39.人生、楽しんだもん勝ち
風で小枝がぶつかったと思ったあの時の音はもしかして……エレン?
「珍しいよな、ワタリビトなんて……私も話で聞いたことがあるだけで実際目にするのは初めてだ。……いつかまた向こうに戻るんだろう?」
「……うん」
少し目を逸らして問いかけるエレンに僕は小さく頷く。その様子を見てケインさんがエレンの頭を軽く撫でた。
「そうか、エレンは寂しかったんだな。せっかく仲良くなってもいつか居なくなってしまうのが。でもな、本人が居なくなっても思い出は残る。今一緒にいる時間を目一杯楽しまないと、その時後悔するのは自分だぞ」
昔、恩人のワタリビトが元の世界へ帰ってしまったと言っていたケインさんの言葉はとても心に刺さるものだった。
それを聞いてハッと顔を上げるエレン。僕はケインさんのその言葉に、昔のことを思い出していた。
僕が体操教室を去ることになったあの日、「にーちゃん、行っちゃヤダ」と泣きじゃくる疾風に僕が言った言葉。
「僕、最後に見た疾風の顔が泣き顔になるのは嫌だな。僕が疾風を思い出す時はいつでも笑って楽しそうにしている姿がいい。この先疾風にはたくさんの出会いと別れがあると思うけど、悲しい思い出より楽しい思い出がたくさんの方がいいでしょ?『人生、楽しんだもん勝ち』だよ」
そう言うと、疾風は涙でぐしゃぐしゃの顔を慌ててタオルで拭くと、目に涙をためて笑顔を作り「わかった!にーちゃんも向こうでも頑張ってね」と言ったんだったっけ。
今の僕の記憶の中の最後の疾風の顔は、トラックに突っ込まれて驚いた顔だ。
あの後、どうしたんだろう。
疾風は無事だったんだろうか?
どうしても元の世界のそこが気になり、僕は戻れるならば戻りたいと思ってしまう。
もちろん、この世界でお世話になった人達のために、やるべき事はできる限りやるつもりだけど。
「ねぇ、エレン」
「……なんだ」
「確かに僕は、いつか向こうに戻るつもりだけど今すぐじゃないよ?ケインさんが言うみたいに、今はたくさん楽しい思い出作ろうよ」
「……うん」
まだ少ししょんぼりとしているエレンの頭を再びケインさんがぽんぽんと撫でる。
「ほらエレン。シノブもこう言ってる事だし明日は検問所の外の森にでも気分転換に出かけてみたらどうだ?」
「……あぁ、そうだな。せっかく魔石登録もしたしな」
顔を上げたエレンは少しスッキリした顔をしていた。
そこに、遅れてくると言っていたケイレブの声がノックの音と共にドアの外からかかる。
「遅くなって悪ぃ!ケイレブだ。ケインいるか?」
「あぁ、入っていいよ」
ドアを開け、ひょっこりと顔を出すとケイレブはエレンに何やら書類を渡して話し始めた。
その隙にケインさんが僕の横に来て小さい声で囁く。
「もし闇騎士がシノブとバレたくなければ、俺が担当の時に検問所は通れ。あと基本的には『シノブ』の時はこの臨時通行手形で出入りを、今後闇騎士として出入りをする時は鎧の魔石を使ってくれ。何かあった時にその方が対応しやすい」
「わ、わかりました」
「あとワタリビトの件、他の人に話したらそれも教えてくれ。話を合わせよう。……ケイレブへは?」
ケイレブ……
教えてもいいんだけど、もう少し黙っておきたい気がする。こんなことで態度が変わるとは思わないけどまだ勇気が出ない。
「もう少し、あとで……」
「わかった」
ケインさんとの内緒話が終わったタイミングで、ケイレブが今度はこちらに来る。
「ケイン、実は急遽明日シノブ……闇騎士を守護の森へ連れていくことになった」
「闇騎士を守護の森へ?」
「お披露目の前に、どの程度の能力があるのか確かめたいんだとよ。ケイン明日はここの担当か?」
「あぁ」
「そうか。そしたら明日ここ通るからよろしくな。シノブ」
「はいっ」
話のスピードについていけず思わず敬語になる。
「つーわけで明日は検問所の外に行くぞ。念の為薬が無くなっても処置ができるようエレンも連れていく」
「エレンも?」
「コイツ、一応薬師だからな。いざとなったらその場で回復薬作れるんだよ。シノブ用の薬を作れてすぐ動ける上に、森で自分の身を守れるのは今のところエレンしかいないしな」
確かに。今一番僕の体調に合わせた回復薬を作れるのはエレンだ。
すごいよなぁ、薬も作れて自分の身を自分で守れるなんて。
「エレン、明日よろしく。さっき約束したのと少し変わったけど結局森に行くことになったね」
「あぁ。気分転換には変わらないだろう」
「なんだ、予定あったのか?」
「ちょうど森に行こうかって話をしてたんだよ」
「そっか、悪かったな。それはまた別の機会に行ってくれ」
そう、たいして悪く思ってなさそうにケイレブは軽く返事を返すと、一言二言ケインさんと言葉を交わし、
「よし、じゃあ明日の準備のために戻るぞー」
と検問所を後にした。
ケイレブは馬でここまで来たようで、もう一頭検問所で馬を借りるとそこにエレンがまたがる。
「シノブはこっち」
ケイレブの馬は二人乗りの鞍がついていたのでそちらに僕はまたがった。
……そろそろ本格的に乗馬の訓練しようかな……
二頭の馬はそのまま風を切るスピードで王都まで戻り、あっという間に騎士団の宿舎へ到着する。
エレンはそのまま、明日の準備をするから、とすぐに研究棟へ戻り、僕はケイレブに頼んで乗馬の訓練をしてもらった。
午後丸々と手ほどきを受けたけど、明日一人で馬に乗るにはまだまだ危ない、と言うので明日もケイレブに乗せてもらうことになった。
早く一人で乗れるようになりたい……