18.呪い
「ハヤテ、痛むと思うが身体を起こすぞ」
背中の下に腕を入れ少し身体を起こされる。それだけで全身が引き裂かれそうな痛みに襲われた。
まだ開けることの出来ない瞼をそっと開くと、
「これを少しづつ流し込むからゆっくり飲み込んでくれ」
唇の端から水差しのようなものを差し込まれゆっくりと回復薬らしきものが注がれる。
頬の内側を伝い流れ込んできた液体をゆっくり、ゆっくりと嚥下していく。
長い時間をかけてコップ一杯分程の薬を飲み終わると、身体の内側から徐々に温まり痛みが和らいでいく。
「あ……あー……」
声を出してみると、呻き声でなく普通に発声できるようだったので、瞼もそっと開けてみる。
「うっ」
久々の強い光に一瞬目を閉じてしまったものの、もう一度ゆっくり開いて光に徐々に慣らしていけば痛みもなく周りの様子を見ることが出来た。
「うわ!」
視界がはっきりして目に飛び込んできた光景は、俺のベッドを取り囲む、人、人。
緑珠のメンバーはまだわかる。なんでここにバリー副団長とジョンまでいるわけ?!
俺の反応に、その場の人々は安堵の表情を浮かべる。
「とりあえず薬は効いたようだな。痛みはどうだ?」
エレンに問われ、自分の身体を改めて確認するとあの無数の針で刺されるような痛みは既になく、手のひらを開いたり閉じたりと動かしてみても、もう痺れも痛みも感じなかった。
左手以外は。
極度に痺れて感覚がなくなってしまったかのような左腕に違和感を感じ、よく見ようと顔の近くへ近づけようとして、動かないことに気づく。
「……え?」
俺の左腕はマネキンのように硬直し、ただ力なくだらりと下がっていた。
俺の動きが止まったことに気づいたエレンが気遣うように口を開く。
「ハヤテ、落ち着いて聞いてくれ」
ベッド脇に座り俺と視線を合わせ、諭すよう言葉を選びながらエレンの口から語られたそれは、俺を絶望の淵へ落とすのに十分な言葉だった。
「ハヤテの身体は今、ラースの呪いに侵されている」
ラース?
ってあの、助からない呪いの?
ぞくり、と悪寒が走り、俺は右手で、感覚のない左腕を無意識にさすった。
途切れながら、確認の言葉を紡ぐ。
「ラース、って……だって、神殿では燃やして浄化させたって……」
「あぁ。そのはず、だった。あの時ハヤテの周りにラースはいなかったからな。呪いを受けるはずはないんだ。それ以前にどこかでラースに遭ったりしてないか?」
ラース、ってどんな生き物だったっけ?
あの時の白い炎を思い出し、燃えていたラースの姿形を思い出そうとしても燃える白い塊の記憶しかない。
「思い返してみれば、ハヤテのその左腕の治りの遅さは異常だった。私が把握している限りでも、黒の大陸にいるうちに呪いを受けていると思う」
「疾風、どこかで見かけなかった?二十センチくらいのでっかいネズミ」
……ネズミ?
「ラースってネズミなの?」
「そう、ドブネズミより大きいやつ。神殿で燃やした時に捕まえたけどすっごい嫌だった……」
にーちゃんはあの時のことを思い出したようで身震いをする。
てか、ネズミ?それなら……
「もしそのネズミっぽい生き物がラースで、他に似たような生き物がいないならそれ、見たかも」
「ラースと似た生き物は今のところ見付かっていない。ハヤテ、それを見かけた時近づいたりしたか?」
「近づいた、っていうか、気づいたら近くにいて手をかじられた。すぐ回復魔法で治したから傷は直ぐにふさがったけど」
ほら、と見せようとしてそれが左手だったため、ピクリとも動かせずエレンにそれを見せることは出来なかった。
「……それだ」
エレンは俺の左腕を手に取り色々と観察していく。とはいえやっぱり傷は塞がっていたようで見つけることは出来なかったみたいだけど。
「……ラースは少しの傷でも呪いをかけるんだ。下手したら触るだけでも呪いにかかる時がある。だから私たちは普段、もし万が一見かけても決して近づくなと言われて育つ」
ちょっと開けるぞ、そう言ってエレンは俺の上着を剥ぎ取った。
「ちょ、乙女が何するの!」
慌てて右手で布団を引き上げ上半身を隠す。
「……私は普段治療で裸見慣れている。それよりもこの状態を見ろ」
上着を剥ぎ取られ上半身がむき出しになった俺の、左腕に巻かれた包帯をエレンは解いていく。
そこは痣なんて可愛いものじゃなく、左腕全体にまだらに紫色の模様が浮かび上がっていた。
「うわ、気持ち悪っ!」
自分の身体とはいえその状態はものすごく気持ちが悪い。思わず漏れた声に、エレンは呆れた声を被せた。
「自分の身体が大変なことになっているというのに思わず出た感想がそれか……」
「いやだって俺の腕、紫のまだらになってる……」
見た目は激しい打ち身の跡のようだが、そこには一切の痛みも感覚もない。ただ触ってみると普段の俺の身体より硬くなっている気がした。
「呪いってこんな感じに腕が動かなくなったりすんの?」
なんとなくまだ他人事の感覚が抜けず、素直に浮かんだ疑問をエレンにぶつけてみる。
「私たちが聞いていた話では、呪いにかかると徐々に体の自由が効かなくなり、最後は命を落とすと言うものだ。今のハヤテはその症状に近い。一度呪いが発症すれば症状は収まることはなくそのまま……」
エレンは俺の動かない左手をギュッと掴んで、声を絞り出した。
「……死を待つのみだ」




