26.新たな日々の始まり
ドン!
雷に全身を撃ち抜かれ、身体がバラバラになるような痛みが貫く。そこで俺の意識は途絶えた。
「──……テ、疾風」
俺の名前を呼ぶ声がして、ふ、と意識が浮上する。
うっすらと目を開けると、景色がぼんやりと霞みよく見えない。
身体を起こそうとして力を入れると、全身が千切れるような痛みが走った。
「……いてぇ!ちょ、ロバート……回復魔法掛けてくれよ……」
近くに人の気配がするので、いつもの調子でそう頼むと思ってもみない声がした。
「は?アンタ……何寝ぼけてるの?」
その声は、もう聞くことが出来ないだろうと思っていた声で……
「……かーちゃん?」
「そうよ。疾風、あんた頭も打ってたの?こりゃ先生にそっちも見てもらった方がいいかもね。ちょっと先生呼んでくるわ」
次第にはっきりと見えてきた視界の隅で、病室から出ていくかーちゃんの目にキラリと光った涙が見えた。
……ここは?
ぐるりと部屋を見渡せば、ここはどうやら病院の個室のようだった。腕に繋がれた点滴、消毒液の香り。
そして全身に巻かれた包帯。左腕が動かないのはどうやら骨折をして固定されているかららしかった。
五感全てて伝わる。ここが現実だと。
「え、あれ?さっきまでの、夢?」
窓の外には新緑が眩しい桜並木が見える。
季節は初夏。
「あっちは冬だったんだけどな……」
夢、と言うにははっきりと覚えている出来事。出会った人たち。その一人一人の顔を思い出し、心の中で名前を呼ぶ。
夢じゃない。
心に刻まれた記憶はそう訴えていた。
しばらくそうして記憶を思い返していると、病室に慌ててかーちゃんが戻ってくる。
「ちょっと疾風聞いてよ!今……」
「高槻さん、病院内ですからお静かに」
「あ!すみません……」
テンションが何故か上がり、声の大きくなったかーちゃんは先生に怒られ、しゅんと大人しくなる。
その姿を呆れた目で見つめながら、先生の診察を受けた。
「うん、意識もはっきりしているようだし怪我さえ落ち着けばそんなに時間がかからず退院出来ると思うよ」
診察を終え席を立った先生に思わず声をかける。
「あの、俺なんで病院に?」
「あぁ、そこはまだ記憶が混乱してるのかな?疾風くんはコンビニでトラックに突っ込まれたんだ。直撃してたら危なかったよ」
「直撃、しなかったんですか?」
「一緒にいた同じ学校の子が咄嗟に突き飛ばして直撃を免れたんだ。二人とも跳ね飛ばされちゃったけどそのままだったら二人一緒に潰されちゃってたからね。怪我で済んで良かったよ」
それじゃ、またくるね。と先生は病室を後にする。
その姿を見送って、先生が離れたことを確認すると、再びかーちゃんのテンションが上がった。
「疾風、あんたを助けてくれた同じ学校の子って忍くんなんだって?」
「え?」
「覚えてないの?昔体操教室でいつも後ろくっついて回ってたじゃない。『にーちゃん、にーちゃん』って。ビックリしたわよー。今ちょうど忍くんのお母さんと会ってね、なんと隣の病室にいるんだって!」
その言葉を聞き、慌ててベッドから降りようとするものの痛みで上手く動けない。
「あーもう、なにやってんの。意識戻ったばっかなんだから安静にしてなさい」
かーちゃんに怒られ、はやる気持ちを抑え仕方なく再びベッドに横になる。まずは動けるようにならないとダメか……
って言っても寝てるだけってなんか暇だよなぁ……なんか動画でも観てようかな。
「なぁかーちゃん。なんか動画観たいから俺のスマホ取って」
「スマホ?そういやあんたの荷物なかったけどどこに置いてきたの?」
「え?」
「あんた身分証明書何も持ってなかったから事故の時あたしに連絡直接来なくて、後から騒ぎを聞きつけた北斗くんと祐介くんが連絡くれたのよ」
俺の制服を持ち帰るためか畳みながらそうかーちゃんは言った。
俺の荷物が……ない?
いや、コンビニ行くのに持ってかないわけないだろ。もしかしてトラックの下敷きに……?
そこでふと思い出した。
「……あ。バルコニーの窓のとこ……」
挨拶をするとき確かあそこに置いてきた気がする。
やっぱり夢じゃなかったんだ。
一人で納得しかけていると、畳んでいた制服のポケットから落ちた何かを拾い上げ、かーちゃんが声を上げる。
「やだ、疾風。あんたこんなアクセサリー着けるの?」
かーちゃんの手には青緑の石のついたチョーカーが握られていた。
それは、異世界でずっと身につけていた緑珠の欠片のアムレートゥム。
期待は確信に変わる。
やっぱり異世界は夢じゃない!
そこから俺はまずは怪我の回復に全力を注ぎ、自力で歩けるようになったらすぐに隣の病室へ向かった。一呼吸置いて病室の扉をノックする。
──コンコン
「はい、どうぞ」
中から聞こえてきたのは紛れもない、にーちゃんの声。
俺は勢いよく扉を開けた。
「にーちゃん、あのさ……っ!」
「あれ、疾風。もう動けるの?」
ベッドの上からそう声を掛ける……にーちゃん?
