68.グルグル
この世界には電気は無い。
なのでもちろん、船にエンジンなんてものも、当然無い。
行きには入らなかった船の船底部にある部屋に連れていかれた時、ライアンが降りた時に言った「久々の肉体労働」の意味を知ることになる。
「奴隷が回させられてる謎の棒ー!!!」
部屋に入った瞬間、俺は思わず叫んだ。
でも仕方が無いと思う。
部屋の中にはよくマンガとかで奴隷が意味もなく回させられている謎装置が鎮座していた。
縦に伸びた柱に横向きに十字になるように組まれた棒を四人がかりで無意味に回すアレだ。
「これは送風装置よ。魔法で風が起こせない時にこれを回すと帆の近くに設置された羽が動いて風を起こすの。その風で船が進むのよ」
ジェシカが装置の説明をしてくれる。てことは……
「もしかしてライアン、さっきこれを一人でぐるぐる回してたのか?」
「おう。さすがに目が回ったわ」
四人がかりの装置を一人で回したことに対する疲れは全くなさそうで、改めてライアンの筋肉に感心する。
「さ、魔法が使えるようになるまでソレを回してちょうだい。アタシは上階で操舵してくるわ」
バチン、とウインクひとつを残し颯爽とジェシカはこの部屋を立ち去る。
「……じゃあ、回すか……」
さっきまで一人で回していたライアンには休憩してもらって、俺たち四人で棒をつかみぐるぐる回す。
ガラガラガラ……
初めは重かった装置も、ある程度回し続けると途端にぐっと軽くなる。
ちょっと楽しくなってきた気持ちと、若干の虚無感と戦いながらしばらく棒を回し続け、いい加減目が回り始めた時、上階からライアンが降りてきた。
「おつかれ。したら俺がまた変わるからお前たちは外の空気でも吸ってこいよ」
結構限界が近かったのでライアンの言葉に甘え、俺たちは甲板へ出ることにした。
「うわ、すごい気持ちいいー」
着ている方が体調がいいから、と黒衣の帝王から魔力を分けてもらった闇の鎧をずっと纏っていたにーちゃんも、甲板に出ると兜を外して外の風に当たっている。
「あ、あれ見てよ!」
ロバートが指さした方角は黒の大陸の見える方。
以前は黒い霧に覆われて島の様子が見えなかったけど、今はその霧も晴れ大陸の様子がハッキリと見えるようになっている。
本当に瘴気浄化出来たんだなー。
俺たちだけだったら完全な浄化は出来なかったと思う。
あの石像が力を貸してくれたからこそ、あの浄化の魔石は本領を発揮してくれた気がした。
「すごいな、あの大陸があそこまで見えるようになるなんて」
「あの港町に住んでた人とか、早く家に帰れるといいよね」
エレンとロバートの会話を聞いていると、また左肩がズキリと痛む。
そうだ、湿布もらわなきゃ!
「あのさエレン。湿布みたいの持ってない?」
「湿布?」
エレンは湿布自体を知らなさそうだった。
それもそうか、この世界の人基本的に回復魔法か回復薬で全快になるもんな。
湿布なんて非効率的なものあるわけがなかった……
俺は、湿布は打ち身の時に患部を冷やしたり温めたりして炎症を抑える薬だとエレンに説明する。
「ハヤテやシノブは怪我をするとそういう薬で治すのか」
「あぁ。俺たちの世界には回復魔法も回復薬もないからな。薬を飲んで時間をかけて治すんだ」
「そうなのか。ただすまない。こちらではそのような研究はあまり聞かなくてその湿布とやらも持ち合わせていないんだ」
しょんぼりとするエレンに俺は慌てて手を振る。
「いや、気にしないで!回復魔法や回復薬がこんなに広まってるなら普通使わないだろ」
「……いやでも、シノブのように回復魔法がかけられないものや、もしかしたら回復薬すら飲めないものもいるかもしれない。薬草の研究の一環としてそれは今後組み込もう。ありがとうハヤテ」
「お礼なんていいよ。それよりこの肩の痛み、回復薬効かないのは困るよなー」
「……回復薬が効かない?ハヤテはいつも回復できてただろう?」
エレンが目を丸くしている。
「そうなんだけどさー。魔素がないせいか回復薬も今効かないだろ?」
「魔素がないと回復薬が効かない?そんな話は聞いたことがないぞ」
そう言うとエレンは躊躇いなく自分の手のひらをナイフで切った。
「ちょ、エレン?!」
そしてすぐに懐から回復薬を取りだし飲みきった。
すると、手のひらの傷はスっと消えていく。
「あれ?魔素戻った?」
エレンの塞がった手のひらの傷を見て、魔法が使えるようになったのかと俺は魔力で水を出そうとするものの、まだ魔法は使えないのか水は出てこない。
「ハヤテ、今見たとおり回復薬と魔素は関係がない。ちょっと傷を見てもいいか?」
「あ、あぁ」
俺は鎧を外し、上着を脱いで左肩を出す。
チラッと見てみると肩は青紫色になっていた。
「これは……」
エレンが俺の方を見て難しい顔をする。
「ちょっと待ってろ」
そう言って数種類の薬草を取り出すとそれらを混ぜペースト状にしたものを布に塗り、その布で俺の肩をキツく縛る。
「王都に戻ったら他に色々薬草を使ってみる。とりあえず今は痛みを取る薬草をメインに塗ってみた。暫くはこれで様子を見てくれ」
「わかった、ありがとう」
少しひんやりとしたその薬草ペーストのおかげか、少し痛みが和らいだ気がした。
難点は服が薬草の液で緑色に染まっていくこと……
く……背に腹は変えられない……
俺はその斑に緑の服の上から再び鎧をつけた。
そんなことをしているうちに、俺たちの乗った船はピスカの町の港へ向かって入港していく。
俺たちと交代してから船の速度がグッと上がって、あっという間に着いてしまった。
……ライアンの馬力、スゴすぎるんじゃないか?
「これはなんのために回すんですか?」
「意味はない」