61.雷鳴と共に
声が聞こえると同時に、勢いよく黒い繭へ黒いモヤが流れ込み触手もシュルシュルと繭へと戻って行った。
そのまま黒いモヤが渦を巻き始め、どんどん中心へと集まっていきその黒い色はどんどん漆黒になっていく。
そして野球のボールほどにまで小さくなったソレは、さっきまで黒い繭があった場所の床の上に、カツン、と転がった。
「……あれは、黒珠……?」
エレンがその野球ボールの石を見て呟く。
その声に答えるように声が響いた。
『その通り。前回の瘴気爆発の衝撃で砕けた欠片をアンデッドたちが取り込んでいたんだ。そのおかげで欠片には大量の瘴気が溜め込まれていた。さっきの浄化でアンデッドの存在は浄化出来ても欠片の瘴気はそのままだったから取り込ませて貰ったぞ』
勝ち誇ったような声でその黒珠から偽ロバートの声がする。
『どうやらこの大陸で瘴気を押し留めている魔力結界もそろそろ限界のようだからな。今ここに溜め込んだ瘴気を爆発させれば魔力結界は砕け、瘴気は世界中に溢れるだろう。ふは、楽しみだ』
「そんなことさせるかよ!」
瘴気で穢された黒珠を掴もうと近寄ると、そこから威嚇のように瘴気が吹き出す。
『おっと、気をつけろよ?衝撃を与えたら瘴気爆発を起こすぜ?』
「う……」
手も足も出ず、どうしようかとにーちゃんたちを振り返る。
「僕の闇の剣で魔力吸ってみる?」
「いやでもかなりの魔力量がありそうだ。爆発しない程度まであの穢れた黒珠から魔力を吸い出すのにどれだけ時間がかかるか……」
「でも、何もしないよりはマシじゃないか?」
俺たちが話し合っていると、楽しそうな偽ロバートの声がする。
『まぁ、せいぜい足掻いて見せろよ、人間』
偽ロバートがそう言うと、溢れ出ていた瘴気が再び黒珠へ吸い込まれ、見た目はただの黒い珠となった。しばらくじっと、観察してもとりあえず今のところは動きはなさそうだ。
でも衝撃を与えるなって……
「どこからが衝撃になるんだろう?動かしてもダメってこと?」
「動かさずにって言うならやっぱり闇の剣?」
にーちゃんが闇の剣を持ち、一歩動いた途端。
『ちなみに』
「うわ!」
さっきまで沈黙していた偽ロバートの声が突然聞こえる。
その声に驚き、にーちゃんは出した一歩を戻し元の場所に戻ってきた。
『俺は、衝撃を与えなければ大丈夫、とは一言も言ってないからな。さぁ、楽しもうぜ!』
そう言い放つと同時にゴゴゴゴ……、と地響きがしたと思ったら身動きが取れないほどの勢いで黒珠から瘴気が噴き出す。その勢いは瘴気の出処が野球ボールサイズの黒珠にも関わらず、まるで間欠泉の蒸気のように勢いが凄まじい。
その瘴気はそのまま屋根を突き破り、みるみるうちに神殿の外へ溢れ出ていった。
「まずい、このままだと瘴気がこの辺に溢れるぞ……」
ただその勢いにどうすることも出来ず、どうにか黒珠の元に近寄るとぐいっと手を伸ばす。
そっと指先で触れると既に瘴気が噴出し始めているせいか特に変化は見られない。
そのまま一本、二本……と指を増やしていきゆっくりと黒珠を握り込む。
刺激を与えないよう持ち上げると噴き出す瘴気が落ち着いていき、しばらくすると黒珠から瘴気が出なくなった。
「これ、もう大丈夫なのかな?」
「大丈夫、ではないな。見ろ、上を」
エレンに促され、天井を見上げるとぽっかりと空いた穴はこの地下の部屋の天井、つまり一階部分の床と、更にその一階部分の天井も突き破り空が見えていた。そこにはここに来る時に霞んでいた黒いモヤと比べ物にならないほど真っ黒な雲のようなものが浮かんでいる、
「外に出よう!」
エレンの後に続き俺たちも階段へと走る。
この部屋の入口を抜ける時、ふとあの石像に視線を走らせる。
さっき、サンキュな。
何となくさっきの部屋の浄化をこの石像が手伝ってくれたような気がして心の中でお礼を言って俺はその部屋を後にした。
バタバタと外に出ると神殿の上には、屋根から未だ噴き出す蒸気のような瘴気で出来た、不自然なくらい黒い雲が不気味な音を轟かせながら蠢いていた。
その黒い雲は、にーちゃんが攫われた時に見た東の森のものとは比べ物にならないほどの大きさになっている。
東の森の瘴気溜りであの大きさの被害なら、この雲が爆発したらどれだけ広まってしまうんだろうか……
ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が聞こえる。
それほどの静寂が俺たちを包んでいた。
その静寂を破るように、久々に闇の鎧の魔石の声が聞こえる。
──神殿の外に出たか……あの魔力を阻害する感じも消えたな。
「闇の鎧の魔石!復活したのか」
──あぁ。あの魔力阻害はあのアンデッドの仕業だな。黒珠の魔力と以前の瘴気爆発の瘴気を取り込み力を得ていたか。
「闇の鎧の魔石の声が届かなくなったのもあの偽ロバートのせいだったのかよ……」
「ハヤテ待って、そのネーミングすごく俺が悪く聞こえる……」
「んな事言ってもそう呼ぶしかないだろ?」
「そうかもだけど……」
──あやつは不死を統べる者、アンデッド・ロードのようだな。アンデッドの中でも自我が芽生えたものをそう呼ぶ。
「うげ、不死を統べるって……やっぱ死なねぇのかな。さっきの浄化にも耐えたみたいだし」
「さすがに今ハヤテが持ってるネックレスの浄化の魔石使えば浄化されるんじゃないの?てかどう?そろそろ浄化魔法発動しそう?」
心配そうに俺の持つ浄化の魔石のネックレスをのぞき込むロバート。
「いや、さっきから魔力注いではいるんだけど、何となくまだ発動させるには早そうな感じがするんだよな」
「まだ魔力足りないってこと?」
「おう」
魔力を注いでも中々変化が見られない浄化の魔石のネックレスに焦りを感じ始めた頃、先に動きを見せたのは空に蠢く黒い瘴気の雲だった。
「あれ、なんか雷みたいな光が見えない?」
にーちゃんが蠢く雲を指さす。
確かに時折雷鳴のような音がし始めていた。
パリッ!
一瞬乾いたような音が聞こえた刹那。
ドドドドドッ……!
耳を塞いでも塞ぎきれない轟音と共に光の柱が上がる。稲光が上へと上がっていった。
バリーンッ!!
さらに弾けるような音がすると、黒い雲を纏った雷鳴が空の上を駆け抜け、四方八方へ飛び散っていく。
それに釣られるように瘴気がこの場を中心として噴火のように空へと舞い上がった。