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朗読劇台本

ナポリタンの夢

作者: cyxalis

一人声劇・朗読台本 7分 男性


夕日に向かって自転車を漕ぐ男性の物語。(推定30代)

意図的に読み手によって男性像や物語の受け取り方が変わるように書いています。

貴方の「男性像」で読み上げてください。

パンクしてしまった自転車を見て、どこか気まずい思いを覚える。


運動は特に好きと言うわけじゃないが、月に一回は運動したくなる。だから週末にちょっとサイクリングをと思って、多摩川の河川敷を自転車でひたすらこいでいた。

そうしたら奥多摩まで来てしまっていた。


夕日が上流の方へ流れていくのを見ながら、まるで追いかけるように自転車を漕いでいると、不思議と少年時代に帰ったような気持ちになった。


日差しに焼けた頬が痛い。

口に水を含ませたあと、夕日を背にもと来た道へ自転車の方向を変える。

自転車がパンクするまで夢中に走らせていたからには、明日は筋肉痛で脚が震えるに違いない。


同僚や上司に揶揄われた時の良い"返し"を考えながら自転車を押していると、ガツンガツンと後輪から嫌な音がした。

この状態で自転車を押していたら、タイヤがズタズタになってしまう。サイクリングショップに行かなくては。


(間)


私「ありがとうございました」


軽く店員に会釈して、サイクリングショップを離れる。

ここのサイクリングショップでは、この自転車のタイヤは特殊で変えられないと言われてしまった。

仕方がないので、自転車を持って電車で移動することにした。


電車の車窓の外、オレンジから藍色に染まっていく夜景を眺める。

変わりゆく空の色を見ながら、サイクリングショップで素直に他をあたって欲しいと言ってきた、誠実な店員の顔を思い返す。

その顔はすぐに後輩の顔に変わった。


(間)


その誠実な後輩は、上司に企画案を出してはダメ出しされている。

発案は悪くないし企画の手順にも粗はあるが問題がない。周りがサポートすれば良いだけだ。だというのに上司は後輩がささやかに匂わせた”その先にある主張と思想”が気に食わなくて、発案や企画についてダメ出しをしているのだ。


特に口出しすることもなく、喧騒を視界の端に仕事に戻る。

私は簡単にモラハラについて報告書を書き、上に出した。


(間)


車窓の外が暗くなり、窓にハッキリと私の日焼けした顔が映る。

疲れたような、何かを抱え込んだような暗い目が私を見つめ返す。いつからこんな目をするようになったのだろうか。


正直悩んでいる。後輩の背を押すべきか押さずにいるべきか。

押すには後輩のことを深く知らず、止めるには誠実な人柄に気が引ける。


そもそも後輩は誠実な人柄だという自分の判断にすら半信半疑だというのに、決断できるわけがない。

後輩に私が何を言えるというのか。


昔だったら傍観していただろう。

何もしない。成り行くままに待つ。

しかし、そんな選択をしていては仕事は成り立たない。


私の判断だけでは後輩の人柄は分からない。

であれば他の人の力を借りれば良いか、そう思考を巡らしてーーちょうど自宅の最寄り駅についた。


同僚にSNSで夜に一緒に食べないかと聞く。

暇していたのか家にたどり着く頃には返事が返ってきていた。

家に上がりながらSNSを開くと、ポップなスタンプが表示される。


同僚いわく、夕飯にナポリタンを作るところだっらしい。

食べるならサラダを買ってきて欲しいとも書かれている。


このガクガクの足でサラダを買って、同僚の家まで行くのかと想像したら気が遠くなった。

もう良いじゃないか。後輩のことは明日また考えればいい。誰かが面倒を見てくれるだろう、と。


だがこれは緊急事態なのだ、と自分に言い聞かす。

私はここで他人の手を借りることを覚えなくてはならない。

これはキッカケに過ぎないのだと。


水を一杯飲んでコップを簡単に洗う。

自転車で追いかけた夕日の美しさが脳裏によぎる。

玄関先で鏡を見れば静かな目と目が合った。

暗い目よりずっとマシだ。

足はガクガクで自転車は壊れたが行って良かった。


私は同僚に会いに行くべく玄関を出て、扉に鍵をかけた。




出来合いのサラダを買って同僚の家に着いた頃には、電飾の明かりが似合う時間になっていた。


「こんばんは。早かったですね。もうナポリタンは出来ています。」と、穏やかに少しの皮肉を混ぜて同僚が言う。

サラダを見せると、

「おー、〇〇(AD)のサラダですか。良いですね。」とそつがない返事をする。だと言うのに、要件は何なのかは聞いてこない。


そんな同僚とたわいない話をしていたら、あっという間にナポリタンを食べ終わってしまった。

「おかわりありますよ。」という同僚に甘え、二杯目をよそう。


本題を切り出せたのは二杯目を半分くらい食べてからだった。


(間)


私が話し終わっても、同僚はしばらく黙ったままだった。

そんな同僚を前に私は静かにナポリタンを食べ続けた。


(間)


「僕たちが目指しているものってナポリタンみたいなものだと思うんです。」

私がナポリタンを食べ終わると同時に同僚は話し始めた。


「イタリア本場の物ではありませんよね。僕にとってイタリアっぽい家庭の味です、ナポリタンって。」

「皆んなの思想や意見が、最終的に何になるかなんて僕にも分かりません。ただ、それがナポリタンみたいであれば良いなと思います。」


私は水を飲んで、同僚に笑いかけた。

「ありがとうございます。ナポリタンもとても美味しかった。」


「サラダも美味しかったですよ。」と同僚も笑った。

「しかし、貧乏ゆすり酷いですね。何でですか?」


「走ってきたからですよ。電車より早くね。」

私は茶目っ気たっぷりに下手な返しをした。




貰ったお題「電車」「緊急性」「ノスタルジック」「話が通じない(意図した齟齬)」「自転車」

入れられなかったお題「女性」

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