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 自分が公爵家の令嬢であり第二王子の婚約者であるアドラネア・リシュテットという漫画の悪役令嬢だと思い出してからの私は、特になにもしなかった。

 生死に関わるような未来でないこともあるが、そこまで仔細を思い出したわけでなかったために前世に引きずられるということもなく未来を知って大人びたというか冷めてしまったのも一因かもしれない。

 

 そもそもが王家からの打診で結ばれた婚約だったので、私からしたら少々荷が重く解消されるならそれでいいと思ったのもある。

 よくある強制力的なものへの対処は一応考えていたけれど、あちらが誠実に対応してくれるのならこちらから動く必要はない。

 漫画の私も今まで築き上げてきたものへのプライドで立ちはだかっていたので、別に王子が特別好きとかでないのは元からなのだろう。


 なんて考えていたけれど……なんだかんだいっても私は悪役令嬢なのだ。私がなにもしなくても起こるものは起こるのよね。

 なのでさくっと対策として考えていた通りの行動をさせてもらった。裏を取って策を弄してどうにかするわけでもないので本当にさくっとだ。

 私が学園でしたのは私の名前で嫌がらせをする女生徒へのやんわりとした苦言。そしてそれが聞き入れられずに嫌がらせが続くことに気を病んだと、とっとと領地に引っ込んでしまっただけである。


 両親には「王子妃、ひいては王妃の可能性もある令嬢だというのに、こんなに軽んじられ無視されるのであれば私は重責には相応しくありません」と涙ながらに訴えた。

 部屋に籠ったまま食も細く夜も眠れないという風に装ったら、何人もの医者が呼ばれたりした後にすぐに領地に下がらせてくれた。そして何をどうしたのかはわからないが、私が領地に引っ込んで間も無く婚約解消ももぎとってきてくれたのだ。


 普通の公爵令嬢なら王家との婚約がなくなる上に傷がつくなんて本人の希望を無視しても避けたいだろうけど、なんだかんだいっても私は悪役令嬢なのである。両親はそりゃもう私を甘やかしてくれるのだ。

 そして私はそんなふうに溺愛されている公爵家の一人娘であるので、少々傷がついたとしてすぐに嫁ぎ先のあてがなくなるわけでもない。私本人がどうであれ、王家が欲しがるほどの後ろ盾は魅力的なのだ。


 そんなわけで私は領地で療養と言う名の悠々自適の生活を送りつつ、親しかった人に嫌がらせをする令嬢を止められない力不足とそんな私は王子の婚約者に相応しくないという内容の大変悲観的な手紙を書いたりなどして日々を過ごしていた。

 そんなこんなで今の私は悲劇のご令嬢である。努力をし気高くあろうとした令嬢が周囲の悪意と愛のない婚約者のせいでポキッと折れてしまったという扱いだ。


 殿下まで巻き込んでしまうとは正直思っていなかったけれど、周りからも愛がないように見えてたのねという納得もある。

 それに好きでもない、好きになってもくれない事務的な対応だけの相手のために悪意に立ち向かうのも無理なので、間違ってはいないかもね。


 一応施されていた王妃教育で学園の授業は免除されてる部分もあるし、ほとぼりがさめるまで半年くらい引きこもっていても今年度で卒業することはできる。

 無理そうなら一年休学ということにしてもらってもいい。その間に私を大変溺愛している両親に相手を見繕ってもらうのも手だろう。


 そう思っていたけれど、政略というのはどうにも私を解放してくれるつもりはないらしい。

 現公爵に溺愛されている公爵令嬢なんて、落とせば後ろ楯付きの優良物件である。王子との婚約解消という傷があっても……いや、あるからこそ縁を結びたいと思う相手はいるものだ。


 ちら、と対面に座った人を見る。見目はそれなりに麗しいけれど、なんというか愛想がない。堅物という噂は本当なのね、と思うほどに外見からもうお堅いオーラが出ている。

 そんな彼がここに何をしに来たかというと、ずばり私への求婚である。

 とはいってもいきなり押しかけたわけではない。両親に許可をとり私へ面会の伺いをたて、きちんと順序だてて行われている大変理性的なものだ。そして理由にも感情的な部分など一切ない。


