11.パルメラの実、設置!
森の中を進んでいくと、至る所に黒い霧が現れては霧散していく。
じっとその霧の流れを見ていると俺の目線の先に気がついたジェイド隊長が、あぁ、と声を漏らした。
「最近あんな感じで黒い霧が出てはすぐ消えるんだ。薬草料理のおかげか体調を著しく崩すやつもいないし、とりあえず注意はしてるんだがいちいち対応は出来なくてなぁ」
「あの霧散した霧が所々に残ってるからなんか薄暗く感じるんですね」
「あぁ、そうだ。早いとこ前の森に戻って欲しいぜ」
そんなやり取りをしていたジェイド隊長は、そこで足を止めると背負っていたリュックサックからひとつパルメラの実を取り出した。
「森を入って東に進んだこの岩場の辺り。ここが一番最近森の主が目撃された場所だ」
「最近ってどれくらいですか?」
「一昨日だったかな」
最近とはいえ、二日もあれば森の主の足なら全然違うところに移動することも考えられる。もしかしたら今は遠くに行っちゃってるかもなぁ。
そんなことを考えながら俺は目の前に生えているパルメラの実を観察していた。
実の形状はヤシの実っぽいけど柄がスイカっぽくて、どうやってなってるのかなって思ってたら、ツルが木に巻き付きながら上に伸びある程度の高さになったら木々の間を縫うように広がりそのツルにパルメラの実がなっていた。
ツルに実がなるその様子はカラスウリっぽい。
「あのツル、実の重さで切れたりしないんですか?」
頭上になる実をいくつか見上げながらジェイド隊長にそう尋ねると、
「あぁ。あのツルは結構丈夫でな。ロープ替わりに使ったりするんだ。なかなかちぎれないくらい丈夫だぞ」
と教えてくれる。
「へぇ」
俺が感心していると、パルメラの実を置いたジェイド隊長は次の目的地へ歩き出した。
「次はどこに向かうんだ?」
「次は一番多く目撃されてる場所、水飲み場だ」
「あー、たしかに水は必要だよな」
エレンの問いに答えながら進むジェイド隊長の後を俺も置いていかれないよう着いていく。
着いた水飲み場は、あの地底湖だった。
「ここは……懐かしいな」
「あれ?エレンここ知ってる?」
「以前シノブと来たことがある」
「あ、そっか。確かにーちゃんここに来た時この湖に落ちたんだっけ」
不思議な縁を感じて湖をそっと覗き込む。
透明度は前に来た時と変わらないけど、何となく湖の雰囲気が前と違う感じがする。
ピチャンッ!
湖の奥で魚が跳ねた。
「とりあえずもうひとつのパルメラの実をここに置く。地底湖にはパルメラの実はなってないが、水分補給に来た時に好物が置いてあれば口にする可能性もあるからな」
そう言って、前に森の主や森林竜たちが水を飲みに集まっていた湖のほとりへジェイド隊長はパルメラの実を転がらないよう丁寧に置いた。
これで俺たちの持ってきた実の設置は終わった。あとは森の主がどれかの実を口にするのを待つだけ。
そこでふと気がついた。
「あれ、もしかしてここで森の主が来るまで待つ感じ?」
「あぁ。ここはハヤテとエレンで見張り頼む。俺はさっきの場所に戻って向こうを見張る」
うわぁ、まさかの長期戦だった……
「ハヤテ、森の主が現れたら緑珠の欠片の合図、忘れるなよ。じゃあここは任せた」
そう言うとジェイド隊長はサッと身を翻しもう一箇所の実の設置場所に戻っていく。
「そっか、携帯食料持っていけってこのためだったのか……」
詰所を出る時にやたらと携帯用の食料を持たされ、「この森はもう庭みたいなもんだから遭難したりしないのに」って思ってたんだけど見張りの為だったのかー!
俺とエレンは湖のほとりから少し離れた場所に身を隠し、長い時間をただじっと耐える。
このまま一日が終わるんじゃないかと思ったその時、奇跡は起きた。
「……ハヤテ」
暇すぎて少し目を瞑り、少し眠りの世界へ旅立っていたところエレンに揺すられ目を覚ます。
「……なに?」
「姿を現したぞ」
「マジで?!」
パッと目が覚め、エレンと二人岩場に隠れながらそっと頭を出して様子を伺う。
空が少し暗くなり始め、こちらに近づいてくるその影の輪郭はぼんやりとした感じになっているが、あの大きさは間違いない。
森の主だ。
「うわ、マジで来た……」
俺はそっと緑珠の欠片を握りしめ魔力を流す。
欠片を通し魔力を混ぜるとその魔力を空に向かって打ち上げる。簡易的な魔力閃光弾だ。
これが打ち上がると、緑珠の欠片を持っている同士はその閃光弾もどきに気づくらしい。
闇の魔石みたいに意思の疎通までは出来ないのが難点だ。
それでも閃光弾の場所に森の主が現れたとは伝わるからみんなここへ集まるだろう。
それまでに森の主が眠り薬を食べてくれればいいんだけど……
再び視線を森の主へ戻してみれば、飲み込んだ緑珠のせいか、それとも別の要因なのかはわからないが、やたらとフラフラしながら湖のほとりへ近づいていく。
パルメラの実には目もくれず、水面へ顔を近づけて鼻をヒクヒクさせ何かの匂いを嗅いでいた。
「……森の主、なにやってんだ?」
「さぁ?パッと見あの行動は警戒しているようだが、ここは普段彼らの水飲み場なんだろう?警戒する理由も無さそうなんだがなぁ……」
ダンダン!
コソコソとエレンと話していると、突然森の主は苛立ったように足踏みをし始めた。
「え?」
「なんだ?!」
俺たちが戸惑っていると、森の主はそのまま周りの岩を蹴り崩しはじめた。
突然の出来事に呆気に取られていたせいで、岩場から姿が出てしまっていることに気がついたのは、森の主が俺たちの姿を見つけ、咆哮の姿勢を取った時。
「危ない!」
咄嗟にエレンを突き飛ばしたものの、俺は森の主の咆哮をモロに正面から受けてしまった。




