルゴにとって、警戒を解くのには抵抗があった。考えあぐねていると、黒衣の集団のうちの一人がその頭目へと呼びかけた。
「ただいま司書長より伝達がありました!観察対象を保護ののち、首都へ帰還せよとのことです!」
「わかった」
頭目たちのやりとりを耳にして、すかさずエルゴは口を挟んだ。
「待て、俺はまだあんたらを信用できない」
「理解はします。しかしこれはあなた方にとって悪いことではない。司書長のお考えを察するに、あなた方を本国にとって必要なものと判断されたのでしょう。辺境領にとどめ置くのではなく首都にお連れせよとおっしゃったのもその証左。本国で首都以上に安全な場所は他にございませんし、何よりあなたは素性を「暗い水」のものたちに知られている。」
「ぐ……」
エルゴは咄嗟に、自身が「暗い水」の信徒の一人を逃したことを思い出した。
「残党が逃走したのを部下の一人が確認しています。いくらあなた方とて、「暗い水」のものたちからの追跡を逃れ続けるのは難しいでしょう。ですからどうかご同行を」
苦悩するエルゴの前に、ロタは進み出た。
「申し訳ないけど、それは交渉材料としては些か弱いんじゃないかなと。」
「ほう……?」
「暗い水」のものたちは半ばその「啓者」の目のようなものです。私たちは彼らと戦った時点ですでに「啓者」に危険性を認識されている。むしろ、私たちが従わないと困るのはあなたたちの方。「暗い水」の追手から逃げ隠れて、あちこちで争われたらたまらないでしょう?今回は辺境の森の中で済みましたけど、次は人々が住む街中かもしれないし、もっと大勢の、より手練の兵士たちが投入されるかもしれない。私たちが逃げ仰せるかは分かりませんが、あなた方にとっては領内が荒れて、敵の規模が大きくなることは確実です。」
「なるほど……しかし、仮にそうなったとしても、お互いいたずらに消耗して終いではないですかな」
「その通りです。ですから条件を。司書長さんが言った通り、私たちを保護するのは前提として、あなた方がこの世界について持っている知識を共有していただくこと、それが終わったら私たちを解放すること、貴領を安全に発てるよう保障すること、以上が約束される限り、私たちは貴国の監視下に入ることをを受け入れます。」
「監視とは……手厳しいですな」
頭目はしばらく考え込んだ後、
「お聞きする限り、貴方は「暗い水」についてお詳しいようだ。それに、これは先祖由来の感といいますか、世界の断片を渡り歩く術に熟達してもいる、本国としては、貴方からもその知識を分け与えていただきたいところ。勿論、相応の待遇を保証させていただきます」
「分かりました」
「では……」
頭目は合図をして、伝令と思しき者を呼び寄せる。伝令の片手には人の背丈ほどはあろう粘土板のようなものが握られており、それは未知の原理で浮遊していた。伝令は指図を待たずに、頭目とロタとの間で交わされた交渉の顛末を書き込んでいく。書き終えられてからしばらくすると、
「要求を承認する。「夜警団長」マトカイネンは、「旅人教区長」として任にあたるべし」という文が、透明な擦筆で文字が刻まれるかのようにして現れた。それを見て、頭目は祝詞をあげたのちに、伝令に命じて両の掌に切り込みを入れさせ、粘土板に血判を押した。
「司書長の承認と本儀礼をもって、交渉成立とします。あなた方は客人として本国に迎えられ、その安全は私「旅人教区長」マトカイネンが命をかけて保障いたします」
形式ばった文言を唱え終わった後、頭目は顔の緊張を解いて、笑いかけながら手を差し伸べた。手のひらにつけられたはずの傷はすでになくなっていた。
「「夜蛾国」へようこそ、旅の方」
ロタも手を差し伸べ、マトカイネンの手を握り返した。一連の流れを、エルゴは呆気に取られたまま見守っていた。