2.目の前に広がる世界
バシャァーン!
「ゲホっ……つめたっ!」
鼻から水が入り、思わず咳き込む。疾風が持っていた水がトラックにぶつかった衝撃でかかったのかと思ったけど、それにしては全身がびっしょりなような……
「……え……?!」
目を開けて見てみれば、僕はいつの間にか湖の浅瀬に座り込んでいた。
ザバァ、と立ち上がり急いで岸へ向かう。
あれ?なんで?コンビニは?トラックは??
周りを見渡すと、そこはどうやら完全な外ではなく岩壁に囲まれた湖のようだった。
空の青さを反射した水面は透明度が高く、空の色そのままに透き通るような青色をしている。
こんな綺麗な水、見た事ないな……
覗き込めば透明度の高さからか、差し込んだ陽の光が水底まで一筋の光となって届いていた。
思ったより底は深く、あと数メートルズレてたら溺れていただろう、と気づきゾッとする。
ここ……どこだろう……
いくら見渡してみても視界に入るのは湖と岩壁と空のみだ。
持っていた通学カバンも辺りに見当たらないので、コンビニで落としてきたのだろうか?
とりあえず現状把握……と辺りを探索しようとしたその時、ジャリ、と何かの足音がした。
ビクッと身を強ばらせ恐る恐る振り返ると、そこには頭に二本の角を生やしたサイのような生き物が。
「──っ……!」
思わず息を飲み、息を潜めるとその生き物は僕のことには全く目もくれず湖畔へ歩みを進めると水を飲み始めた。
あの生き物はなんだ?!
頭の中で動物の図鑑をめくるものの、自分の記憶には存在しない。
なにかの突然変異?
もう少しよく観察しようとその生き物に近寄ると、威嚇することも無く水を飲み続けていたので近くで観察してみることにした。
大きさは百五十センチないくらい、高さは一メートルくらい、鼻の頭に小さい角が生えているので見た目はサイに近いけど、違うのは頭にも二本角が生えていることと、口が嘴みたいになっていること。あと多分緑色のサイはいない気がする……
観察をすればするほど該当する動物に心当たりはなくなるし、水を飲んでいる姿をずっと見ていたせいか、なんだか喉も乾いてきた。
ゴクリ、と喉が鳴り、手のひらに少しだけ湖の水をすくって舐めてみる。
すると、山の湧き水のような口当たりのいい甘みのある水分が喉を伝う。
……美味しい。
僕はサイっぽい生き物の隣で喉を潤した。
満足するまで飲むと、サイもどきがこちらを見ていることに気がつく。
一瞬襲われるかと恐怖を感じたが、その瞳には凶暴性はなくどちらかと言えば慈愛を感じるものだった。
安堵してホッと息を吐くと、サイもどきはくるりと向きを変え歩き出した。
その姿を何となく見送っていると、くるっとこちらを振り返り僕をじっと見てくる。
なんだろう?
何かあったのかと後を追ってみればスタスタと歩き出し、しばらくして立ち止まり振り返る。
着いて来いってことかな?
この場所で特にやることが思いつかなかったのでサイもどきの後をそのままついて行くと、岩壁の合間にどうにかこのサイもどきがくぐり抜けられる程の穴が空いていた。
その穴の横でこちらをじっと見てくるサイもどき。
ここから外に出られるって教えてくれたのかな?
身をかがめて穴から外の様子を覗こうとすると、後ろからグイグイと押され、外に押し出される。
「待って待って、刺さってる!角がおしりに刺さって痛いから!」
思わず出た声を気にすることなくグイグイ押され、僕は外へと転がり出た。
そこを出たら元いたコンビニ、なんてことがあるわけがなく、至る所からピチュピチュと鳥の声が聞こえる深い森の中だった。
いやほんと、ここどこ?
僕を押し出したサイもどきは、ブルルっと身体に着いた砂埃を払うとまた歩き出し、こちらを振り返る。
まだ、着いて来いって?
何となくそう言っている気がして、僕はサイもどきと並んで歩き出した。
森林特有の澄んだ空気が肺を満たし、ハイキングする分にはとても気持ちがいい。
……体力があったなら。
新体操を辞めて引きこもるようになってからみるみるうちに体力は落ち、代わりに体重は増え続けたせいで、今の僕は平均体型から外れ、大きく育っている。主に横の方に。
昔なら跳べた宙返りも、今や垂直に飛ぶことすら難しい。
そんな僕がいきなり山登りとか……無理……
僕の歩くペースが落ちたことに気づいたのか、サイもどきは時々立ち止まって待ってくれる。
ありがたいけど、どこに行くつもりなんだろう?
もしかして巣に連れ帰って食べるつもりじゃ……
このままついて行くか少し悩み始めた時、何か聞こえた気がした。
サイもどきも耳をピクっとさせ、音の出どころを探っているようだった。そしてその方向に歩き出す。
「あ……」
ついて行くか一瞬迷い、とりあえず信じてここはついて行こうと後を追ってすぐ、今度は確実に人の声がした。
サイもどきの視線の先には恐らく焚き火であろう煙と、そちらから人の笑い声が聞こえる。
「君、もしかして僕をここに案内してくれたの?」
そんなファンタジーな……と思いつつ、そうとしか思えなかったので思わずそっと手を伸ばし頭を撫でると、サイもどきは目を細め気持ちよさそうにした後、身を翻して森の奥へ消えていった。
謎の生き物の思わぬ優しさに触れ、感動が胸から込み上げる。
ありがとう、サイもどき!もし次に会ったらなんかお礼するから!
目にうっすら浮かんだ涙を拭い、僕は人々の気配の様子を探る。
どうか変な人たちではありませんように!!
そっと距離を縮めて近寄ってみれば、その人たちは焚き火を囲み楽しそうにしている。
くん、と鼻に届いた匂いは肉の匂いだったので、どうやらバーベキューでもしているみたいだ。
陽キャ集団か……苦手なんだけど……行くしかないよな……
僕は意を決して、その集団の輪の方へと足を進めた。
BGM:ヒーリングミュージック 森の中
書きながら聞いていたら、鳥の声が聞こえたので思わず描写の中に鳥の声、と入れました笑
臨場感、半端ない!(・∀・)
湖の透明度のイメージは、忍野八海です。
ほんとに底まで透明で綺麗なので初めて見た時感動しました!