16.親切心は災いの元(ケイレブ視点)
シノブが王立騎士団に来て三日目。
昨日は研究所でやたらと実験に付き合わされていたから疲れただろうと、朝ゆっくり休めるようにと提案してみたものの、どうやら一緒に訓練に来るらしい。
確か今日はいなかったよな、筋肉バカ……じゃなくてバリー副団長。
シノブの体型は鍛え甲斐があるから、訓練場にいるところをウッカリ見つかったら、そのまま騎士団に強制入隊させられちまうからな……
ここ何日かずっと観察してて気づいたけど、シノブはどうも人間関係を築くのに時間がかかるタイプっぽい。集団も少し苦手そうだな。
特に同年代が少し苦手みたいだ。
──前、僕のせいで、人に迷惑かけたことがあって……それから、人と話すのが怖くなって、そこからずっと人と会わないようにしてたから……
そう本人は言ってたけど、話すようになったシノブは根は明るそうな感じだった。
そんなシノブがこんなに人と話すことを恐れるほど追い詰められたのならそれは周りが悪いだろ。
王立騎士団に居場所が出来れば少しは笑顔が増えるかなー?
とりあえずシノブがやりたいことを見つけられればいいんだけど。
そんなことを考えながら隣の部屋の扉をノックする。
──コンコン
「おはよ、そろそろ行くけど行けるか?」
「おはよう、大丈夫、行ける」
途中水場に立ち寄り、洗顔をして完全に目を覚ましてから訓練場へ向かう。
おー、まだ陽が昇ってそれほど時間は経っていないとはいえ、やっぱみんなこの時間から訓練場来るよなぁ。
中はいつもの通り活気に満ち溢れていた。
とりあえず訓練をこなすためひとまずシノブの安全を確保する。
目につくとこに居てもらわないと何かあった時すぐ駆けつけられないよな。ならやっぱあそこか。
「あそこにベンチあるだろ?あそこなら邪魔にならないからそこ座ってろよ」
「わかった」
「じゃ、行ってくるわ」
シノブがベンチへ向かうと、その場所が見える位置を陣取り、近くにいた暇そうな団員を何人か捕まえ、俺は剣の打ち合いを始めた。
打ち合いをしている最中、時々ベンチ方面を気にして見てみるとどうやら最近入った新人と素振りをしているみたいだった。
なんだ、意外と上手く人間関係築けるようになってるじゃねぇか。
少しづつ王立騎士団に慣れ始めているシノブに安心し、相手を変えつつ何人かと打ち合いをしていたその時、突然叫び声が訓練場内に響き渡った。
──うわぁぁぁっ!!!
「シノブ?!」
慌てて剣を放り出し、ベンチへ駆け寄る。
「シノブ?!どうした?!」
「あ……俺……」
シノブのそばに、顔面が蒼白になった、確かリアンとかいう新人がしゃがみこんでいる。
そのリアンの手の先……シノブの足の甲を見てみると赤く腫れ上がり水脹れになっていた。
「あの、俺、回復魔法を……」
「触るな!」
ビク!
再び足に回復魔法をかけようとするリアンを止めると、リアンは身体をビクつかせシノブから一歩離れた。
「回復魔法はダメだ!シノブ、あの薬はどこだ?」
痛みのせいか意識が朦朧とし始めているシノブに薬の在処を聞くと、かろうじて口が動いた。
「へ……や……部屋?!お前、あれほど持ち歩けって言ったのに……!おいお前、確かリアンっつったな?」
「はい!」
「俺は急いで薬を持ってくるからそれまでコイツの足を水で冷やしてやってくれ。回復魔法は絶対にかけるなよ!」
「はい!了解しました!」
俺は出せる限りのスピードでシノブの部屋に戻り、机の上に置かれた上級回復薬を掴む。
そしてそのまま踵を返し訓練場へ走った。
シノブは意識を失ったようで、ぐったりとベンチに横たわりその足にリアンは魔法で出した水をかけ続けている。
「よし、水はもういい。場所を代わってくれ」
リアンにどいてもらい、その場所へ腰掛けると俺は上級回復薬をシノブの足にかけた。
かけた先から水脹れは引いていき、徐々に腫れも引いて行く。
びんの中身全てを使い切ったところでやっと足の甲は元通りになった。
ようやく人心地ついて、ベンチの背もたれに身を委ねる。
「あの……」
顔を上げるとそこにはまだ顔面蒼白のリアンが立っていた。
「シノブ、大丈夫……すか?」
「あぁ……」
横になっているシノブを見ると、顔色は良くなっており今はただ眠っているだけのようだった。
「もう大丈夫だろ。ただ、疲れてるみたいだからこのまましばらく寝かせておいてやれ」
「はい……よかった……」
はー……と息を吐くとリアンは俺の隣へ腰を降ろす。
「シノブのあれ、なんすか?」
大丈夫と聞いて少しだけ良くなった顔色でリアンは俺に問いかけた。
まぁ、あれはビックリするよな。俺も初めビックリしたし……
シノブは何故か怪我をしてもすぐに回復薬を使おうとしない。動ければそのまま放っておいて自然と治るのを待ってるみたいだった。
俺たち回復魔法が当たり前の奴は、何故回復魔法をかけないのかと不思議に思う。
それはもちろんシノブが魔法を使えないからなんだが、それを知らない奴らは、そんな自然治癒で治るような怪我なら魔力もそんなに減らないし、近くにいれば治してやろうと思うだろう。
──これは周知しないとじきに大事になるな。
バリー副団長には事後報告になるけど仕方ない、緊急事態だ。
「全員集合!」
先程のシノブの叫び声で訓練場内は訓練どころではなく、野次馬と化した団員たちがベンチを取り囲んでいた。
集合をかければすぐに一列に皆整列する。
「訓練の邪魔して悪かったな。後で正式に通達を出すが、今ここで休んでいるのは先日王立騎士団で保護して雑用として入ったシノブだ。先程の騒ぎを見ていたものも多いと思うが、保護の内容は『魔法アレルギー』。回復魔法をかけると症状が悪化し、最悪薬でも治せないほど悪化する可能性があるので、もしシノブが怪我をして自ら処置できない時は今後本人に必ず所持させる『上級回復薬』を使用するように」
『魔法アレルギー』『上級回復薬』という言葉に団員の皆、ザワザワと反応を示す。
「また、本人の魔力では魔法の発動が出来ないため、もしシノブが困っていたら手伝ってやって欲しい。人を助けるのは騎士団の努めだからな」
「魔法が使えない?」
リアンが首を傾げる。
「そうだ。もし使おうとすると先程の怪我以上に身体にダメージを受ける」
さっきのシノブの状態を一番近くで見ていたいリアンは「あれ以上に……?」とまた顔を青くさせていた。
「本気で命に関わるからな。みんな、頼んだぞ」
「は!!」
とりあえずこれでいきなり回復魔法をかけるようなやつは居ないだろう……
バリー副団長には早めに報告上げないとな。
……にしても……
俺はベンチで俺の気も知らず、すやすやと眠るシノブの寝顔を見て、起きたらとりあえずゲンコツだな、と心に誓うのだった。