32.魔石に魔力を
そわそわと、闇の鎧の魔石の様子を伺っているエレンに、今頭の中に聞こえたセリフを伝えるのは大変心苦しいが、伝えないわけにはいかない……
「エレン……」
「ん?なんだ?」
キラキラとした瞳で見つめ返され言葉に詰まる。
あぁ、めっちゃ期待してる瞳だ……
「あの、なんか、ね?まだ魔力を出すのは出来ないって……」
伝えた瞬間のあの絶望の瞳はきっと忘れない。
「……そうか」
「いやほらでもまだって言ってるから!もう少しすればきっとできるようになるから!」
あわあわと慰めてみると、「そうだな……」と力なくエレンは頷き、しょんぼりと薬草を片付け始めた。
あぁ、自分は全く悪くないのに悪い事をした気分になる……
「シノブ、魔力を出したりって今は出来なくてもその内出来るようになるって闇の鎧の魔石が言ってるんだよな?なら森での件も含めてテセウス様に報告に行くぞ」
「あ、そうだね」
「エレンも行くか?」
「……私はシノブの薬の改良の続きをやってる……あ、とりあえずコレ。最新の魔力回復薬」
「ありがとう」
まだ少ししょんぼりしたエレンから薬を受け取り懐へしまう。
そのまま研究棟を後にしてテセウスさんの執務室へ向かった。
「テセウス様、ちゃんと部屋にいるかなー?」
「脱走、してないといいね……」
最近また頻繁に部屋から脱走しているようで、アレックスさんやバリーさんがテセウスさんを探して走り回ってるのをよく見かけるんだよなー。
そう思いながら何気なく中庭に目を走らせると、視界の隅にあの綺麗な銀色の長い髪が映った気がした。
「ケイレブ、今もしかしてテセウスさんあっちに行ったかも」
「あっち?あー、研究棟の温室の方か。またあの人抜け出してんのか?よし、そっち行ってみるか」
研究棟の温室、というのは森で採集してきた薬草や貴重な花等を栽培して増やしている施設らしく、大きさもそこそこあった。
中には小さい滝とかもあるんだぜ、とケイレブの言葉の通り、温室の中には小さいながらも岩や苔で囲まれた立派な滝があった。
その前に設置された涼し気なベンチにテセウスさんと、何故かケインさんの姿があった。
「テセウス様!」
ケイレブが声をかけると二人はビクッと肩を震わせ、声をかけたのがケイレブだとわかると安堵の表情を浮かべる。
「やぁケイレブ。それとシノブくんも。こんなところでどうしたんだい?」
「それはこちらのセリフです。また執務室抜け出してこんなところでサボって……団長に見つかったらまた叱られますよ」
「まぁ、雷が大きくなる前に戻るさ。ところで何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そうです。闇の鎧の力で新しいことがわかったのでご報告を……」
ケイレブは森での出来事と、今はまだ出来ないけど、今後魔力を放出することができるようになることを伝えた。
「へぇ、そんなことが……」
「今まだそれが出来ないのは、まだシノブの魔力が馴染んでないからか?」
ケインさんの問いに闇の鎧の魔石が答える。
──そうだ。やはり鎧の一部だけでは馴染むのに時間がかかるな。しかしまだ主は鎧を纏うことは出来んしな。
「うっ……」
体型を指摘され言葉に詰まる。
「どうした?」
ケインさんが、僕が胸を押さえた様子を見て心配げに声をかけてくれる。
「いや……鎧を纏うのが魔力を馴染ませるのに一番効率がいいそうなんですが、僕まだ体型がコレなもんで……」
「あぁ……」
言わんとすることが伝わり、ケインさんの心配な顔が苦笑いに変わる。
「魔力を馴染ませる、ねぇ……それってさ魔石に吸わせるんじゃなくてシノブから魔石に魔力を流したら馴染みやすいとかないのかな?ほら、宝珠の欠片に魔力を入れる時みたいに」
ケイレブがふと、思いついたように呟く。
僕から闇の鎧の魔石に魔力を流す……?
「ほら、シノブってさ魔法は使えないけど魔力はあるわけじゃん?魔法を使うわけじゃなければ魔力回路には影響出ないだろうし……」
──なるほど、その考えはなかったな。試してみるか。
「へ?」
──魔石を直に握れ。少しづつ魔力を吸い出すから主はその流れをまず掴め。
言われるがまま、二の腕の腕輪から魔石を外す。
「シノブ?」
突然直に魔石を掴んだ僕を見て、手を伸ばしたケイレブの手を止める。
「ケイレブのその案、試してみるってさ。ちょっとやってみる」
魔石を握りしめると、じわりと体の中から何かが滲み出て魔石に吸い込まれて行くのがわかる。
これを一気にやられると気を失うわけか……
そんなことを考える余裕があるくらい、じんわりと魔力が抜けていくその感覚に意識を集中してみると、自分の意思で抜けていく魔力の量が調整できるようになってきた。
──いいぞ、その調子だ。そのまま一気に押し出せ。
闇の鎧の魔石に言われ、グッ、と意識に力を込めると
ズルっと一気に魔力が流れていくのがわかる。
あ、この勢いはヤバいかも……!
と思った時には時すでに遅く、いつもの通り意識が闇の中へ落ちていった。