「貴女の手腕には、殿下も舌を巻くと仰っておられました」

「まぁ、私はただ深く傷ついて……こうして療養しているだけですのに」


 少し言葉を交わしただけで、またぐっと黙り込んでしまった。彼にとって私を相手にするというのはなんとも面倒なのかもしれない。

 なにせ私を引き入れることで私が婚約を解消した殿下を追い落とそうとしているのだから、機嫌を損ねるわけにはいかないと細心の注意を払っているのだろう。

 

 側妃を母にもつ第一王子殿下と正妃を母にもつ第二王子殿下。今まで公爵令嬢である私が婚約者で公爵家の後ろ楯があったために優位に立っていたのが第二王子殿下である。それを手放した今が一気に追い落とせるチャンスだと側近を動かしたのだ。

 しかしそれが堅物の女性嫌いで、だからこそ未だに婚約者のいないジェスト・フラウサ侯爵令息というのはすこしばかり荷が勝ちすぎるのではないだろうか?

 現に今も私と腹の探り合いのような会話をするだけで四苦八苦している姿は、女の相手に向いてないにも程があるとしか言えない。


「私は……その、受けていただけるならば誠意だけは必ずとお約束します」

「あら、そこは愛を捧げると口説くところでは?」

「交渉の場で不確かなことを確約することはできませんし、貴女はそういったことを望まれないと思いました」


 女性を口説くのには荷が勝ちすぎると思ったけれど、私としては彼が選ばれたことを悪いとは思っていない。

 婚約者のいた男性に歯の浮くような言葉で口説かれたならば、とっととお帰り願っていただろう。その点、第一王子殿下は人を動かす才はあるらしい。

 

 でも彼に婚約の申し込みとか求婚とかそういった役を与えずに、婚約すらカードにした交渉と言ってこちらに来させた方が絶対にスムーズだったとは思う。

 私にとっても渡りに船というか、それほど悪い話でもないのだし。なにより彼が慣れないことに顔を青くしないで済むし。


「お話をお受けしてもいいのだけれど、すぐにだと私への評判が……ねぇ?」

「それは理解しています」

「ですから、貴方にとってすごく面倒なことをお願いしようと思っていますの」


 怪訝そうに眉がひそめられる。この人きっと普段から眉間にシワがよってるんだわ、ちょっと眉を寄せただけでくっきりだもの。

 なんてことを他人事のように考えつつ、ニッコリと笑う。彼の警戒が濃くなった。

 失礼だけれど、この場合は正しい。


「フラウサ様、私のことを好きで好きで仕方のない……恋に突き動かされる男になってはくださらないかしら」


 だってこのお願いは彼にとって、国をひっくり返すよりも困難なことかもしれないのだから。

 そう思って口に出した言葉は、やはり彼にとってはいまいち理解しかねるものだったらしい。怪訝を通り越してもはや困惑を隠せそうにない姿を見ながら、少しさめた紅茶に口をつけた。


