15.待ちに待った瞬間
あのあと、ありったけの魔力回復薬を持ち、俺、ロバート、にーちゃん、エレン、それとジェイド隊長とで再び緑珠の祠裏の地底湖を訪れた。
夕食後、湯浴みしてから仮眠を取っていたニコラスが食堂に顔を出して「闇騎士がしゃべってる?!」と言うお約束をかましたあと、俺たちと一緒に地底湖に行きたがっていたけど、マシュー先輩とハッサンも「オレも!」「俺も!」と収拾がつかなくなったので三人まとめて留守番になった。
ソフィアさんを夜一人で詰所に残す訳にはいかないからな。
そんな経緯で五人で地底湖に到着してから、俺はずっとタライに水を作り続けている。
地面に転がる魔力回復薬の空き瓶の数は五本を超えた。
そろそろあの乗り物酔いのような気持ち悪さが消えなくなっていて正直泣きそう。
そんな俺の横では、にーちゃんがせっせとキラキラの葉っぱから闇の魔力でキラキラを吸い出してはタライの水に混ぜている。
このあと森の主が現れたらそこから緑珠の魔力を吸い取らなきゃならないのに今からそんなに頑張って大丈夫かと心配になって聞いてみたら、
「葉っぱから魔力を取り出す程度なら問題ないよ」
と頼もしい言葉が返ってきた。かなり闇の鎧の魔石に特訓させられたらしい……
……と、そんなこんなで半分現実逃避している間にどうにかタライを魔力水で満たすことが出来た。
「俺……もう……ギブ……」
「ハヤテ、おつかれ。これを舐めておけ」
地面にひっくり返った俺に、エレンが魔力酔いに効く飴のようなものをくれたのでそれを口に含む。
「あ、美味い」
ミントとグレープフルーツを足したような味に、魔力回復薬で甘ったるくなった口の中がスッキリしていく。
コロコロと口の中で飴を転がしながら、ロバートたちが、俺の用意した魔力水のタライにパルメラの実を浮かべ水辺にセットする様子を眺める。
「よし、あとはここに森の主がまた現れるのを待つだけだな」
「姿見せますかね?」
「魔力水に飢えてるなら、高確率で来るだろう」
準備を終えたみんなと一緒に、岩場の陰へ身を隠す。
そうして待つこと、数十分。
「……来た」
「あ、ほんとだ」
フラフラと姿を現した森の主は迷うことなくタライへと突き進んでいく。
そして少し匂いを嗅いだかと思ったら、そのまますごい勢いでタライの水を飲んでいく。
俺たちが見守る中、その時はやってきた。
タライの水を全て飲み干し、タライの中には魔力水に浮かべていたパルメラの実だけが残った。それを森の主がかじり、飲み込んだ。
「やった!」
声を上げたのは誰だったか。
久々に魔力水を飲み満足したのか、多少足元はふらつかせつつも、昼間に見たように周囲に当たり散らすことも無く水辺から離れようと身体を反転させた森の主はそのままドサリとその場に膝から崩れ落ちた。
「これは薬が効いたと思っていいのか?」
ジェイド隊長が念の為声を潜めながらエレンに確認を取る。
「おそらく」
そう言い、エレンが様子を見に行こうと立ち上がるとそれを制するように、にーちゃんがエレンの前に立つ。
「気配を消すのは、僕の十八番だよ。ちょっと待ってて」
その瞬間、久々ににーちゃんの気配が消えるのを目の当たりにした。
ほんとに居ることはわかってるのにいる気配が無くなるんだよな……
にーちゃんはそのまま気配を殺し、音を立てないよう気をつけながらそっと森の主の元へと忍び寄った。
しばらくして、にーちゃんの気配が戻ると両手で大きく頭の上に「まるっ」とジェスチャーを出す。
「おぉ!」
「成功だ!」
わっ!とにーちゃんと森の主の元にみんなで駆け寄ると、森の主は規則正しくお腹を上下させながら横たわっていた。倒れ込んだ時に怪我等もしていないみたいで安心する。
「これなら魔力を吸い出してもしばらく起きることはなさそうだよね。じゃあ、行くよ」
にーちゃんが腕に闇の魔力を纏わせていく。
キラキラの葉っぱから魔力を吸い出していた時とは比べ物にならないほど、その闇の魔力は大きく、にーちゃんの腕全体がまるで黒い炎を纏っているかのように変化していく。
……やべぇ、これ俺だったら厨二病全開な技名とか叫び出しそう……っ!
にーちゃんはその黒炎を纏った腕を森の主に向け……動きが止まる。
「どうした?」
戸惑ってる気配を察したエレンがそう声をかけると、にーちゃんは森の主の身体を頭のてっぺんからしっぽの先まで視線をさ迷わせ、縋るようにエレンに聞いた。
「緑珠の魔力って、どこに溜まってるんだろう……?」
どうやら黒炎を纏った腕をその魔力溜りの場所へ当てたいらしい。
少し悩んだエレンは森の主の頭を指さした。
「飲み込んだ直後なら腹の中だっただろうが、今は時間が経っているから飲み込んだ緑珠の魔力は体内を巡って頭の角の辺りに溜まっているはずだ」
そう言われ、みんなの視線が森の主の頭の角に集まる。
確かに初めて会った時よりも森の主の角は大きくなっているように見えた。
「じゃあ、この辺りから魔力を集めるね」
にーちゃんはそっと森の主の角へ手を伸ばし、つ……と角の先に指先が触れた。




