14.作戦の決め手は、水
「生き物が棲んでいると言うことは、瘴気が混ざっていない。瘴気とは魔力の塊だ。魔力の混ざっていない水は森の主にとって飲み水に値しないんだろう。私たちは、森林竜に浄化器官が備わっているのはどこの水でもすぐに飲めるようにするためだとばかり思っていたが、本当は『魔力が混ざっている水を飲むために瘴気を浄化できる器官が備わった』と言った方が正しかったのかも知れない」
今までのこちらの常識を覆すような発見にエレンは興奮しながら今回たどり着いた仮説を語る。
「森林竜はおそらく他の動物や魔物より魔力を必要とするんだろう。それを瘴気の溶け込んだ水を摂取することによって補っていたんだろうな。で、現在緑珠の浄化によって地下の水飲み場に流れていた瘴気が途絶え、ただの水になってしまった。森の中に現れる瘴気の様子を見る限り、地下に溶け込む瘴気よりも地上に溢れだす瘴気の方が多そうだ。森の主や森林竜の飲める水辺は今はほとんどなく、飲み水に飢え苛ついている可能性がある」
「飲み水がほとんどないって……それって生命に関わるんじゃ……」
「もともとそんなに水分を必要としないと言われていたから、すぐにどうこうという事にはならないと思うが、長引くとなるとそうも言ってられないだろうな」
これは……早いところ森の主から緑珠を取り返して元の場所に戻さないと瘴気が地上に溢れるだけじゃなく森林竜たちの生態系にも影響が出そうだ。
どうにかして森の主にあの眠り薬を飲ませないと……
「森の主がやたらフラフラして足元がおぼつかなかったのも脱水症状みたいになってたのかな」
「それか、その瘴気水から摂取してる魔力不足とかな」
「なら、瘴気水とか使って森の主誘き出せないかな?瘴気水の中にパルメラの実を浮かべておけば、好物だし水と一緒に口にするかもしれないだろ?」
にーちゃんとロバートの会話に俺も参加し、そう提案してみる。
このアイデアはエレンも気に入ったようですぐに頷いてくれた。
「そう……だな。水が飲みたいのに飲めないのは相当なストレスになってるはずだ。そこに求めている瘴気水があれば、冷静な判断ができない今、深く考えず口にする可能性は高い。ただ……」
ちらりと走らせたエレンの視点を受け取ったジェイド隊長がエレンの言いたいことを理解し、言葉をつなぐ。
「さっきの話のようにこの森では地上に漏れる瘴気の方が多い。森の主が求める濃度の瘴気水を用意するなら、王都近くの泉まで汲みに行かなければならないだろうな」
「正直その時間をかける余裕はないと考えた方がいいだろう」
あと一歩、というところで作戦は手詰まりになってしまった。またイチから別の方法を模索しようとしたその時、
「あーーーー!!」
マシュー先輩が突然立ち上がり俺を指差すと大声で叫んだ。
「ハヤテの出す魔力水、使えるんじゃね!?」
「へ?俺ぇ!?」
いきなりの名指しに俺は驚愕の声を上げる。マシュー先輩はそれを気にすることなくさらに続ける。
「ハヤテの魔力水、あの森林竜……ドラコだっけ?あいつも気に入ってたし、森の主も森林竜なんだから同じかも知れないだろ?」
ふんす、と鼻息荒く『どうだ』とばかりにみんなの顔をマシュー先輩は見回した。
「なるほど、確かにドラコのハヤテの水に対する執着はすごいもんな」
「あ、ならいっそドラコの一番気に入ってた水にしようよ!」
「一番気に入ってた水?」
エレンの問いにロバートは元気いっぱいに答えた。
「『闇騎士特製、キラキラハヤテ水!!』」
遠い目をしたエレンと目が合い、俺も力なく微笑んだ。
「そうか、確かにあの時ドラコが気に入ってたのあの水だったね。あの時のキラキラした薬草があれば同じようにできるけど……」
「あ、多分ヘンリーせんせーの部屋にあると思うから俺取ってくる」
「なら私も念のため一緒に見に行こう」
ロバートとエレンが連れ立って食堂を後にする。
俺は振り返り、ジェイド隊長に恐る恐る確認をした。
「え、あの……もしかして決定な感じ……?」
「ん?あぁ、そうだな。今一番成功率の高いアイデアだしこれで行こう」
俺はスッ、と血の気が引いていく。
「あの……俺、魔力がそんなに高くなくて」
「おう」
「魔石使わずに水を出すとなると、魔力切れギリギリまで頑張ってもバケツ一杯が限界で」
「ふんふん」
「森の主誘き出すのに必要な水の量ってどれくらいなんですかね?」
「まぁ、少なく見積もって最低タライ一杯くらいか?なーに、魔力回復薬はたくさんある!頑張って水を用意してくれよ?勝敗はハヤテの水にかかってるからな」
「……ハイ……」
ニッコニッコのジェイド隊長とは裏腹に、今後襲い来るあの甘ったるい魔力回復薬との戦いに俺はひっそりと心の中で涙を流すのだった。