「本当に恋していただきたいわけではないの」

「その、どういった意図でしょうか」

「簡単なことですわ。傷心の私を打算ではなく愛で求めたのが、たまたま貴方だったという話にしていただきたいのです」


 我が家としても私が直接なにかされたわけでもないのに、手のひらを返すようにあからさまに乗り換えるのはさすがにまずい。

 なので第一王子殿下からの婚約の打診ならさすがに家でお断りしていだろう。第一王子の婚約者は裕福な侯爵家の令嬢だったはずなので、乗り換えるとも思えないが。

 かといって第一王子殿下の指示で女性嫌いの堅物が傷心の令嬢を利用したいがために言いくるめたと見られるのも、あまり外聞はよろしくない。


 しかし、彼が殿下とは関係なく自分の意思で求婚してきたとしたらどうだろうか。

 あの鉄面皮の堅物がたった一人の令嬢相手に必死になって愛を求め、そして傷心の令嬢はその愛に絆されてその手を取るのだ。

 少なくとも話としての受けのよさは格段に違うし、横槍を入れづらくなる効果も少しは期待できるだろう。


「今日は会っていないことにしましょう。そして訪ねたのに部屋から出てこない私に、愛を乞う手紙を送ってくださいませ」

「……手紙、ですか?」

「私は一月の間、返事を出しません。それでも何通も文面を変えて送っていただきたいのです」


 彼は評判も含めて、会えもしなかった令嬢に何度も手紙を送るようには全く見えない。なんなら時間の無駄だと早々に切り上げてしまいそうだ。

 それが返ってこない手紙を待ちながら何度も何度も愛をしたためて手紙を送っているとしたら、その意外性はとんでもないだろう。

 私が彼に絆されたと言って、婚約を結んだとしても違和感などなくなるはずだ。


「一月したら短い返事を返します。そこから二月、段々と返す頻度を上げて手紙のやり取りをしたら貴方に会わなかったことを後悔していると手紙で匂わせます」

「そうなれば婚約をしていただけると?」

「いいえ?それから三月ほど待っていただきたいわ。そしてその待つという選択を、貴方がしたということにしていただきたいの」


 すぐに飛び付いては隙ができる。あえて私のためと一歩引くことによって、相手をなによりも尊重するほど愛しているということが強調されるはずだ。

 それもただ尊重するのでなく、彼にとっても彼が側に仕える第一王子殿下からしても得になる婚約を私の心の傷が癒えるまでと待つのはいかにも彼の堅物なイメージにも合う方向性で情熱的だ。

 利があるのに愛のために辛抱強く待つ姿は意外性を持ちながらも彼のイメージを損なうことはないだろう。むしろ我慢強く誠実だと評判も上がるかもしれない。


「第一王子殿下に自分としてもよい縁談なのだから早く婚約すればいいといわれたのを、私のためだと断っているのを侍女に聞かれたりすれば尚いいわ」


 侍女の噂話は広がるのが早い。それが意外な人物の熱烈な恋愛話だとしたなら尚更だ。

 そしてその内容が広がるほど第二王子殿下は解消した婚約を結び直したいと言い出すことができなくなる。

 仕える主相手に否という程に愛している男から、愛がないのに私の実家の権力を惜しんで奪い去った男になれば求心力が落ちることは目に見えているからだ。

 たとえなりふりかまわなくなったとしても私の家が首を縦にはふらないのでどちらにしても心配はないけれど。なんなら彼との婚約を私を守るためとして時期を早めて結んでもかまわないし。


「そこまでしなくとも……いえ、そちらの方が、もしかしたら我々にとっても都合がいいのかもしれません」

「愛されずに悪意と重圧に負けた令嬢を愛によって癒した男がいたら……愛さなかった方はどう見られるでしょうね」


 政治的に利用価値があるから婚約したのに放置しみすみす逃した令嬢を、敵対派閥ともいえる第一王子派の彼に愛の力で手に入れられてしまうのだ。

 言い方は悪いが、愛されるだけでコロッといく女一人も留めておけない程の甲斐性の男に国を任せたいと思う人間がどれほどいるだろうか。

 

 私と言う大きい魚を逃した第二王子が連れてきた婚約者候補が生半可な相手では、第二王子派が婚約にいい顔をしないことは想像に難くない。

 しかし第二王子は自分の望んだ相手を婚約者にしたいと望むだろう。お互い思い通りにいかない相手に苛立ち、亀裂が生まれるかもしれない。


「……わかりました。リシュテット嬢の望み通り、貴女を愛してやまない男になってみせましょう」


 そんな今から毒でも飲むような覚悟を滲ませる顔をしなくても……と思うものの、いっそ彼にとっては飲んだら終わりな分毒の方がマシかもしれない。

 取引きを持ちかけた側の私の慰めなどそれこそ毒にも薬にもならないどころかむしろ不快だろうけれど、心の中で少しだけ同情しておく。


「ええ、溺愛のほど期待しておきますわフラウサ様」


 それに私だって、人生で一度くらいは男の人に熱烈に求められてみたいと少しだけ思ったりもするのだ。

 どうせするのは政略結婚。ならば形だけでも味わってみたってバチは当たらないだろう。無理をさせているとは思うけれど、あちらにも利があるので文句は言わせない。


 相手が相手なのでそこまで熱烈さに期待できないのは少しばかり残念ではあるけれど、真面目だからこそ途中で投げ出したりはしないと思えるので良しとしよう。

 私がにっこりと笑いかけると対照的に対面のフラウサ様の顔がこわばるようなこの状態で、本当の溺愛などしようもないことは私だってよくわかっているのだから。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 説明くさくなるかもしれませんが、ジェスト様が最初に主人公にかける言葉の中の「殿下」が、第一王子なのか第二王子なのかを分かるように書いてくださると、もっと分かりやすいかと思われます。 ジ…
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