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異世界行ったら……  作者: 片馳 琉花
最終章 緑珠奪還 編
225/226

25.別れは雷鳴と共に

テセウスさんの後をついて行くと、眼下に王都の街並みが見渡せる建物の最上階へとたどり着く。

うっかり下を見てしまい、慌てて中へ引っ込む。


「あ、あの!下!人いっぱい!!」


思わずカタコトになるくらいビビった。いやだって建物の下の広場には、そこを埋め尽くすほどの人、人、人。

黒の大陸出発前のパレードですらそんなに人は見かけなかった。


「言っただろう?国民に挨拶を頼むよって」

「あんなにいるとは思わないじゃないですかー!」


テセウスさんに抗議する俺の横でにーちゃんが虚無の目になっている。


闇騎士(ダークナイト)のお披露目の時も似たようなことやったけど、あの時は騎士団の団員しかいなかったからなぁ。こんな人前に出ること、もう一生なさそう……」

「俺、膝がガクガクしてんだけど……この状態で人前立ちたくない……」

「何をそんなに身構える必要があるんだ。あんなもの、ニコニコして手を振っていればいいんだ」


エレンが何か暴論を唱えているけどそんなん誰でも出来る芸当じゃないわ!


「さて、では準備はいいかな?」


よくないです。


俺の心の声は届かなかった。


「私に続いてバルコニーに出て、後ろに立っていてね。名前を呼んだら左右二人づつ手すりのところまで前に出て欲しい」


そう言ってテセウスさんは颯爽と、開け放たれた窓の外バルコニーへ向かって歩き出した。

俺も後に続こうとして慌ててボディバッグを外し、そっと床に置いていく。


疾風(はやて)、行くよ」

「今行く」


テセウスさんの左後ろにロバートとエレン、右後ろに俺とにーちゃんが立った。

緊張を纏い、息を殺して立っていると凛とした響き渡る声でテセウスさんが話し始めた。


「本日は……」


と、そこで急に突風が吹く。

ビュウ、と吹き抜ける風に思わず目を閉じた。

一瞬の後。

そっと目を開ければ、そこにはどこからともなく大量の花びらが舞い、まるで大粒の桜吹雪が舞い散るような景色と出会う。


「わ、何?この花びら……」


思わず一枚手に取りよく見てみるとこの花びら、どこかで見た事あるような……


同じように花びらを拾い上げそれを見つめたテセウスさんがぽつりともらした。


「これは……聖樹の花?」


テセウスさんの視線の先を辿ると、眼下に広がる王都の街並みのさらに向こう、地平線の彼方から風に乗ってこの花びらは王都中に降り注いでいた。その方角は……


「あの方角は……そうか、大聖樹様が目覚めたか」

「大聖樹、ってどっかで聞いたことある気が……」


あ、神殿だ!


確か黒の大陸に行く前に受けた『祝福』ってやつで俺たちに花をくれたのが『聖樹』で、その大元が『大聖樹様』って神殿の偉い人が言ってたような。


俺が記憶を辿って思い出してると、テセウスさんがなにか納得したように頷いていた。


「そうか……」


そこで一呼吸置くと、再び背筋を伸ばし国民たちへ声を届ける。


「皆の者、ここにいる四名の働きにより彼の地の大聖樹様がお目覚めになった。季節外れのこの聖樹の花嵐は大聖樹様が彼らの功績を讃え祝福をくださっているのだろう。ハヤテ、シノブ、ロバート、エレン。前へ」


名前を呼ばれたら、前へ出る……

足元に散らばった花びらを何となく踏みつけたくなくてどうにか避けながら手すりまで進む。


「勇敢なる若者たちに、祝福を!」

『祝福を!!』


テセウスさんの声に続くように、国民たちは声を揃えて復唱した。その後に続く拍手。

何となく気恥ずかしくなり隣のにーちゃんとアイコンタクトを交わす。


「そして!」


テセウスさんは、バッと腕を高く掲げ声高に叫んだ。


「聖なる花の舞い散る良き日、皆に聖樹の祝福あらんことを」

『わぁぁぁぁぁぁ!!』


その後は拍手と歓声の嵐になり、広場にいた人たちは散った花びらを集めては散らしてみたり、いそいそと何枚も拾い集めて懐にしまっている人など、みんな自由に行動し始めた。

上から見ていても伝わってくる、国民たちの歓喜。

改めて、俺たちは凄いことを成し遂げたんだなぁと実感する。


広場がかなりのお祭り騒ぎになって来たので、俺たちもそろそろこのバルコニーから引っ込みたいなぁとテセウスさんを横目に見る。


「あの、テセウスさん。この状態なら挨拶はもうなくていいですかね?」


希望を込めてそう尋ねると、


「うん、そうだね」


まさかの希望が叶った瞬間だった。


「いやぁ、大聖樹様まで祝福をくださるなんてなぁ。このタイミングであの聖樹の花。ここまで祝福されている君たちは、挨拶せずとも国民たちの心に希望の証として残るだろう」


え、それはそれでなんか恥ずかしいんですけど……

でもとりあえず国民の前でどもるとかセリフを噛むような事態は回避出来たみたいでよかったー!


