19.避けられない、死
「……死、ぬ……?」
じわり、と背中に汗をかく。
俺のベッドを取り囲むみんなの表情が、今エレンが言ったことは決して冗談の類ではなく事実だと、そう物語っていた。
「……でも」
少しの望みをかけて、俺は顔を上げた。
「でも、今エレンが薬を飲ませてくれたろ?あれ、かなり効いたんだけど。それまでの痛みとか全く感じないくらいに……あの薬で治らねぇの?」
「あの薬は……実は偶然出来た産物で、効果が未知数なんだ」
「未知数?」
エレンは瓶に半分ほど入った薬を見せてくれた。
「これがハヤテに飲ませた薬。効果は体内の浄化。……おそらくな」
「おそらく、って、わからないってこと?」
「あぁ。なんせ初めて作ったからな。ハヤテのその症状、前から少しおかしいとは感じていたんだ。回復薬でここまで治りが遅いのも変だし、痛みも引かなかったろう?だからもしかして、と思いその症状を抑える薬を調べていた。そのもしかしては当たって欲しくなかったがな」
はぁ、とエレンはため息をつく。
「ただ、呪いに効果のある薬は市場に出回っていなかった。だから私は昔の文献を調べてみたんだ。今は作られていなくても昔ならあったんじゃないかと。すると、たまたま手に入れたものが、当時の薬の効果上昇としての材料に使われていたことがわかった。ほら、これだ」
エレンの手には小さな小瓶が握られていた。
「……黒衣の帝王の雫。これを使って浄化薬の強化版をつくってみた。この薬が効かなかったらハヤテはおそらく生命が尽きるまでその痛みが続いていただろう」
「え、こわ」
てかエレン、いつの間に黒衣の帝王の雫を……確か涙とか汗って言ってたよな?……あ!あれか、黒衣の帝王が眠りにつく直前の時!
エレン、抜け目ないなぁ。でもそのおかげであの気を失いそうな痛みから開放されたわけだけど。
「今、ハヤテの身体の痛みは引いたと思うが左手の麻痺は残ったままだろう?ということは、この薬では治らないということだ。それも、おそらくになるが進行を遅らせているだけで徐々に全身に広がるだろう」
「そんな……」
せっかく黒の大陸の問題も解決して、森の主から緑珠を取り返したってのに、こんな結末アリかよ……
これじゃ、みんなだって手放しで喜べねぇじゃん。
しかも、そうだ。思い出した。
「そういや、にーちゃんの身体も後遺症残ってるの?」
「疾風、どうしてそれを?」
にーちゃんの表情はそれを肯定していると言っているようなものだった。
「後遺症と言っても、少し動きづらいだけだよ。森の主の魔力が思ったより多くて、重度の魔法アレルギーが出ちゃったんだ。熱とかはエレンの薬で下がったんだけどちょっとだけ足に麻痺が出ちゃってさ」
はは、と力なく笑うと、にーちゃんは右足首の辺りをさする。
それを見ていたバリー副団長が悲痛な面持ちで俺とにーちゃんに頭を下げた。
「俺たちには今回の一連の瘴気の件で大きな被害は出ていない。むしろ、ハヤテの薬草料理のおかげで瘴気の規模の割に被害は軽いくらいだ。なのに問題解決の立役者であるワタリビトの二人にこんな被害が出るなんて……本当にすまない、なんと言って詫びを……」
「ストップストップ!」
「バリーさん、頭をあげてください!」
頭が足につくんじゃないかと言うほど身体を折り曲げて頭を下げるバリー副団長はそのまま土下座でもするんじゃないかという勢いだったので(土下座があるか知らないけど)俺とにーちゃんは慌てて止めに入る。
「僕たちはちゃんと自分の意思で瘴気をどうにかするって決めたんです。後悔はしてません」
「突然知らない世界に放り出された俺を親切に迎えてくれたのはこの世界の人たちです。その人たちに恩返しがしたくてやったことなんで謝らないでください!……まぁ死ぬのはまだちょっと嫌だけど……」
でも、エレンの薬は呪いを遅らせるだけって言ってた。その間に薬を改良してもらうにしても時間が無いだろうし、どうすればいいんだろう……
「あの、さ……」
しん、と静まり返った部屋でロバートがおずおずと手を挙げた。
みんながロバートに注目する。
「ワタリビトって元の世界に帰ったらその魔法アレルギーの後遺症とか呪いってどーなんの?」
「……あ」
そ……か。
俺とにーちゃんが無事に元の世界に戻ったとして。
あっちの世界には魔法や呪いは存在しない。
魔法や呪いが起因の俺たちのこの身体の状態はもしかしたら無効になるんじゃ……
俺とにーちゃんは顔を見合せハイタッチをした。
「疾風、向こうに戻ったら僕たちのコレ、治るのかな?!」
「戻ってみなきゃわかんないけど、その可能性が高そうだよな!」
このままだと死を待つのみという呪いにかかった俺と、魔法の合わない体質でアレルギーの後遺症が出てしまったにーちゃん。
絶望しかないように見えた未来に、光が差した。