16.緑珠の祠へ
「うあっ……っ!」
角に指が触れた瞬間、にーちゃんが苦悶の声を上げる。
「シノブ?!」
「だい……じょ、うぶ……」
思わず駆け寄ろうとしたエレンを黒炎を纏っていない方の手で制止する。
そのまましばらくそうして居たものの、表情はどんどん辛そうになっていった。一瞬ふらり、とよろめいたので咄嗟に手を伸ばしにーちゃんを支える。
すると、久々に頭の中に声が響いた。
──そのまま、シノブの身体に触れていろ。
「闇の鎧の魔石?!」
──こうして話すのは久方振りのような気がするな。魔力が少しづつ戻ってはいるのだが、なかなか眷属に届くまでには至らなくてな。契約者の身体を介さねば言葉を伝えられんのだ。他の者たちにもシノブに触れるよう伝えてくれ。
言われるまま、エレンとロバートにも闇の鎧の魔石の言葉を伝える。ジェイド隊長が「ハヤテたち、そんなことも出来るのか……」と言いながら腕組みをして見守る中、俺たちはにーちゃんの背中へ手を当てた。
──思ったよりも緑珠は魔力を溜め込んでいたようだな。シノブ一人では荷が重い。お前たちも手分けして魔力を受け取れ。
「え?俺たちも?」
俺がそう聞き返すと同時に、にーちゃんに触れていた手から三人とも黒炎が上がる。
「わっ!」
慌てて手を離してしまい、再度にーちゃんの背中へと手を当て直す。
──そのままウィリディスの身体に触れろ。
「ウィリディス?」
──あぁ、お前たちが森の主と呼んでいるそ奴の事だ。
森の主の名前はウィリディスって言うのか。そんなことを思いながら、闇の鎧の魔石の言う通り黒炎を纏った手をにーちゃんの背中から森の主へ移す。
……どこでもいいのかな?
身体に触れろとしか言ってなかったし、とりあえずじゃあここで……
俺はにーちゃんが手を置いている頭の部分から少し離れた首の辺りにそっと手を置く。
すると触れた手のひらから、気を抜いたら弾き飛ばされそうな勢いで魔力が流れ込み黒炎と混ざっていく。
両足で踏ん張り、手のひらが森の主の身体から離れないようぐっと力を込める。
エレンとロバートもそれぞれ背中と腰の部分へ手を当て、同じように弾き飛ばされないよう踏ん張りながら魔力を黒炎へ吸い上げていた。
俺たちも分担しているとはいえ、やっぱりいちばん負担がかかっているのはにーちゃんのようで、チラリと顔を覗き込むと脂汗を浮かべながらみるみるうちに顔色が悪くなっていくにーちゃんの姿が目に入る。
「にー、ちゃ……だいじょぶ?」
「うん……どうにか」
大丈夫にはとても見えない表情で、でも俺たちに心配はかけまいと必死に耐えているにーちゃんが心配で、『緑珠の魔力、早く集まれ』と祈りながら俺も駆け寄りたくなる衝動を抑え、必死で耐える。
そんな時間が続いたのは何時間か、それともほんの数分なのか。
俺たちからしてみたらとても長い間のように感じた時間。それが突然、ふ、と終わった。
触れた手のひらから混み上がる魔力はもうない。
ただゆらゆらと黒炎と緑珠の魔力が混ざった炎が腕で揺らめいているだけだった。
念の為、触れる位置をずらし何ヶ所か触ってみるものの、もうどこからも魔力を吸い上げることは無かった。
「回収は成功、か?」
ぐらり、とよろけたにーちゃんを支え、俺はジェイド隊長を振り返った。
「よくやった!あとはそれを祠に戻せば……」
ジェイド隊長がそこまで言うと、俺たちの腕に纏った緑珠の魔力の炎がチカチカと激しく瞬きながら突然大きく揺らめく。
直後。
ズ……ズズズ……ドドドド……っ!!
突然起きた地震に思わずしゃがみこむ。
「うわ!」
「おい、大丈夫か?!」
にーちゃんに肩を貸した状態でしゃがみ込んだ俺の元に、ジェイド隊長は駆け寄ろうと一歩踏み出したが、森の主によって崩された足場は不安定で隊長自身もその場に膝をついた。
しばらくして揺れが収まると、俺たちは慌てて五人で集まる。
「なんだ、今の揺れは……」
パラパラと上から降り注ぐ砂を振り払いながら、エレンは天井を見上げた。
吹き抜けになっているあたりの場所が少し崩れてきているらしい。
「魔力の揺らぎ……?にしては規模が大きいような……」
ポロッと口にしたロバートは、声に出してハッとする。
「もしかして、そろそろ本格的な魔力の揺らぎが発生する……?」
一瞬の沈黙が流れたあと、ジェイド隊長はサッと身を翻し、地底湖の奥の祠へ向かう。
「時間は無さそうだ。早いとこ祠に向かうぞ」
「あ、隊長!森の主は……」
「今は動かす時間が無い。魔力を戻したら直ぐにここに戻って外へ連れ出そう。それまで天井が崩れないことを祈るしかないな」
冷たいことを言っているように聞こえるけど、たしかに今はそれしか無さそうだ。
俺たちは、眠る森の主をその場に残し、湖を渡る。
以前来た時は気づかなかったから水の上を駆け抜けたけど、湖面をよく見ると一本道のように底がせりあがっている部分があり、その上を走って渡っていけた。
「瘴気のない水だからこそ通れる道だな……」
ジェイド隊長は恐る恐る水に足を入れ、異常が出ないか確かめたあと、俺たちに続いて殿を務めその道を渡る。
最短距離で湖を渡り切り、祠の裏へ回り以前森の主が開けた穴から祠の中へと飛び込んだ。
祠は隊長たちが片付けたのか森の主に壊された時の破片は片付いていたが、緑珠のあった切り株はあの時の神々しさは見る影もなく寂れた雰囲気を纏っている。
にーちゃんは俺の肩から手を外し、その切り株へ歩み寄ると緑珠の魔力を纏った手を切り株へ向けた。
俺、ロバート、エレンもそれに続き四人で切り株を囲むとそれぞれが魔力を纏った腕を切り株へとかざす。
すると腕に巻きついていた黒炎がゆるゆると切り株へと向かい、切り株を覆っていく。
じゅわ……
黒い炎で覆い尽くされた切り株から、緑珠の祠に初めて来た時のような、暖かい光が漏れる。
初めのうちは弱く、そのうち段々と光は強さを増していき、最後は直視できないほどの眩さで祠の中を照らし出した。
いよいよクライマックスっぽくなってきました。
このままプロット通りに進めば目標の年内完結に間に合う……かも……?
(前回の215話が本来のプロットの15話目だったことを考えるとどうなるのやら、って感じですが……笑)
最後までお付き合いくださると嬉しいです。




