35.回復薬の精製
「こんにちはー、失礼しまーす」
最近頻繁に顔を出しているせいか、研究室の中に気軽に入っていくケイレブ。研究所の人たちも「エレンはそこの部屋だよー」と僕たちの顔を見るだけでエレンの居場所を教えてくれるようになった。
エレンの研究は順調で、僕専用に改良してくれる魔力回復薬は試作が出来る度に効能が上がっていく。
「よっ、エレン。調子はどうだ?」
「あぁ、ケイレブおはよう。シノブも」
「エレン、おはよう」
「今手が離せないんだ、少し待ってて」
エレンは、ビーカーのようなガラスの容れ物に入った何かの薬草を火にかけて溶かしながら、ガラスの棒でぐるぐるとかき混ぜている。そして棚から取り出した青い花をひとつまみ、そのビンの中へ足して更にぐるぐると混ぜる。
その様子を見ていると、緑色だったビンの中身がみるみるうちに青く染まっていった。
「普通の回復薬は薬草を擦って、そこに花を足すんだけど、シノブ用のはこうして煮出した薬草に手を加えることによってアレルギーの発症を抑えて効果を上げているんだ」
あまりにも凝視していたみたいで、エレンが解説をしてくれる。
へぇ、同じ材料でも過程を変えると効果が変わるのか……やっぱ面白いなぁ……
「シノブもやってみる?」
興味津々だったこともバレて恥ずかしくなったものの、やってみたかったのは事実なのでお言葉に甘えて回復薬をつくらせてもらえることになった。
「薬草の見分け、つくようになった?」
「いや、それはまだ……さっきテセウスさんに本を借りたからこれから勉強しようかなと思って。ほら」
先程テセウスさんから借りてきた本をエレンに見せる。
「へぇ。それテセウスが小さい頃から使ってるっていう、大事にしてる本じゃないか。その本貸してもらえるなんてかなり気に入られてるな」
ケイレブと似たようなことをまた言われる。
そんなに気に入られてるのかなー?
「そんな大事な本、借りちゃっていいのかな?」
「貸してくれたんなら大丈夫だろう。さぁ、じゃあ薬草は私が持ってくるからここに座って」
目の前に薬草を混ぜる器具が置かれた机の前に座らされる。
エレンは棚からテキパキと薬草を持ってきてその器具の横に並べて置いた。
「入れる順番はこちらで指示しよう。じゃあまずこの葉っぱを葉っぱの形が無くなるまですり潰して……」
エレンに指示に従い、次々と数種類の薬草をすり潰したところでコツンとビンに入った、花びらが緑色の花が置かれる。
「緑色の花は……怪我を治すんだよね」
「そう、これは怪我の回復薬の材料。花を入れるちょうどいいタイミングを見定められれば、シノブにも使える上級回復薬になるよ」
「え、ほんと?材料が普通の回復薬と同じって嘘じゃなかったんだ……」
「うん、材料は全く同じ。ただ薬草は攪拌しすぎても攪拌が足りなくても、少しだけ花の回復力の効果が落ちてしまうんだ。テセウスや私は薬草を混ぜている時の手に伝わる微妙な感覚の違いで見定めてる」
「うわぁ、職人技だな……」
「まぁタイミング合わなくても普通の回復薬が出来上がるだけだから気負わずにやってみるといい」
「りょーかい」
ゴリゴリと薬草をすり潰していると、その薬草からもわっ、と黒い煙のようなものが一瞬舞いあがる。
「あれ?」
改めて目を凝らしてみても特に黒くなっている様子は無いので見間違いかな?
薬草の混ざり具合は丁度よさそうだったのでここで花を投入し、再び混ぜる。
すると今度は一瞬ふわり、と光る。
「ん?」
まじまじと薬草を眺めているとエレンが「どうした?」と声をかけてきた。
「いや、なんか……」
上手く説明できない僕を察して、「ちょっといい?」と薬草をすり潰していた器を持ち上げ観察し始めた。
「……まさか」
そして徐にスプーンでその薬草を一匙すくうと別の容器に入れ、何か調べ始めた。
一通り、色々な薬品を入れたりしながら調べたあと、エレンが真剣な顔で僕の作った回復薬をこちらに差し出すと、
「シノブ」
コトリ、とその容器を机に置き、僕の背中を叩き出した。
痛い、何?!
「初めて作った回復薬が上級回復薬になってるじゃないか!どうやって見極めたんだ?!」
「え?!」
「なんだ、その驚いた顔は。あ、もしかして上級回復薬になったのはたまたまなのか?」
「そりゃそうだよ、初めて作るのに見極められるわけ……」
あ。もしかしてあの黒い煙関係あるかな?
ちょっと試してみたい。
「エレン、もう一回作ってみてもいい?」
「それは構わないけど……」
エレンにもう一回分薬草を用意してもらい、また投入する順番の指示を貰いながら薬草をすり潰していく。
最後の薬草を入れ、しばらく擦っていると、再びもわっと一瞬だけ黒い煙が舞い上がる。
そのタイミングで手を止め花を投入し混ぜていると先程と同じように一瞬ふわり、と光った。
「エレン、これも確かめてもらってもいい?」
「いいよ。少し待ってくれ」
エレンにもう一度調べてもらうと、やはりこれも上級回復薬になっていた。
先程まで笑顔だったエレンは真剣な顔になり、改めて僕に問い質す。
「シノブ、たまたまじゃなかったのか?」
「……実は……」
僕は、薬草をすり潰している際に黒いモヤが出る現象をエレンに細かく説明した。