096 tr39, round trip/周遊旅行
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「いやぁ、アイツには大分助けられたんで、その恩返しも兼ねてでさぁ。
フセスの野郎何年か前に突然町を飛び出していこうとして、町の連中に囲まれて止められちまいましてねぇ。
気前良く稼いだそばから周りの困ってる人間にばら撒いちまって、仕事じゃねえのに爺さんや婆さんの生活まで面倒見てやがって、町の連中にゃ愛されてたと思いやす。
オレみてぇな不細工な小男でも『顔は違うが、昔の仲間に雰囲気が似てんな』なんてよく酒奢ってくれて。
あいつが焦って街を出ようとした時にゃ『無謀だ!』とみんなに怒られてやした。
アイツ、片っぽ足首から先が無くて、杖なしじゃ歩けないんすよ。
でっかい身体してるから誰もマトモに支えられないし、なのに手荷物だけ持って外に飛び出して行っちまって。
危うく隣町までの崖から落ちてるのを見つけて連れ戻されたんですが、どうもその時大事なものを落としちまったようで、しばらくは隙を見せるとその谷へ行く様になっちまいました。
そのせいで、足が更に悪化しちまいまして。
仕方ないんで皆の持ち回りで誰かが付くようにしてたんですが、俺の番…去年あたりの話ですかねぇ。
ちょっと広場近くで歌でも嗜みながら…なんていつもと違う酒場に行ったら、ロマの連中が来てやしてね。
まあこの女たちの歌の上手い事!
新しい歌も仕入れたようで
『北方に勇猛果敢の大女あり、ユキヒョウのようにさっと敵の魂を奪い、あっという間に難攻不落の砦を乗っ取り、今じゃ立派な女領主様だ』
なんて一節で。
フセス、聞いた瞬間棒立ちからの大騒ぎで、宥めるの大変だったんですぜ。
当然ロマたちも気が付くわけで、場が落ち着いてから女がつるっと紙を渡してくるんでさぁ。
紙ですぜ紙!
俺ぁ字もろくに読めねえから縁もなかったけど、フセスの奴はそっと受け取って中を確認してやした。
その晩はもう戻らない、と言い残して席を発とうとしたんですがね、杖もなくてフラフラしてたんお供したんですよ。
てっきりロマの女とイイコトするのかと思ったら、おっかねえ雰囲気の優男が馬車で待ってやしてね。
『そこの男、この場でフセスラフ様と共に来たのなら、もう引き返せぬぞ。
彼と運命を共にするか、この場ですべてを棒に振るか、選べ』
そら俺ぁ醜い小男で大した人生は送ってねえし連れ合いだっていねぇけどよ、いきなりそんなこと言われる筋合いもねえんで。
男と心中なんざごめんだと返してやったんでさ。
『…それもそうか、悪かった。
仕事がないなら与えるが、割に合うかはわからんぞ』
これは俺もいけねぇんだが、何故か好奇心が疼いちまってね。
引き受けやした。
フセスの奴はその優男と馬車の裏に消えやした。
次の朝心配でヤツの家に行くと、既に帰宅して何やら作業の最中で。
こちらに気が付き
『用ができた。この手紙を昨日のロマの男に渡してくれ』
広場へ行って優男に手紙を渡すと
『分かった、少し待て。今度はこの手紙をフセスラフ様の処へ』
なんてやり取りの往復を何日か繰り返して、時々はフセスに食べ物も差し入れして。
何度目かの時、ロマの男からずっしり重い小さな袋を渡され
『そこには金貨が詰まっている。その袋をフセスラフ様の処へ。但し中身は覗くな』
と気軽に言われて、そら慌てやしたよ。
ただ人に見られるのも嫌なもんで、食べ物かごの底に隠して持ってったんでさあ。
オドオドしてても疑われやすし、平静を装ってフセスの家まで行くのは骨が折れやしたぜ。
ヤツに袋を渡すと受け取らずに抱きしめられ『ありがとう、そして申し訳ない。これで最後だ』と手紙と別の小袋を渡されやしてね。
ええいとばかりに優男のところまで行けば
『よくやった、そのまま馬車で少し待っていたまえ』
と手紙と小袋だけ受け取ると、どこかに行っちまって。
それで戻ってきたところさっきの小包を渡されたんでさ。
『その金貨はすべて差し上げよう、よく頑張った。
この小包は、こちらの地図にあるボーフス要塞へ行き、そこの女領主であらせられる”ナージャシュディ”様に渡したまえ。
背の高い美しい女性だ、直ぐにわかるだろう』
って言われても、何処だよそこは、俺は自慢じゃねえが字は読めねえぞと返してやったら
『そうか…難しいな、ならば旅の準備もあろう、明日の朝またここへ来てくれ』
と帰されやしてね。
次の日朝早くに行ったら
『馬二頭と引率を手配した。一緒に旅をしてくれ』
と、馬と褐色肌美女をポーンと渡されやしたよ。
あん時ゃ驚いたなあ。
『この女性はこの周辺のルスカ語以外にバルト海域の数か国語も話せ、読み書きもできる。
だがあくまでも主人はお前で、彼女は従者として通しなさい。
この時代は女性の地位が低い、ロマ族単身となれば更に被差別も強い。
大事な荷物を単独で持ち歩けないのだよ。
だから、小包だけはお前自身が肌身離さず持っていくように。
ああ、それから今の時勢ならば西へ向かい、タリンからニーノシュク王国のストックホルムを抜け、そのまま西へ抜けてイェータ川沿いに進むのが比較的安全だろう。
途中ストックホルムまで船舶を使うなら、馬は手放しても構わない。
ナージャシュディ様のおかげで、ニーノシュク西側の北海付近は比較的落ち着いているが、東側のストックホルム近辺は相変わらず海賊が多い。
万が一に備え、身軽な旅を心掛けよ』
褐色美女は分かっていたのか、その場では頷くだけでやした。
俺ぁ行商やってた時期もあったんで馬は乗れたけど、この通り醜男で女にゃ見向きもされなかったもんで、最初はもういつ嫌われるかずっと気に病んでばかりで。
でも、彼女は優しかった。
俺の生涯で一番、俺の話をニコニコして聞いてくれたんじゃねえかな。
もう彼女の気を引くので精いっぱい、旅路も急いだし、ニーノシュクのブークモール語も話せるよう頑張ったし、合間に戦えるよう剣だって練習したし。
彼女の方が圧倒的に強くて、むしろ俺ぁ守られてばっかりでしたがね。
魔法だけ、俺の方がちょっと上手かったんで喜ばれたのが嬉しくてね。
ともかくそうやって一緒に旅をして、ここまでたどり着けたんでさぁ。
確かに小包、届やしたぜ」




