57.黒の大陸
「テセウス様、回復薬お持ちしました」
アレックス団長はそう言って、ガシャ、とテーブルの上に回復薬の入った箱を置いた。
……あれ?多くない……?
「ご苦労さま。じゃあとりあえず一本作ってもらえるかな?」
テセウスさんに回復薬を渡され、いつもの通りアメにする。
「あぁ、なるほど。一応過程は聞いていたけど魔力の流れはそうなるのか……」
「ほら、テセウス様。僕の言った通りでしょう?ハヤテくんの着眼点とアイデアはいつもすごいんですよ」
「いや、気に入ったよ。ハヤテくん、このまま王都守護団に……いや、僕の弟子にならないかい?」
さすがヘンリー先生の師匠、同じこと言ってる……
「いや、弟子はエンリョしときますー……」
「「えぇ……」」
目の前の師弟はあからさまにガッカリしていた。けど、薬師とかなれないから、俺は。
「なんだハヤテ、王都に来ないのか?」
後ろからケインさんに声をかけられる。
「来ないですよー。俺、緑珠守護団気に入ってるんで」
「そっか」
俺がここに来たのは王都守護団に入るためじゃなくて森の主用の薬もらうためだからな。
そう思って、ロバートの顔を見て思い出す。
「あ、そう言えば闇騎士いなくなっちゃったけどロバートの適性検査って……?」
「あー、そういや闇騎士のやつまたどっか行きやがったんだって?アイツ人前に出すとすぐ気配消して消えやがる……」
この口調だとケインさんも闇騎士と、顔見知りかな?
正体不明って言ってる割に顔広いよな。
「てなわけで闇騎士見つけたらその時ロバートは適性検査受けよう。つっても闇の魔力出せるんだろ?なら黒の大陸行き、決定だな」
「てか闇騎士と黒の大陸に行く同行者を探してるって話は聞きましたけど、具体的には何しに行くんです?」
ロバートがケインさんに勧められたソファーに座りながら質問する。
「それは僕から説明しよう」
答えたのはテセウスさんだった。
え?薬師の人が説明するの?
「ロバートくんは直接会うのは初めてかな?はじめまして、この国の宰相を務めているテセウスだよ、よろしくね」
俺の時と同じようににこやかに握手の手を差し出すテセウスさん。
え、宰相……って国のめちゃくちゃ偉い人じゃないの?!
「さっ……宰相……?え?てことはテセウス宰相様……っ?!」
ガタタッ!
と、慌てて椅子から転げ落ち、床に座り込んだ。
「ありゃ、大丈夫かい?」
テセウスさんは、へたり込んだロバートの腕を掴み、ひょいと立たせると肩を叩いてソファに座らせた。
「そんなに固くならないで普通の態度で大丈夫だから」
いやいや、宰相ってもうほぼ国のトップじゃん?
普通と言われても……
「あの……ヘンリー先生の師匠なんですよね?てことはヘンリー先生も肩書き実は凄かったり……?」
宰相の横に座り、いつも通りのへにゃりとした笑顔のヘンリー先生は、俺の質問に、ナイナイ!と答えた。
「僕はただの守護団の薬師の一人だよ。テセウス師匠も元はただの村の薬師だったんだけど……」
「うん、何故か偶然が重なっていつの間にか宰相になってたんだよねぇ。僕はひっそりと薬草使って薬作ってる方が性に合ってるんだけど……」
いつの間にか宰相になるって何……?
「まぁそんな感じでかしこまられるとこっちもソワソワしちゃうから普通にしてね」
「はい……」
ロバートも少し落ち着きを取り戻したようで、姿勢をただしソファーに座り直していた。
「じゃあ改めて黒の大陸の任務を伝えるね。実は──」
テセウスさんの話をまとめるとこうだった。
今から何十年も前、まだ黒の大陸と交流があった頃に黒の大陸で大規模な瘴気漏れが発生したらしい。
じわじわと瘴気が大陸に広がる中、大陸の人達はこちらの国に避難してきた。
その中で、大陸の瘴気を浄化するためにこちらの国から派遣された人達がいて、浄化を試みたものの抑えきれずに瘴気が溢れて大陸全土を覆い尽くしてしまったとのこと。
こちらに逃げ延びた人曰く、黒の宝珠の浄化の力を上げれば、大陸のモヤは浄化され、あの近寄れない結界は消えるんじゃないかと。
今まで誰もそれを出来なかったのは闇の鎧がないと大陸に近寄れなかったから。
「でも今回闇騎士が現れて、黒の大陸に渡ることが出来るようになった。黒の宝珠の近くに、必ず浄化する石があるはずだから、それを使って黒の宝珠の浄化能力をあげてきて欲しい」
今までのにこやかな表情とは打って変わって、真剣な表情でこちらを見つめるテセウスさん。
「俺からも頼む。俺が行けるなら今すぐにでも行きたいくらいなんだ。でも、俺は結界に阻まれて近寄れない」
ケインさんも、瞳に悲痛な色を浮かべている。もしかして黒の大陸から逃げてきた内の一人なのかな?
そんな瞳を見せられたら、断るなんてできるわけが無い。
まぁ元々断る気もなかったけどな。
「わかりました!俺、やれるだけ頑張ります」
「お、俺も!」
俺に何ができるかわからないけど、向こうに行けるのが俺たちしかいないなら、そこでできることをやるだけだ。
「ありがとう。君たちの協力感謝する。ただし、もう何十年も黒の大陸に、足を踏み入れた人はいない。中の様子も、こちらに伝わっているものとだいぶ変わっている可能性がある。命の危険を感じたその時は、迷わず戻ってきて欲しい」
「「了解しました!」」
ロバートは立ち上がり、右手をあげ遠くを見る時のような仕草をする。
……あ、これ敬礼かな?
慌てて俺もソファーから立ち、ロバートの真似をした。
「よろしく頼むね。……そうだ、しばらく王宮に滞在することになると思うんだが、その間の部屋のことだけど……」
「テセウス様、ちょっとよろしいですか?」
先程までの真剣な眼差しを引っ込め、またにこやかな表情に戻ったテセウスさんが、うーん、と悩み始めた時、アレックス団長が挙手をした。
「なんだい?アレックス」
「実はハヤテが連れてきた森林竜がおりまして、今は騎士団の厩舎で預かっておりますが、やはり夜はハヤテ達のそばに置いておくのが得策かと……」
「森林竜?あぁ、そういえばさっきヘンリーもそんなこと言っていたねぇ」
「はい、あの森林竜はハヤテくんに特別懐いているようでしたので目の届くところに置いてあげた方がいいかもしれません」
テセウスさんは頬に手を当て、うーん、と更に悩んでいる。
「本当は警備がしっかりしてる王宮内の部屋にしたかったんだけど、さすがに魔物を中に入れるのは他の連ちゅ……他の方々がいい顔をしないと思うから……」
……今、他の連中って言いかけたな……
「あ、あそこにしよう。中庭の僕の研究棟!」
……研究棟?