13.地底湖の水
「クォッ」
俺の声に応えるように、遠くの方から微かにドラコの鳴き声のようなものが聞こえる。でも姿を現す気配はない。
「ドラコー!」
「クォッ」
名前を呼ぶと返事はするものの、遊びに夢中なのか返事をするだけでこちらに来る気はなさそうだ。
「ハヤテー……森林竜来ないじゃんかー」
「いるはいるっぽいんだけどなー。どうすっかなー。あ、そうだ。ドラコー!水やるからこっちおいでー!」
「水?そんなもので来るのか?」
マシュー先輩が驚きの声をあげる。
たかが水だと思うだろ?でも結構好きみたいだからドラコもこれで来るかも……?
そう思っていたら、なかなか姿を現さなかったドラコだけど、俺が水をやると行ったら遠くの方からこっちに向かって駆けてきた。……なんか、後ろにマシロもついてきてるんだけど……
「クォッ」
「ヒヒンッ」
駆け寄ってきた二匹は何故か仲良く並んで俺の前でしっぽを振っている。
……わかったよ、二匹分水やるよ。
手のひらで皿を作り、一杯分づつ水を飲ませる。
その隙にマシュー先輩はそっとドラコを撫でてテンションが限界突破していた。
「うわぁ、オレ、森林竜に触ってるぅ……守護の森ン中で見かけることはあっても近づくとすぐ逃げるから触るのは初めてだぜ……」
「俺も触ってみてぇ!大丈夫か?」
「そっとなら大丈夫だと思うよ」
ハッサンも間近で見る機会がなかったのか、興奮しながらドラコの頭をこれでもかと言うくらい慎重に撫でる。
「呼んでも来なかったのに水は飲みに来るんだな」
「なんか好きみたいなんだよね、水」
「へぇ。オレもあげてみようかな」
ハッサンが撫でる横でマシュー先輩が俺と同じように手のひらに水を出すと、ドラコはその水の匂いを少し嗅いでから、ふい、とそっぽを向いた。
「あれ?もういらねぇのかな?」
「いやいつもはもっと!って催促してくるんだけど……」
不思議に思い、もう一度水を与えてみると待ってましたとばかりに勢いよく俺の手から水を飲む。
「えーなんでー」
「なんかね、疾風の出す水が好きみたいなんだよね」
「そうなの?」
しょぼくれるマシュー先輩の後ろからにーちゃんがそう声をかける。そういえば俺の出す水に含まれる魔力がどーとかエレンが前に言ってたな。
「クォ!」
やっぱりドラコはいつもの通り再度催促をしてきた。その横でマシロも物欲しげにジッ、と見つめてくる。
いや、俺そんなに自分の魔力だけでたくさんは水出せないから……
催促の目力に負けた俺は放牧場に設置されている水飲み用の桶を持ってきて、その中に水の魔石の力を借りて目一杯水を張る。
「ほら、たくさん水用意したから好きなだけ飲めー」
二匹の前にその桶を置くと、マシロはゴクゴクと飲み始めたものの、ドラコは少し舐めてから、プイ、とそっぽを向く。
「やっぱ魔石使うとダメかー」
「へえ、魔石使うとハヤテのでも飲まないのか」
「なんかこだわりがあるんだろうなー」
ドラコはもう水がもらえない事がわかったのか再び放牧場の中を奥に走っていく。そのあとを追うようにマシロも走っていった。
二匹の後ろ姿を見守っていると、詰所の方からジェイド隊長の呼ぶ声がする。
「おーい、お前らそろそろ戻ってこーい!」
「はーい」
ソフィアさんの作る夕食の匂いに釣られるようにみんなで夕食の並んだテーブルの席に着く。
「いただきます」
テーブルには湯気を立て美味しそうなハヤシライスのようなものが用意されている。
「ハヤテくんに聞いた薬草と塩を混ぜたもので味の調整してあるのよー。お肉の下味にも薬草を使ってみたの。おかわりあるからどんどん食べてね」
ソフィアさんに促され一口、二口と口に運ぶ。
トマトの酸味とハーブがうまく合わさって美味い……
「食べながらでいいから聞いてくれ。さっき森の主が暴れ回っていた水飲み場の水をエレンに調べてもらったところ、水に異変が起きている事がわかった」
「異変?」
「そうだ。詳しくはエレン、頼む」
「あぁ」
エレンはそう言うと瓶に詰め替えたと思われるあの地底湖の水をコトリとテーブルに置いた。
「結論から言うと、この水は何の変哲もない、ただの水になっている」
「ただの水?」
「そう、ただの水だ。瘴気が検出されない」
「え!?」
……そうだ、何か違和感は感じていたんだ。
あの地底湖で跳ねている魚を見た時から。
あの湖には初め何の生き物も見かけなかった。
それなのにさっき見た時は、水の透明度は相変わらずだったものの奥で魚が跳ねていた。つまり生き物が棲める水質になっていたと言う事だ。
「おそらく、緑珠が奪われ瘴気が浄化されなくなったせいで地下水に流れ込む瘴気がなくなったんだろう。地上で瘴気が増えた代わりに、瘴気で棲めなかった水の中の生物が棲めるようになるとはな」
「ただ、それと森の主が暴れた事とどう繋がるんだ?」
「あぁ、それはな。ただの水になったと言う事は、森の主にとって飲めない水に変わったと言うことではないかと思う」
「飲めない水?」




