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War Ensemble/ウォー・アンサンブル ~戦争合奏曲  作者: 改案堂
第三章 Diabolous in Musica/音楽に潜む悪魔
121/144

121 bonus02, heart on the run/逃げる心

アタシは必至だった。

だって、シュレーダーに無断でアタシを売ったのは他でもないひいじいちゃんじゃないか!

ヨルグおじさんが頼んだって、あいつらが諦める訳ない!

こんなところに閉じ込められて、あのいやらしいイェンスを待つ生活なんて絶対嫌だ!

外の世界にだって全然行けなくなる!


そうだ!

やるなら今しかない!

外の世界で冒険して、大活躍する夢を叶えるんだ!


夜中こっそり家を抜け出し、警備の男どもが酒を呑んで寝てるのを確認して、小さな手漕ぎのフェーリング舟を沖へ出し、そっと漕ぎ出した。

大丈夫、集落にあるモーレイの灯台を目指せばいいんだ。


へとへとになりながら一晩中オールを漕いで、辺りが薄明るくなる頃にフィヨルドの海岸へ到着した。

海岸は入り組んでいてよく分らなかったから、ひたすら奥の方を目指した。

運よく川につながる場所で、陸に上がれそうなところを見つけた。

もう腕パンパン、手が痛い、喉も乾いた、疲れた。

頑張って陸に上がって、船も岩場に引っ掛けておいた。

ここまでくれば一安心、ちょっとだけ休ませて。



気が付いたら辺りは真っ暗、日中ずっと寝てたみたい。

腕が痛い、手も痛い、体中痛い。

それでもそろそろ動かなくちゃ…と思ったら、船がない!

荷物も全部積んだままだよ…

な、流されちゃったのかな…

どうしよう…


動きたくない、でもジッとしてて集落の連中に見つかって連れ去られたくない。

アチコチ痛いまま少しづつ川沿いを歩く。

最初は辛かったけれど、次第に慣れて動けるようになった。

何日も何日も、沢や森をさ迷い続けた。

喉が渇いたら、川の水を飲んだ。

お腹がすいたら、木の実や食べられる草を探して食べた。

森の収穫は女の仕事、この時ほど感謝したことはない。


外の世界に行けば街があって、すぐに生活できると思ってた。

だけど、外っていうのは集落じゃない場所、って意味じゃなかったんだ。

行く当てもないからどんどん川を遡って滝も沢も越えていった先には、何もなかった。

山や谷間、川はあるけど、街なんてなかった。



とうに途方に暮れていたある日、遠くからオオカミの遠吠えが聞こえた。

まずい、集落を襲ったオオカミの群れかな。

不安になりながら、近くの沢を登る。

昼も夜も、休もうとすると遠吠えが聞こえる。

しかも、だんだん近づいてくる。

怖いよ。

誰か助けて。

またヘトヘトになりながらひたすら遠吠えの方向とは逆の方へ逃げる。

逃げても逃げても、遠ざかるどころか追いつかれちゃう。


あっ。

足がもつれて転んじゃった…

もうすぐ来るよ。

どうしよう。

周りを見回すと、木の根元が洞になってるところがあった。

アタシでも入れそう!

急いで駆け込み、身を縮めて息を殺す。


オオカミの姿が見えた。

あれは只のオオカミじゃない、さらに巨大なスコルだ。

アタシ、呪われるのかな…

集落から逃げたのが悪かったのかな…

やっぱり女は、集落から出ちゃいけなかったのかな…

父ちゃん、母ちゃん、ごめんなさい。

自分勝手ばかりだからきっと罰が当たったんだ。

魂ごと攫われて食べられちゃうよ…



…ずっと逃げてた所為で疲れてたのかも、洞の奥で気を失ってた。

良かった、まだ食べられてない。

洞から少しだけ顔を出すと…居た。

あの巨大なスコルじゃないけど、でもオオカミだ。

隠れてるけど、アタシにはわかる。

息を潜めてじっと待ってるんだ、オオカミは一度獲物を定めると何日もかけて狩るんだって。

群れじゃなくて一頭だけど、きっと見張ってるに違いない。

逃げられない。


どうしようもなくて洞からも出られなくて、じっと息を潜めてもう何日経ったろう。

お腹空くのはもう慣れた、水は朝露を舐めて凌いだ。

でも喉は乾いたまま。


もう本当にダメかも…

だってこんなに山奥深くの、しかもスコル達がうろうろするところに人なんて。

気が遠くなる間隔が短くなって死を覚悟した頃、突然洞に射す陽の光が遮られ人の声がした。

「おい、大丈夫か」

最初は信じられなかった。

スコルの化身がいよいよアタシを食べに来たんだと思った。

もう、全てが終わる。

死にたくない。


それは、自分を人だと言った。

スコルの化身ではない、って。

水もくれたし、パンがゆだけど鍋まで用意してくれた。

温かい食事なんていつぶりだろう…少しだけ、泣けてきた。

目の前のツルッパゲの、だけど集落では見かけたことのない巨人は、アタシが落ち着くまでじっと待っててくれた。


もしかしたらケインと名乗るこの人はスコルじゃなくて、フェンリルの化身かもしれない。

だって見たことのない真っ黒と真っ白のスコルがやたらと懐いてるし、オオカミたちは言うまでもなく一番大きいスコルまで、この人と穏やかに過ごしている。

直ぐに逃げ出したかったけれど、少し話すうちに興味が湧いてきた。


案外、簡単なんじゃない?

ちょっと下手に出ればすぐ騙されるお人好しだし、街に出るまで利用させてもらって、あとはさっさと逃げちまえば大丈夫。

父ちゃんや母ちゃん、ひいじいちゃんへの手紙だって書かせたし、いいように使えるだけ使おうじゃないか。

新・アンゲラの大冒険の幕開けにゃちょうどいい!



…と思っていた、この時は。

甘く見ていた自分を殴りたい。

アタシが世間知らずの箱入り娘だったことを痛感するのは、少し先の事。

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