6.炭酸
テセウスさん、エレン、ロバートが各自その場にあった適当な空き瓶を手に、期待の眼差しを向けてくる。
その瓶の中に俺は少しづつレモンソーダを注いで行った。
瓶の中でレモンソーダはシュワシュワと泡を立てている。
「あれ、にーちゃんは飲まないの?」
羨ましそうにこちらを見つつ、空き瓶を用意する素振りを見せないにーちゃんに声をかけると、悔しそうに目を逸らした。
「僕……ジョンのその魔法にアレルギー出るらしくて多分飲めない……っ!」
あぁ、この炭酸、元はジョンの魔法だもんな……
俺はそっと、空き瓶にただのレモン水を注ぎ、にーちゃんの前に差し出した。
その時ジョンと、パチ、と視線がぶつかる。
サッと直ぐに逸らされたけど、あれは……
「ほら」
「え?」
ジョンの前に、俺の分と半分こしたレモンソーダを注いだ瓶を差し出す。
「飲みたいんだろ?」
「いやでも……いいのか?」
おずおずと手を伸ばし瓶を受け取るジョンの背中を、俺はパシーン!と叩く。
「いいも何も、これはジョンの魔法がないと作れないからな。味見してみてくれよ」
「……ありがとう」
全員に配り終わったところで、俺は我慢が出来なくなり「んじゃ、いただきまーす!」とレモンソーダに口をつけた。
パチパチと口の中で弾ける泡と感覚とスっと鼻を抜けるレモンの香りが相まって、めちゃくちゃ美味しい!
一口で終わるのが勿体ないくらいだ。
「うめー!」
「うわ、これも口の中がパチパチする」
「俺の魔法にこんな使い方が……」
一口づつとはいえ今まで味わったことの無い感覚にロバート、テセウスさん、ジョンが感激していた。そんな中、エレンだけが何か考え込んでいた。
「エレンの口には合わなかった?」
「あ、いや……」
「あー!!」
エレンの言葉を遮るように、ヘンリー先生がつかつかとこちらのテーブルに近寄ってきた。
「テセウス様、なかなか戻ってこないと思ったら何か飲んで休憩してるし。あ、ハヤテくんのレモン水?ってそんなことより!森林竜の角を扱えるのはテセウス様だけなんですから早くこちらに戻ってきてください」
「いやーそうなんだけどね。森林竜の角とシノブくんのとこの高濃度瘴気水がなかなか混ざらなくてちょっと息抜きに……」
グイグイと寄ってくるヘンリー先生に気圧されテセウスさんはごめんごめんと謝っている。
「あまり時間もないんですから」
「確かにそうだね、薬作るにも時間がかかるし、もう戻るよ……ん?」
そこで何か気づいたようにテセウスさんは固まる。
「あ、そうか……そうすれば……いやでもそうなると完成した時に……いや、ならその時は……」
急にブツブツと独り言を言い始め何か考え始める。そして結論が出たのか、ガッとジョンとヘンリー先生の腕を掴むと
「すまない、少しジョンを借りていくよ」
「え?」
「ちょ、テセウス様?!」
「エレン、もしかしたら後で手を借りるかもしれないからその時はよろしくね」
と、2人を引きずり薬師たちの方へ足早に戻って行った。
「な、なんだぁ?」
急に静かになったこちらのテーブルには呆然とする俺たちが残された。
「そう言えばエレン、さっき何考えてたの?」
「え?」
「レモンソーダ飲んだあと」
さっきの考え込んでいたエレンが少し気になって、俺はそう尋ねてみた。
「あぁ、あれか。いや、大したことではないんだ。ジョンが地下牢に入れられた時、彼の荷物からあの自作の回復薬を見つけたんだが、その時回復薬の出来を確認した時はあんな風に口の中で弾ける感覚はなかったなと思ってな」
「あ、そうなんだ?じゃあ毎回パチパチする訳でもないのかもね」
「いやしかし、あの作り方だと毎回魔法を無意識に使っていそうなんだがなぁ」
うーん、と考え込むエレンに俺は思いついたことをポロッとこぼす。
「炭酸の気が抜けてたんじゃねぇの?」
「気が……抜ける?」
「俺たちの世界だと、炭酸って放って置くとどんどん無くなるんだよ。飲みかけの飲み物とか一日置いたら結構炭酸なくなるしなー」
「……あぁ、確かに中身を確認したのは使いかけの瓶だったな」
俺の思いつきの助言で納得したようでエレンはうんうん頷いていた。
「ハヤテたちの世界は面白いものがあるんだな。あのパチパチな感覚は面白いからこちらでも流行りそうなのに。とりあえずジョンの回復薬はそのままにしてみるか?」
そのままエレンはブツブツと今後のジョンの教育方針を考えたのかテーブルの上にあった紙にメモを書き始めた。
その様子を見ながら俺とにーちゃんとロバートは他愛のない雑談をして時間を潰す。
「あのパチパチ、いいな。俺、ジョンに頼んでたまに作ってもらおうかな」
「いやそれジョン可哀想過ぎねぇ?」
「じゃあなんかデカい桶に水貯めてそこにジョンの魔法でパチパチにしたやつ使ってレモン水作るとか」
「いや、時間置いたら炭酸抜けるんだから結局ジョン可哀想だって」
「俺たちの世界なら炭酸水湧いてくるのにな」
「そうそう……って、え?!」
ロバートと話してる中、にーちゃんが言った一言に俺は相槌を打って、自分で驚いた。
「え?炭酸水って自然に湧いてくるの?!」