無言で固まった俺を見て、ぶはっ、と吹き出す。
「ふは、やっぱそうなるよね、僕もここで目が覚めた時驚いたもん。身体が動かな過ぎて。後で物理的に重いんだって気付いたけど」
ベッドの上で爆笑しているにーちゃんは、イケメン闇騎士の面影は無く、見事に『忍者』と影で呼ばれていた陰キャ姿に戻っていた。
「いやぁ、一度軽い身体を覚えてるとダメだね。今の身体が重くて重くて……動けるようになったら本気でダイエットしないと」
「にーちゃんが突き飛ばしてくれたからトラックに潰されないで済んだって聞いた。にーちゃんの怪我、そんなに酷いの?もしかして俺を助けたせい?」
備え付けの椅子を引っ張り出し、ベッド脇に座る。
にーちゃんのベッドの横には車椅子が置いてあった。
「違う違う!疾風も僕もあのままだったら二人ともぺちゃんこだよ。だからこれは疾風のせいとかじゃ絶対ないからね。うーん、今回の事故だけだったら事故の割に怪我は軽い方だったと思う。ただ前の怪我と重なっちゃって」
「前の怪我……確か前の学校を辞めるきっかけになったっていう……」
「そうそれ。まぁリハビリすれば歩いたり走ったり出来るみたいだから生活に何の支障も出ないんだけどね。治るのに少し時間がかかるだけで。まぁ流石にバク転とかは無理だろうけど」
「じゃぁ、新体操は……?」
以前のように動けないんじゃかなり落胆してるんじゃ……そう思ってにーちゃんの顔を伺い見れば意外にも晴れやかな顔をしていた。
「もともと新体操にそんなに未練はないんだ。それに他にやりたいこともできたし」
「やりたいこと?」
「これこれ」
そう言ってベッド脇のサイドテーブルに置かれた一枚の紙を差し出す。開いて中を見てみれば、それはうちの学校の部活のリストだった。そのうちの一つにマーカーが引いてある。
「……園芸部?」
「そう。僕、向こうでテセウスさんに色々薬草の話聞いて興味持ってさ。だからとりあえず園芸部に入って色々植物と触れ合いながら大学は薬学部に行こうと思って」
「へぇ!」
瞳をキラキラさせながら将来の話をするにーちゃんはとても輝いて見えた。
そこに背中を丸めて人の目を気にしながらおどおどとする『忍者』はもういない。未来に希望を持ってそれに真っ直ぐ突き進む『服部忍』がいるだけだ。
それから俺が退院するその日までにーちゃんの部屋に入り浸ったりリハビリに付き合ったりした。まだ一年なのに、薬学部に行くため受験勉強始めたんだ、と言うにーちゃんの参考書には、聖樹の花びらを押し花にした栞が挟まっているのを俺は知っている。
夢じゃない証拠はにーちゃんも持ってたんだと嬉しくなる。
本格的な夏の到来が来る前に、俺の怪我は持ち前の回復力か、はたまた緑珠のアムレートゥムのおかげかぐんぐん良くなって、にーちゃんより一足先に退院することとなった。
「じゃ、お先!退院しても見舞いに来るから」
「うん。僕ももう少ししたら通院のリハビリで大丈夫になるから退院したら学校に行くよ。そしたら学校帰り一緒に遊ぼう」
「おう!」
何だかにーちゃんとこうして普通に学校生活を送るのが急におかしくなってきて思わず笑いがこぼれる。
まさか、こんな日が来るなんてなぁ。
不思議な縁を感じつつ、退院したその足で俺は真っ直ぐスマホを買いにショップへ行く。
異世界ならまだしも、現代社会、スマホなしではやっていけない。
新しいスマホを手に入れ、家に帰ると早速充電をしてクラウドからデータを引っ張った。
「……ん?」
ふと、データに見知らぬ画像を見つけた。
真っ暗な画面、ブレた画像、植物の写真……そして……
「ぶはっ!確かに使い方教えたけど使いこなしすぎだろ!」
自撮りしたと思われる写真には、笑顔のロバート、無表情のエレン、微笑むテセウスさん、怯えて逃げるジョン、その首根っこを捕まえるバリー副団長、呆れるアレックス団長の姿が。
俺の忘れ物は意外な奇跡を生み出したらしい。
『人生楽しんだもん勝ち』
その言葉を胸に、異世界行ったら……
異世界にかけがえのない友達ができました。
──END──
これにてハヤテとシノブの物語は一旦おしまいです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
当初30話位で終わらせる予定がどんどん話が膨らんで結果200話超えに……
拙い文章でわかりづらかった所も多々あったかと思いますが、完結まで来れたのは、読んでくださった皆様のおかげです。
本当に、ほんとーーーーにありがとうございました!
最後駆け足になってしまったので取りこぼしている伏線や、番外編、思いついたら追加していきます!
(単に作者が寂しいだけ)
まだまだたくさん色んな物語を書いていきたいのでまたお会いできたらぬるい目で見守ってください。
(とりあえず放置しっぱなしの方のお話進めます……)
ありがとうございました!!!




