63.一難去ってまた一難
螺旋階段を急いで駆け上がり、俺とロバートはにーちゃんとエレンの元へ戻る。
二人は神殿の入口にいた。
床に座り込んでいたにーちゃんはこちらに気づくと動きづらそうに立ち上がる。
「黒珠は元の祭壇に戻してきた。欠片も採取してきたからあとは帰るだけ!……それより、にーちゃんほんとに大丈夫?」
「あーうん。ちょっと身体が重くて動きづらい感じがするだけ。黒珠、戻してきてくれてありがとう。そしたら王都のテセウスさんに任務完了の知らせ入れようか」
そう言って懐からテセウスさんと連絡が取れるというにーちゃんが魔力を溜めていた通信用の魔石を取り出す。
「……あれ?」
「どうした?」
魔石を握ったまま首を傾げているにーちゃんにエレンが声をかける。
「いや、なんか魔法が発動しなくて」
「え?」
にーちゃんの言葉に俺たちは慌てて各々魔法を使ってみる。
「……ほんとだ……」
三人ともそれぞれ別の魔法を発動しようとしてみたけど誰一人、使える人はいなかった。
「……あれ、待って?!そしたらコレ、どうするの?!」
ロバートが慌てて、ジェシカから預かった船を呼び戻すための狼煙の筒を取り出す。
「炎よ!」
身体の中に火の魔力を巡らせ、指先に集中して呪文を唱えてみてもやっぱり炎どころか煙も起きない。
「どうなってんだ?!」
自分の指先を見て、指を擦り合わせてみたり手を叩いてみたりしても変化は見えない。
そんな中、エレンが難しい顔をしながら仮説を出した。
「魔法というのは、空気中にある魔素を起点として発動するんだ。魔素は大きな目で見れば、すごく薄くなった瘴気みたいなものなんだ。もしかすると先程の浄化でここいらの魔素も瘴気と共に浄化されてしまったのかもしれない」
「魔素が……浄化された?」
「それってつまり、魔法が発動しないってこと?!」
こくん、とエレンが頷く。
「恐らく。ただ魔素は時間が経てば自然発生するからそのうち使えるようになるとは思うが……」
「それがいつになるのか分からない、ってことか」
にーちゃんが言う通り、そのうち使えるようになるんだとしてもその頃に迎えに来てもらったら、戻るのが遅くなるかもしれない。
さっきの瘴気爆発が王都にどんな影響を出してるか分からないし、その流れで緑珠の方が悪い影響を受けているかもしれない。
一刻も早く戻らなきゃならないんだけど……
「……あ!」
なにか出来ることは……と考えていると、にーちゃんが大声を出した。
「なにか思いついた?」
「思いついたって言うか、思い出した。ハヤテ、神殿の中で窓から見た外に炎の塔があるって闇の鎧の魔石が言ってたの覚えてる?」
「炎の塔……あ!なんか聖なる炎ってのがずっと燃え続けているって言ってたヤツ!」
「それ。その炎の火なら狼煙に火をつけられるんじゃないかな?」
「それだ!」
俺はその場にいなかったロバートとエレンに、闇の鎧の魔石から聞いた話をしてあの時の窓の外に見えた塔を探す。
「あ、あそこ」
神殿の周りをぐるりと回り込み塔を探すと、それらしき塔を見つけた。
あの時窓から見た時はすごく大きく見えたけど、実際に近寄ってみると十メートル程の高さでそんなに高くはない。
ただ……
「ねぇ、これどっから入るの?」
「入口がないな」
ぐるっと塔を一周してみても入口らしき扉が見当たらない。
「……もしかしたら、魔力感知式の扉なのかもしれないな」
「魔力感知式?」
「あぁ、鍵の代わりに決められた魔法を決められた場所に放つんだ。その魔法が何か、どこに放つのかわからない者は入れない。防犯としては最適だが……」
「今の俺たちにとってはどうしようもないな」
打つ手がなくなり、塔を見上げると塔の中程にぽっかりと空いた穴らしきものが見えた。
窓らしきものはなく、本当に塔に四角く窓のように穴が空いている。
「あれ、窓か?こんなに入口厳重にしてるのにあんな風に塔に穴が空いてて大丈夫なのか?」
俺が指をさすとエレンもそこを見上げる。
「ああ、あれは非常時の脱出用だな。恐らく普段は魔力で結界でも張ってたんだろう」
「魔力の結界?てことはもしかして……」
あそこがもし普段魔力で結界が張ってあったんなら、今は通れるんじゃないか?
そう思って俺は手頃な大きさの石を拾うと、その塔の穴に投げ込む。
……届かなくて塔の壁に石が当たって落ちた……
「何をやっているんだ……」
呆れ顔のエレンに、あの窓から入れないか確認がしたかったことを伝えると、あぁ、と言ってエレンがクロスボウを構え矢を塔の穴に向かって発射した。
その矢は一直線に向かい、するりと塔の中へ吸い込まれた。
「あの窓からなら入れそうだな。ただ魔法は使えない、周りに踏み台になるようなものもない。どうやって入ると言うんだ」
振り返ったエレンに俺はにやり、と勝ち誇った笑顔を向ける。
塔は擁壁、つまり石を積上げて作られているような壁で、その壁はパルクールで登りやすいとされている作りだった。
「俺の本領発揮、と行きますか」
久々の感覚に胸を躍らせつつ、俺は準備運動を始めた。