9.回復薬の効果
手のひらの辺りに熱が集まるのがわかる。
そして……
「うわぁ!!」
突然手が引き裂かれるような痛みに襲われた。
思わず手を抑えその場に倒れ込む。
「シノブ?!」
ケイレブがテーブルの上にあった回復薬のびんを掴み、手の上にかけた。
今までならば回復薬をかけてすぐに効果が出ていたにもかかわらず、傷は徐々に塞がるものの痛みがなかなか引かない。
手はパンパンに腫れ、凍傷のようになっていた。
「これは……!ケイレブ、私はちょっと別の回復薬を持ってくるから、それまでさっきシノブくんが出した水をお湯にしてかけ続けてやってくれ。あ、温度は人肌くらいの熱さだからな。頼むぞ」
そう言い残し、テセウスさんはバタバタと部屋から出ていった。
ケイレブは言われた通りぬるま湯を僕の手にかけ続けてくれている。
初めは感覚が一瞬無くなっていたけど、温まるにつれて段々と痛みが増してきて、もう手が痛いのか痒いのか、わけがわからなくなっていた。
一瞬がすごく長く感じる中、バタン!と息を切らしたテセウスさんが戻ってきて、早速手の中の薬をバシャ!と僕の手にかける。
すると、先程までの痛みや痒みが嘘のように引いていった。
「よ、良かった。治った……」
「もう、痛みは大丈夫かな?」
肩で息をしながらテセウスさんが傷を診てくれる。
全力疾走してくれたんだろうなー。
「あの、ありがとうございました」
「いやいや、お礼なんて……逆に申し訳ない!魔法アレルギーを甘く見ていたこちらの落ち度だ」
顔の前で手をブンブン振りながら、テセウスさんはソファに深く沈みこんだ。
「すまない、ちょっと行儀が悪いがこの体勢で失礼するよ」
「あ、はい」
「テセウス様、今のシノブの状態は一体……?」
ケイレブが質問したのその時、
──コンコン
部屋にノックの音が響いた。
「はい」
テセウスさんはまだ息が切れてソファに横になっていて返事が出来そうになかったので、ケイレブが返事をすると扉を開けて入ってきたのはバリーさんだった。
「失礼致します、テセウス様……あれ?ケイレブ、ここにテセウス様いらっしゃらないか?ここにいると聞いてきたんだが」
「テセウスさんなら……」
そうソファを指さすと、こちらの動きには気づいていないのか、バリーさんはブツブツと文句を言いながら中へと入ってくる。
「全く。テセウス様の徘徊癖はどうにかしてもわらんとな。急ぎの用事がある時に限っていっつもあっちにフラフラこっちにフラフラ……」
そう言ってソファに座ろうとし、転がっているテセウスさんに気づく。
「て、テセウス様!」
「わーるかったねー、徘徊癖あって」
よっこいしょ、と起き上がり「ここ、座りなよ」とバリーさんに席を空けている。笑顔だけど目が笑っていない、気がする。
「いや、テセウス様はご自分の目で色々なところを視察なさっていて素晴らしいと思います!」
ビシ!と聞こえてきそうな気をつけをしてバリーさんが明らかな手のひら返しをしていた。
「まぁいつもまわりに言われているから何を言われようと特に気にしないんだけれどね」
今度はちゃんと笑顔でバリーさんに座るよう促した。
「ところでなんの用事?」
「あ、はっ!実は先程の報告書に訂正がありまして……」
「訂正?」
「はい、使用備品数に誤りが見つかったので、こちら差し替え分の書類です。これにテセウス様のサイン貰わないと備品の追加補充できないので、ちゃんと確認してくださいよ」
書類を受け取るとテセウスさんはサッと目を通していた。
「……上級回復薬?そんな大怪我をするような遠征だったっけ?」
「それが……」
ちらっとこちらを見るバリーさん。
え?僕?
「シノブに使った回復薬が、通常分と間違えて上級回復薬を使っていたようで……」
「え?!」
「あぁ、だから傷が治ったのか」
僕に使われたのが書面を通さないといけないような重要な薬だったことに気づき声を上げると、テセウスさんは妙に納得した顔で頷いていた。
「それはある意味正解だったよ。多分ね、シノブくんの魔法アレルギーの傷は上級じゃないと治せないと思う」
「そうなんですか?!」
僕の傷、そんなに大事になるような傷だったの?!
「小さいものならさっきみたいに回復薬に指突っ込むだけでも治ると思うけど、大きなものになるとダメだろうね。浄化の魔石の時は、魔石の魔力が強すぎて酷い火傷を負ったそうだし、先ほどの魔法発動実験の時は恐らく魔力回路に異常が出て回復薬では治しきれなかったんだね」
「シノブ、テセウス様いてよかったなぁ……」
しみじみとケイレブが横で頷いている。
「え?どうして……?」
「あの薬、テセウス様しか作れないんだ」