115 tr15, in a nameless time/名乗れざる時
庇岩を拠点にしてスコル探しを始めて2週間。
早々にヨルグや双子とは別れを告げた。里帰りだし、着き合わせる事もあるまい。
巨人集落の生活を見られなかったのは残念だが、個人的興味なので諦めた。
こっちはこっちで長くなりそうだったので、必要な荷物を取り出し棺桶リュックは庇岩の袂に隠す。
当然というかなんというか、群れを維持するほど賢い狼い連中の足取りはなかなかつかめない。
まずは襲撃された集落の家畜小屋や居住エリアを調べたが、襲撃の痕跡以外は往復の足跡すら隠蔽する徹底ぶりで早々に諦めた。
次に集落周辺の獣の生息。
これも空振り。
他の地域に比べて確かに数は少ないもののまったくいない訳ではなく、古参スコルは既にこの周辺の生態系を把握して自然界で縄張り宣言しているのが伺えた。
続いて周辺地域のフィールドワーク。
調査範囲を半径100kmに広げ足跡や排泄物、獲物の食痕を探す。
これは確かに見つかったが、近傍に生息する確たる証拠。と言える程の鮮度のあるサンプルではなかった。
ちなみに警戒されているようで、これまで一度も実体はおろか遠吠えすら聞いていない。
…ちょいと早まっただろうか。
いつもタロ・ジロと一緒にいるから当然のように思っていたが、オレは自然界のハイイロオオカミの生態なぞ全然わかっていない。
意気沈降して小さな焚火の前で項垂れていると、タロが顔をベロベロ舐めてきた。
そういえば、コイツら4兄弟と出会ったのは丁度1年前頃だったか。
一年前のあの頃はちっちゃくてかわいいくて…あ、そうか。
そろそろ巣穴を作って子供を育てるシーズンだ。
群れを探すのでなく、巣穴を探す。
群れは常に動いてるけど、巣穴は固定だ。
今まで調査した範囲を除外し、場所を絞って調べられる。
タロとジロも探しやすいだろう。
方針を変えて更に1週間。
見つけた、狼の巣穴。
1つのグループとしては大きいほうだろう、森の開けた場所を中心に5つほどの巣穴が取り囲む広場にそれはあった。
ここにそれぞれメスとその子供が住んでいるのだろう。
獲物を狩りここまで運んでくるのは、オスの集団の役割だ。
戻ってきたところで頭数と特徴を捉え、今回はそこまで。
広場から風下の監視できる木を探し、タロ・ジロと共にしばらく樹上生活するか。
監視生活を始めてから3日間。
未だ動きは無い…と油断していた俺が悪かった。
背後から巨大なオオカミに襲われた!
咄嗟の動きでタロが体当たりし噛みつかれることは無かったが、既に樹の下には12-3頭のオオカミが待ち受けていた。
タロの体当たりしたオオカミは既に成人女性程度の体高はあるタロより大きい、他にもこの大きさのオオカミが3頭ほど混じっている。
「タロ、ジロ!殺すな!電撃で倒す!」
取り囲まれ四方から飛びかかる狼いたちをいなしつつ、頚椎を狙って高電圧を流す。
大きい個体は手こずったが全体の数を減らし,やがてタロ・ジロと連携して追い詰め逃がすことなく確保。
ここからは人間の有利なところだ。
襲い掛かって来た個体は全て数珠つなぎに縛り、監視に使った木の周りへぐるりと廻す。
最初の一番大きい個体のみ少し離れたところで木に縛り、目が覚めるまで待つ。
その間、タロとジロに彼らの収穫した獲物を巣穴へ届けてもらう。
やがて気が付いたリーダー、目が覚めた途端に飛びかかろうとするが、縛られていることに気が付き暴れ出す。
しばらく放っておくと体力尽きたのか諦めたのか、恨めしそうにこちらを睨み付ける。
顔の右側に大きな切り傷の痕がある。
体高は1.7m近い、タロとジロよりさらに大きい。
腰のあたりに白い斑点があり、その下には…付いてない。メス!?
「観念しろ。タロとジロでこちとらスコルにゃ慣れてるんだ。
お前さん…人語わかるだろ?」
しばらく睨み付けられたが、観念したのか唸りながら肯首する。
前から疑ってたが、変異種は知能も高いようだ。
遺伝はしてないようなので、これも魔石?隕石?の影響なのだろうか。
「人里を襲うのは、今は良いが後で悪い。
軍隊…大人数の狩猟か、悪くするとここら一帯焼け野原だ。
お前の群れだけでなく、他のオオカミが全滅するまで続くぞ。
今は子育てで動けないのは分かるが、人と家畜を襲うのはやめろ」
巨大スコルは睨みつけたまま、「ガウッ」と低い声で鳴く。
「それから、子供が大きくなって寒くなる前に奥地へ移動しろ。
人間の住む地域で生きるのは、ヒトにもお前らにも良くない」
今度も素直に頷かず、タロをじーっと見つめる。
「…タロが欲しいのか?」
尻尾をふりふり「ガウッガウッ」と古参スコル。
タロは「クゥーン」とひと鳴きし、オレの足元にちょこんと座り鼻を擦りつける。
「…すまん、コイツはオレの群れのもんだ。
数日間、オレは人里へ行って群れを襲わないよう話をして来る。
その間、タロとジロを共に行動させてるのでどうだ。
今年の冬から縄張りを変えてくれ」
スコルはしばらくこちらを見て、タロとジロをじっと見つめ…やがて頷く。
「よし、約束だ。
全員の縄は解く、ここの獲物は獲っていいが、人の住む所へは行くな。
それから、雪が降ったら山奥へ移動しろ」
念を押し、警戒しつつ古参スコルの縄を解く。
ゆっくりとタロとジロへ近づき、お互い匂いを嗅ぎまわる。
その様子を見て安心したのか、他の群れのオオカミたちも殺気立った雰囲気から幾分落ち着く。
全員の縄を解く頃には、タロもジロもすっかり馴染んで戯れていた。
古参のスコルは、おそらく人間の会話から言葉を学習したんだろう。
普段使わない言葉は理解できなさそうだったが、言い方を変えれば受け取れていたと思う。
その辺、タロとジロはどうなんだろ。
俺の使う言語がコロコロ変わるけど、どこまで理解してるのか…深くは追及すまい。
そして本当は彼らの為にここでお別れも選択肢なんだが、人間側にさらに被害が出そうなので、その案は心の奥にしまい込んだ。




