7.森の主の眠り薬
「そうだよー。海外もそうだけど日本にもあるしね、湧くところ」
「へぇ。んじゃこっちの世界でももしかしたら湧いてるところあったりしてなー」
そんな俺とにーちゃんの会話にロバートは絶大な興味を持っていた。
「湧く……って、泉みたいになってるってことだよな?!そっか、俺たちあの水を飲むなんて考えたことなかったから見つけられなかっただけなのかも」
「泉の水、飲まないのか?」
「だってどこに瘴気混ざってるかなんて見てもわかんないし。うっかり飲んで瘴気中毒なんてシャレになんないだろ?ハヤテとシノブは躊躇いなく飲んでたけどな」
ぷっ、とロバートは思い出し笑いをしている。
「いやー、アレはいつ思い出しても笑える……つか、もしこのパチパチっぽい水がほんとに湧いてるなら見つけたいなー。今の俺なら瘴気気にならないし」
「あ、でも僕たちの世界の炭酸って元はガスなんだけどジョンのは魔法……雷だろ?もし湧いてるならそれはジョンのものとは性質が別物かも……」
「そうなのか?まぁこのパチパチ感は似てるんだろ?なら俺はその辺気にしないからやっぱ探してみたいな。そうだ!緑珠の問題が解決したらハヤテ一緒に探しに……」
そこまで言って言葉を止める。
問題が解決したら……
それは俺たちが元の世界に戻ることを意味していた。
一瞬張り詰めたなんとも言えない空気を遮るように「おおお!」と薬師たちの方からどよめきが起きる。
「なんだ?」
集中してテーブルにかじりついていたエレンがふと顔を上げる。
俺たちは目を合わせ、薬師たちの隙間からそのどよめきの中心を覗き込んだ。
そこには、何かの薬を撹拌しているジョンと、その背中に手を当て何かを指示するテセウスさん、テーブルの上に次々と材料を準備して行くヘンリー先生がいた。
その手際の良さは圧巻で、あっという間に調合された薬が出来上がっていく。
「おお、これはすげぇ」
薬のことは全く分からないけど、薬師たちが声を上げるのがわかる気がする。
「む……」
横を見ると、エレンがちょっと悔しそうな顔をしていた。
「エレン、ちょっと悔しい?」
「少し、な。私もちょっと手伝って来る」
正直に悔しさを吐露したエレンはサッとその輪の中に入って行きテセウスさんから指示を仰ぎ一緒に薬の調合を始めた。
エレンはほんと素直ないい子だなー。
悔しくてもちゃんとそれを認めて、自分を成長させることでその悔しさを乗り越えようと努力する。
それがみんなから好かれる理由だろう。
「エレンはすごいな」
「おう、俺の自慢の幼馴染だからな」
ロバートと視線をかわし、ふ、とお互い笑い合う。
しんみりするのは今じゃない。
エレンが加わったことにより調薬の速度が上がったらしく、あっという間に緑珠奪還の鍵を握る森の主を眠らせる秘薬の試作が完成した。
「出来た……!」
試作は液体の状態で、青汁のような見た目だった。
「魔力の高い材料だったから、材料が混ざり合うタイミングを見極められるのがテセウス様だけだったんだけど、魔力が高すぎてお互いの魔力が反発し合ってしまって、そのテセウス様でも手こずっていたんだ。そこに、ジョンの持つ魔力の性質が、別々の魔力の結び付きを良くするのに最適な魔力であっという間にこの問題はクリアした!ただ次に、薬に残ってしまったジョンの魔力は強すぎて、森の主に薬を気づかれるか飲み込んだ後身体に影響を出してしまうかもしれない、そういう問題があったんだが、そこはエレンが薬から闇の魔力を使ってジョンの魔力を抜いてくれて完成が実現したんだ!まさに一人一人では完成させることができなかった。それは三人の薬師が力を合わせることにより作り上げた、至高の秘薬なんだよ!」
テンションが爆上がりしているヘンリー先生が一気にそうまくし立て、俺たちはその勢いに少し押されていた。
「ソ、ソウデスカ……」
そう言うことしか出来ず、ただ頷くことしかできない。
ヘンリー先生が暴走した時いつも止めてくれるテセウスさんもエレンも、薬の完成でテンションが上がっているらしく、いつもより落ち着きがなくソワソワしている。
「あとはこれをどの形状に仕上げるかだな」
「ハヤテくんは森の主の好物に混ぜたらどうかと言っていたが特に好んで食するものはなんだったかな?」
「それについては、こちらに来る時ジェイド隊長に頼んでおきましたので調べておいてくれてると思います」
ヘンリー先生がそう言うと、テセウスさんは顎に手を当て少し考える。
「そうか、じゃああと数パターン薬を仕上げたらそれを持って緑珠へ行ってもらおう。仕上げはエレンでも出来るだろう。ヘンリー、サポートを頼む」
「かしこまりました」
その後、テセウスさん、ジョン、エレンの三人はすごい連携を見せ、配合を少しづつ変えた試作品を数パターンあっという間に作り上げた。
「森の主と言われる森の主をも眠らせる、強力な薬だから扱いは十分気をつけて。シノブくんの闇の鎧の収納が一番安全かな?」
「わかりました、お預かりします」
にーちゃんはそっと森の主の眠り薬を受け取り、闇の鎧へ収納した。
「薬、完成したね」
ロバートがそうぽつりと呟く。
俺は少し震える指先で、にーちゃんの闇の鎧を撫でた。
「あぁ。あとはこれを森の主が口にしてくれれば……」
そこにテセウスさんが声をかける。
「薬は鮮度が高いほど効果も高い。君たちには明日、緑珠へ向かってもらうことになる。頼んだよ」
「はい!」
テセウスさんに向かい、俺たちは声を揃えて返事をした。




