第十六話 白けた空間
エクレットが右手に掲げた布には、紋章院より叙された金印可のメダルが縫い付けられていて、それを掲げながら、衛士に近付いたので、衛士は貴族爵同等として扱うべきなのだが、先触れでは冒険者と記されていたため、金印可大鷲のエクレットであるにもかかわらず、上級市民程度として誤った扱いを行った。
だが、例え衛士に落ち度があろうとエクレットに 正当性があろうと一度門前払いを受けてしまうと、不穏分子や犯罪予備軍として再入門は限りなく零になる、打開する為には、エクレットは貴族家名を名乗らざるを得なかった。
王門、領館門の守備衛士は主に忠誠を尽くすため、”疑わしきは排除せよ”が最優先となるためだ。
エクレットが名乗った、『バレルステン』とは、王侯貴族家の爵位を持たない、直系傍系子息令嬢を指す。
市井でのお坊ちゃんお嬢ちゃんを表す尊称であり、爵位継承権を持つことを表している。
その為、例え王族であろうと、王太子以外は、押しなべてバレルステンである。
家督を継ぐことを確約されていて、自ら叙爵されていないが、家督を継ぐと同時に叙爵されることが、確定している場合は『ヴォーダ』と呼ばれる。
家督を継ぎ、承認された後に叙爵されるため、ヴォーダと呼ばれる状況や期間中は、あまり大きな顔をしないのが嗜み。
先代との付き合いを重視している貴族は、家督を継いだ者との間に同等の関係を築くとは限らないのである。
伯爵家の三男坊のバレルステンが、市井で伯爵家を振りかざし、無体をさらせば、家長である伯爵へ報告が上がる、家名を振りかざし、物をせしめたつもりでも、実は、伯爵のツケとなっているため、家令が揉消す事もあるが、遅かれ早かれバレる。
王宮謁見の間に無条件で出入りできるのは男爵・准男爵・騎士までとなり、准騎士・ヴォーダ・バレルステン・大富豪は召喚状を貰えた時である。
ただ社交界は大広間で行われ、バレルステンは派閥を作るチャンスでも有り出席は義務となる。
規模により上級平民までは招待されることがある。
バレルステンであるかぎり公爵家であろうと、王宮序列は、騎士爵より下の扱いとなる。
騎士に叙爵された男爵家次男と侯爵家のヴォーダでは、男爵家騎士爵次男の方が王宮序列は上となる。
但しお茶会では、爵位持ちでも家格の差が如実に表れる、伯爵と公爵家バレルステン、遜るのは伯爵となる。
寄宿舎では皆バレルステンであるため、家格を持ち出し優位性を誇張することは、ご法度となる。
例外はお茶会の席だ、お茶会は避ける事の出来ない貴族の責務であり、この場では家格がそのまま序列になる。
貴族社会での爵位序列や家格を再認識するために必要とされる。
寄宿舎卒業だけで騎士団入りした若輩者は、爵位の壁に打ちのめされかねない、そのため、お茶会を通し、貴族社会の序列の厳しさを学ぶのである。
爵位は、多大な貢献によって王より叙爵させるものであり、本人の一番の功績である。
そのため功績を上げた人に対する、尊敬の念は大きく、生まれた家格に胡坐を掛けるのは幼年期だけであり、幼年期に厳しく躾けられた者が、うまく立ち回わり、大きな派閥を形成していくことが出来る。
貴族の子女が、冒険者となり一定の功績をあげ、飛燕の証を受ければ一流冒険者と呼ばれ金印可を所持できるのだが、王都で准貴族から爵位貴族として遇されるには、大鷲の証以上の金印可を所持することが必須となる。
貴族家のバレルステンが、冒険者として大鷲の証を印可され叙されれば、王宮内では騎士爵以上の爵位同等と遇され、バレルステンより高い地位となる。
王宮内では序列を無下に扱われると、決闘にまで発展する大事である。
たとえ冒険者であれ、金印可の冒険者であるならばその誇りは守らねばならない、引退した冒険者であろうと叙された爵位は無くならない。
飛燕印可より、赤印可があり、大鷲印可より赤印可と金印可が存在する。
証は通常黒色で、赤い縁取りがついて赤印可となれる、金印可は証そのものが金色になる。
冒険者ギルドで功績認可されただけでは、赤印可である、ギルド長の推挙により紋章院で功績審査を受け、スキルックの鏡で功罪確認の後印可を受ける、除爵式にて祝福を授けられて、漸く金印可となる。
准貴族相当となるが、領地領民は持てず、一代限りの貴族となる。
更なる功績により大鷲印可以上を得られれば、領地領民を持つことは出来ないが、死ぬまで功績金が毎年支給される。
そのため、冒険者ギルドでは同じ扱いでも、赤印可と金印可では引退後の扱いは全く別になっている。
ただ、その事実を知らない冒険者は多い。
尤も爵位より冒険者としての功績を誇りたがるので、大半の冒険者は赤印可で満足している、市井にあって私塾を開いたり、ギルドの顧問に納まる冒険者のほうが多い。
デガンダとシュクレは赤印可すら貰っていない、ただの飛燕の証だけであるのだが、特段珍しいことでもない。
自ら掴み取った爵位の価値は、生まれや元々の地位になんら左右されることはあってはならない。
なぜなら、叙爵できるのは、王ただ一人だけだから。
叙爵された冒険者を辱める行為は、王の決定に唾吐く行為であり、許されない。
大鷲の上位、雷天・月輝の印となると、紋章院からさらに上位に送られ、雷天印は女王から声をかけてもらえる、月輝から上は、王からお言葉を貰える。
叙爵式は王が行うべき式典であり、代行は無い。
但し、冒険者の場合、叙爵式会場への出席は必須であるが、儀式そのものは代表して一番功績の高かったものへ行い、他は祝福の鐘を以て、儀式を各自実行されたものとされる。
第十六話 白けた空間
さて次回は
夜更けに便所に行ったブルダック爺さん
外はシトシト雨が降る
樋から溢れた雨水がジョロジョロと音を立てる
雨水ジョロジョロ、爺さんチョロチョロ
止まない雨音が、自分の出す音と勘違い
何時までも何時までも便所に篭もるブルダック爺さん
次回「第十七話 議場の均衡」