59.繭
「浄化?……あぁ!そうそう。アンデッドって浄化しないとダメだって聞いたから俺浄化したよ。成功したみたいでよかった」
「成功どころじゃないよ!普通はアンデッドを浄化したらすぐ効果は切れるはずなのに、アンデッドが浄化された後もしばらく部屋の中の浄化効果が続いてて……匂いそんなにキツくなかっただろ?初めはもう少し息もできないくらいの腐臭になってたんだ、この部屋」
え、浄化ってそんな消臭剤みたいな仕事もしてくれるの?
「あと多分だけど、あれ」
ロバートの視線の先にはラースを燃やしたという白い炎。
「あの炎も多分浄化効果付いてるんだと思う。だからラースの身体、燃え尽きたんじゃないかな?」
「あ、焼きながら浄化されたってこと?」
「多分だけどね。それにしてもここに来てまたハヤテに驚かされるとはなー。相当魔力使ったんじゃない?」
「あぁ、エレンにもらった魔力回復薬で全開になってないから結構底を突くくらいまで魔力注ぎ込んでたかも」
さっき背中を打ち付けて気絶したのかと思ったけど、もしかしたら魔力切れも起こしていたのかもしれない。
そんなことをふと思い出して腕がズキっと痛む。
あー、回復薬も飲んだけど背中の傷しか回復しなかったかー……
ズキズキと痛む腕を押えつつ、ぼんやりと白い炎を見ていると部屋の奥に祭壇らしきものがあるのが見えた。
「なあ、あれなんだった?」
その祭壇の方を指さすとにーちゃんが肩を竦めた。
「あれは空っぽの祭壇。部屋が明るくなった時、黒珠が納められてるのかと思って見に行ったんだけど、あそこは棚しかなかったよ」
「なんだ、じゃあここが黒珠の間じゃなかったのか」
ここに黒珠があると何故か確信していただけに、拍子抜けする。
「作り的にはあそこに黒珠があったと思っても良さそうなんだがな」
「近くにはなかったんだよね」
エレンとロバートも顔を見合わせる。
なんだ、じゃあ別の部屋を探しに行かなくちゃ……ここに入ってきた時の扉へ向かおうと身体を反転させると、白い部屋の中に少しづつ黒い煙のような筋が見えた気がした。
「ん?!」
目の錯覚かとも思ったけど、その煙は少しづつアンデッドの成れの果ての汚泥から滲み出ていて、よく見ると祭壇からもその煙は吐き出されている。その煙を目で辿っていくと、部屋の中心に小さく竜巻を作りながら集まっていた。
「おい、あれ!」
俺が指さす頃には三人ともその煙の存在に気がついていて、みんな部屋の中心を見て固まっている。
小さな竜巻は徐々に力を増していき、部屋に少しづつ亀裂を入れながら規模を大きくしていく。
さすがにこれ以上竜巻の威力を増されると建物が壊れるんじゃ……!
そんな心配をしているとその竜巻は不意に強く巻きあがったかと思うと次の瞬間、竜巻は姿を消し、そこには半分汚泥に変わり果てた偽ロバートの姿があった。
「うげぇー!また出た!てかまじでその姿やめて欲しいんですけどー……」
苦虫を噛み潰したような顔で偽ロバートを見ると、ロバートは顔をしかめる。
「さすがにああなったら見分けつくとはいえ、見てて気持ちのいいフォルムじゃないよな」
「待って!?ああならなくてもわかって欲しいんだけど?!」
エレンの言葉にロバートが食いつく。
そんな和んでる場合じゃないと思うんですけど?!
「とりあえず、今度はこっちから先制攻撃仕掛けてみようか。今なら動きも緩慢だし、魔力奪ったら少しは大人しくなるかもだよね」
にーちゃんは魔力で黒い剣を生み出し、構えるとそのまま偽ロバートに切り込んでいく。
『ウ……ガ、ア、ァァァァ』
にーちゃんの剣が届く前に、偽ロバートが叫ぶ。すると地を這うようにゆるゆると偽ロバートに集まっていた黒い煙が急速に集まり、そのまま偽ロバートを覆い尽くしていく。
『ア、アアァァァァ!』
時折偽ロバートが叫び声を上げると同時に発生する風のせいで、なかなか近くに近寄れなくなってしまった。
あらかた部屋の中の黒い煙を吸い尽くすと、偽ロバートの立っていたところには大きな黒い繭のようなものが出来上がっている。
どうにか攻撃しようとしても俺やロバートの剣は届かず、エレンの矢も魔法も風に弾かれ、にーちゃんの闇の魔力も届かない。
さらに悪いことは続くもんで、さっきまで白く浄化されて輝いていた部屋が再び暗く黒くなっていく。
『ふ、ふは……まさかこんなにダメージを受けるとは思わなかった。だがここまでしてくれた礼をやらないとな』
黒い繭の中から偽ロバートが声を絞り出す。
礼?嫌な予感しかしないんだけど……
『今、大陸中の瘴気をここに集めた。もうしばらくしたらここを中心に爆発が起きるぞ。以前にここで起きた瘴気爆発のようにな!ハーッハッハ……!』
「ふざけるな!」
ロバートが立ち向かうも、風に阻まれ吹き飛ばされる。
「くっそー!!」
吹き飛ばされた先で地面を拳で殴りつけるロバート。
エレンもにーちゃんもどうにかあの黒い繭に近寄ろうとしてみるものの、やはり弾かれて進めない。
なんか……
なんか手はないのか?!
無意識に手を握りこみ、そこで御守りを握りしめていたことを思い出す。
手のひらを開くとそこにはさっき拾い上げたケインさんの御守り。
その御守りが一瞬光ったような気がした。
「あれ?」
角度を変え色々眺めても、光る様子はなかったので見間違いかと腰のベルトにつけ直そうとした時、俺は気が付いた。