4.調合
「え?!」
「瘴気水?!」
俺とにーちゃんで面食らう。
「この濃度を日常的に摂取するとは……ワタリビトたちの世界を見てみたいと思ったが、ある程度瘴気耐性がないと直ぐに倒れてしまいそうだな」
何故かガッカリしながらテセウスさんはペットボトルの水を見つめる。そして俺に向き直ると、
「ハヤテくん、この水、薬の原料にしたいのでもらってもいいかな?」
と、ペットボトルを揺らしながら確認を取る。
「もちろん!いや、むしろ使ってください」
「ありがとう。では早速仕上げに入るか」
そう言うとテセウスさんたちは薬の作業に戻って行ったので、また俺たちは手持ち無沙汰になる。
しばらくするとエレンがジョンを伴って戻ってきた。
「ジョン?!」
エレンの後ろからひょっこりと顔を出したジョンは俺たちを見つけるとペコリと頭を下げる。
「あれ、目が覚めないって言ってたけど……てゆーか寝てなくていいの?!」
「あぁ、もうなんともない。元気なのに寝てるのも勿体ないからエレンに薬学を教わろうと思って」
東の森でエレンに食ってかかっていたあのジョンとは思えないくらい別人のようにスッキリとした顔をしていた。
俺たちが戸惑っていると、テセウスさんがこちらに気づきエレンに声をかける。
「エレン、どうやって起こしたんだ?」
テセウスさんの顔は、「さすがウチのエレン!」と言う親バカの表情と「まさか暴力に訴えて強制的に……?」と言う不安な表情が混ざった顔をしている。
当のエレンは気にする様子もなく、飄々と「回復薬を与えただけだ」と言った。
「回復薬?でも上級を与えても目覚めなかったのに……」
「ジョンの作った自作の回復薬を与えたんだ。ちょうど押収したカバンがまだ残っていたようだったからそこから拝借した」
「自作……?」
「恐らく雷に打たれたことによって自身の魔力回路に異常が出たんだろう。そのせいでただの回復薬ではそこが回復せず意識が戻らなかったんだろうな。そこで思い出したのが、以前こいつが作っていた回復薬には微量に雷属性の魔力が混ざっていたことだ。それを試しに与えてみたところ、その魔力回路にも上手く雷の魔力が結びついて回路の異常を修復し、意識が回復したようだ」
エレンの流れるような説明を受け、テセウスさんはどこか納得したような顔をしていた。俺は「ジョン、意識戻ってよかったな」と理解することを放棄した。
「意識が戻ってからはどこにも異常がないから、寝ててもやる事ないし。だったらせっかくエレンが戻ってきたなら薬学教わることにしたんだ。結局みんなが黒の大陸に行ってる間はバリー副団長との特訓しかしてなかったから……」
言われてみれば、体格が少し良くなった気がする。
バリーズブートキャンプ、やべぇな。
「とりあえず基礎と独学の違いを確認しよう。そこの空いているテーブルでいつも自分で作るように回復薬作ってみてくれ」
エレンがジョンを促し、空きテーブルに調薬の機材を準備していく。
俺たちはやることがないのでその様子を見学することにした。
テセウスさんも気になるのか、後ろから覗き込んでいる。
……てかテセウスさんとエレンって確かこの国のトップレベルの薬師じゃなかったか?ジョン、環境がかなり恵まれてるんじゃ……
そう思って授業参観の気分でジョンの回復薬を作る工程を見守る。
「……じゃあ、行きます」
揃えられた薬草をパパっと手早く混ぜ合わせ、回復薬の仕上げ、花の蜜と混ぜ合わせあっという間に完成させる。
「はやっ!」
以前ヘンリー先生に回復薬の作り方を見せてもらった時とは比べ物にらならない早さだった。その分作り方が雑だった気がするけど、でも確かジョンの作る回復薬って上級の効果があるんだよな?
この雑さで上級ならエレンも太鼓判押すよなぁ。
そう思ってエレンとテセウスさんを見ると、二人とも固まっている。
「ふ、二人ともどうした……?」
声をかけると、は!とこちらの世界に帰ってくる。
「え……早いな……?」
「ていうかよくその雑……適当……大雑把な手順でこの効果のものが作れるな」
テセウスさん、言葉選んでるけど漏れてるよ……
「なんだ?何故この速度で薬草の魔力が混ざるんだ?」
エレンがしげしげとジョンの作った回復薬を観察している。
それを見たテセウスさんがジョンに何か伝えると、ジョンは頷きもう一度同じように回復薬を作り始める。
途中テセウスさんがジョンの背中に手を当てつつ、アドバイスをしながら完成させたものは、とても回復薬と呼べるものではなかった。
「……雑草のスープ?」
テーブルの上に置かれた回復薬、のようなもの。
それはおままごとでそこら辺の葉っぱをぐるぐるすり潰して水を混ぜて作った、と言われて納得するような見栄えのナニカ。
「テセウス、何を言ったんだ?」
明らかにテセウスさんの指示でこうなったので、エレンも気になったんだろう。そう尋ねる。
テセウスさんは肩をすくませながら、
「ちょっとね。回復薬を作る時に彼の魔力が混ざると言っていただろう?だから魔力が混ざりすぎないよう、ちょっと魔力の流れについてアドバイスをしたんだ。そして出来上がったのはコレ」
と、机の上の雑草スープを指さした。
「彼の調合の早さは恐らくその魔力が元だな」