俺が胸をなで下ろしていると、遠くからズズン、と地鳴りが聞こえる。


「あ、また揺れるかな?」


にーちゃんがそう口にした瞬間、周囲に舞っている聖樹の花びらが雷を纏い、前触れなく雷鳴が轟く。


ドォン!バリバリバリ……っ!!


雷はバルコニーへと稲妻を走らせ俺とにーちゃんの二人はテセウスさん達と分断される。


「え、こっわ」


思わずにーちゃんの腕を掴むと、俺たちふたりの周囲を取り囲むように聖樹の花びらが渦を巻き始めた。

もしかしてこれって……


「魔力の揺らぎ、か?!」


テセウスさんがそう口に出した時、


「テセウス様!ご無事ですか?!」


雷の音に反応して、扉の外で警護に当たっていたアレックス団長とバリー副団長が部屋に入ってくる。その後についてくるようにケイレブも部屋の中へするりと入ってきた。


「これは……」


三人の目線の先は俺とにーちゃんの頭の上。

そこには青空の中に不自然に走った黒い亀裂。それはパリパリと小さな雷光を放ちながら周囲の花びらをどんどん吸い込んでいく。


「ハヤテ……」


ロバートが不安そうな表情でこっちを見た。

俺はその亀裂を見上げながら、時が来たことを悟る。


()()、お迎えかな?」


へらり、と笑顔を作って亀裂を指さしながらテセウスさんを見てみれば、少し眉を寄せて頷く。


「あぁ。その亀裂の辺りの魔力だけ強く歪んでいる」

「そっかぁー」


言っている間にも亀裂が吸い込む強さが増していく。ロバートたちも引きずり込まれないよう足を踏ん張っているのがやっとのようだった。


パリパリ……ッ


時折小さく雷鳴も聞こえる。

これ、飛び込むのめっちゃ勇気がいるんだけど……

情けないと思いつつ、震える手を悟られないようにーちゃんにしっかり掴まった。


「みんな、今までありがとう。特にエレン、僕の体質でも問題なくここまでやってこれたのはエレンのおかげだよ、ありがとう」


にーちゃんの言葉に、いつもは表情があまり変わらないエレンも口を引き結び、眉が下がっている。

俺も、まず最初にお礼を言いたかったロバートへ向き直る。ロバートは既に半べそだ。


「ロバート、お前がいなかったら俺、ここに来た瞬間森の主(スフェーン)にやられて死んでたところだった。助けてくれてありがとな」


ロバートは、ブンブン、と言葉にならず首だけ振っている。


俺はテセウスさんたちの方へ振り返り、そっちにも頭を下げた。


「皆さんも、色々お世話になりました」

「いや、色々助けてもらったのはこちらの方だ。そのせいで君たちワタリビトの二人には傷を負わせてしまうことになって本当にすまない」

「いや、僕たちで逆によかったんですよ。こちらの人なら足の麻痺(この怪我)と一生付き合うことになってたでしょうし」

「そうそう、それに俺のは呪いだからこっちだったら死んじゃってたんだろ?俺でよかったんだよ」


ねー、とにーちゃんと頷き合う。


パリパリパリ……!


雷鳴が一層強くなってきた。


「そろそろ時間かな」

「だな」


俺とにーちゃんの周りには雷を伴った花びらのつむじ風がいくつも発生し取り囲んでいた。


俺は一人一人の顔を忘れないようしっかりと心に刻む。


「お世話になりました!ここにいないみんなにもよろしく伝えてください」

「みんな、元気でね」


亀裂の吸い込む力が強くなり、とうとうふわりと身体が浮き上がる。


「うわ!」


思わずにーちゃんと手を取り合い、離されないようしっかりと握りあった。


「ハヤテ、またね!」


ロバートが鼻をすすりながらそう言った。

『またね』、その約束は守れないことはわかっていたけどひとつくらいそんな約束があってもいいじゃないか。

俺はロバートのその声に応えた。


「あぁ、またな!」


その声に重なるように、一段と大きな落雷が亀裂の間から落ちた。

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