67.短い滞在
大きな帆をはためかせながら、ゆっくりと船着き場にその帆船は着港した。
錨をおろし、桟橋に降りたタラップからジェシカとライアンが顔を出す。
「遅くなってごめんなさい、魔法が使えなくて速度が出せなかったのよ……」
「ひっさびさに身体動かしてスッキリしたわー」
肩をぐるぐる回しながらライアンは桟橋に降り立つとぐぐっと背中を伸ばした。
「これが……黒の大陸……」
「なぁんだ、黒の大陸なんて言うからもっとおどろおどろしい場所かと思ったら結構ステキな町じゃないの」
ライアンの後ろからジェシカも降り、すっかり黒いモヤの晴れた街並みをキョロキョロと見回してため息をこぼしている。
「俺たちがここに来た時は完全にヤバい街だったよー。な、エレン」
「あぁ。黒いモヤが立ち込めていて暗いし、街灯に灯りをつけても薄暗くてな。ロバートがビビってしがみついてきたりしたしな……ふっ……」
あの時のロバートを思い出したのか、エレンは声を殺しながら笑っている。
ていうか……
「エレン、気づいてないけど普通に会話してるぞ?」
「よっぽどあの時のロバートが面白かったんじゃね?」
「いや、元はと言えばハヤテが叫び出したから!」
「だっていきなり足元をネズミが走り抜けてったんだよ、ビビるだろ?!」
「ネズミ?」
俺とロバートでコソコソ話をしていると、エレンがうっかりジェシカとの会話に入ったことに気づいたのか、今更ながらスン、とした顔をしている。
でもよく見ると耳が赤い。
ジェシカに対する反抗期もあと少しで終わりそうだな。
そんな感じで見守っていたら、不意に左腕がズキっと痛む。
あー、吹っ飛ばされて石像にぶつかった時の……
後でエレンに湿布的なものないか聞こう。
左腕をさすりつつ眉間に皺を寄せているとにーちゃんがそれに気づいた。
「疾風、腕どうしたの?」
「あー、神殿でちょっとぶつけてさ。でも動かせないとかじゃないから大丈夫」
「そっか。でも一応回復しておきなよ……って、回復魔法、今は使えないんだっけ。じゃあこれ飲む?」
「ありがと」
にーちゃんは鎧から回復薬を出すと、俺に手渡してくれたのでありがたく受けとって飲んでおく。
「どう?痛み」
「うーん、あんまり効いた感じがしないなー。これも魔素の影響とかあんのかな?まぁ、魔法使えるようになったら回復魔法あるし、もしかしたら今飲んだ回復薬がそこで効き目発揮するかもしれないし少し様子見るよ」
「痛くなったら我慢しないで教えるんだよ?」
「にーちゃん、俺の事いくつだと思ってるの……」
「いくつになっても心配くらいはさせてくれよ」
くしゃくしゃ、と俺の頭を撫でにーちゃんはジェシカたちの方に向かった。
「上陸したばっかりで申し訳ないんだけど、すぐに向こうの大陸に戻ることは出来る?どうやら瘴気が少し黒の大陸から王都のある大陸に漏れ出たみたいなんだ。被害状況を早急に確認したい」
「え?!」
「なんですって?!」
にーちゃんの言葉にジェシカとライアンが顔を見合わせる。
「瘴気って……」
「じゃあアレ……」
「何かあったの?」
言葉を詰まらせる二人にロバートが聞いた。
「実は狼煙が上がる前に、待機していた場所で黒い風が吹いたのよ」
「黒い風?!」
それって瘴気じゃ……?!
そう思ったものの、当の本人たちはケロッとしている。
「えぇそう。黒い風。でも特に体調に悪影響はなかったから、そういう自然現象なのかと思って……」
「その後すぐに、ちょっと白く光ってるように見える風がその黒い風の後を追うみてぇに吹いてよ。したらその白い風のが通り抜けたあとは、黒いモヤが晴れて黒の大陸がよく見えるようになったんだ。んでその少しあとか。狼煙が上がったのは」
「そうよ。狼煙が見えて、急いで風の魔力を起こして船を向かわせようとしたら……」
「風の魔法が発動しなかったって訳よ」
多分、瘴気爆発が起きて、黒衣の帝王の結界から漏れた瘴気が黒い風になって吹いたんだ……
んでその後、浄化の魔法が後を追って浄化した……
それってやっぱり瘴気だったんじゃ……?
「え、もしかしてその黒い風が瘴気だったってこと?」
「そのすぐ後に浄化されたからこんな元気ってことか?だとしたらすげえな、浄化の威力」
手をグーパーして身体の異変がないか調べているライアンが感嘆の声を上げた。
ジェシカもお腹の辺りをさすったりして驚きを隠せずにいる。
「気持ち悪さとか、全く感じなかったわよ?すごいのね、浄化って。前だったらアタシ、瘴気に少し触れただけで倒れてたもの」
「じゃあ瘴気浴びても直後に浄化の光浴びてれば大丈夫ってことか?」
ジェシカの言葉に俺がそう返すと、難しい顔をして首を振った。
「一概にそうとは言えないわ。もしかしたら違う要因もあったのかもしれないし。なんにせよ早く町に戻って様子を見た方が良さそうね。魔法が発動しないとスピードも出せないし、とりあえず出発して戻りましょ!」
結局船から降りても桟橋から離れることなく、ジェシカとライアンは船に戻る。
「次にこの町に降りる時は、賑わってるところが見たいわ」
「同感。美味い飯とかも食いたいな」
「もう、ライアンはそればっかりね」
さっさと船に戻り、出航の準備を始めた二人のあとを追い慌てて俺たちも乗船する。
二人の言うとおり、次はこの無人の町に人がたくさん溢れて笑顔で迎えてくれますように。
振り返り、誰もいない桟橋を見つめながら船は再び船着き場を離れゆっくりと沖へと出発した。