57.それはまるで、夢のような。
暗闇から現れた人物、それは俺の知らない人だった。
でも、どこかで見たことある顔。どこだっけ?
記憶の糸を辿りつつ、目の前の人物を観察していると、その手に長剣が握られているのが見えた。
「うわ!」
俺は咄嗟に剣撃を受けようとナイフを構える。
「あ、そんな警戒しないで」
黒髪のその人は俺と同じくらいの年齢のようだ。鉄の鎧に身をかため、マントをなびかせるその姿はまるで物語の勇者を思わせる出で立ちだった。
その人は俺が警戒していることがわかるとすぐに長剣を鞘へ収める。
「あの……」
「あ、俺怪しいものじゃないから。それより君、浄化の魔石を持ってるよね?」
「え?」
その人は、この暗闇の中俺の胸元で淡い光を放っている、テセウスさんから預かった浄化の魔石を指さす。
「仲間を助けたかったら、浄化の魔石を使ってここを浄化するしかない」
「これで?」
「そ。てか君すごいな。あの闇に飲まれなかったんだ」
「闇に……飲まれる?」
その人は遠くを見るように目を細めた。
「俺は……ダメだった。闇に飲まれて、考えることを放棄して、身動きが取れなくなって……気づいたら取り返しがつかなくなっていた」
「え?」
聞き返してみたものの、その話題を出す気はもうないようだった。
「今、君の仲間の前に現れているもの、その正体はアンデッドだ」
「アンデッド?!」
少し前にロバートに聞いたアンデッド。まさかこんなところで会うなんて……
あの時ロバートはなんて言ってたっけ……確か……
「アンデッドは浄化魔法でないと倒せない。物理攻撃をしたところで、さっき君がやったみたいになんのダメージも受けないんだ、あいつら」
「あ、だから浄化の魔石を使えって……」
「そーゆー事。このまま戦い続けても俺たちがあいつらに致命傷を与えることは出来ない。でも向こうも俺たちに対して致命傷になるような大きな攻撃は出来ないみたいなんだ。そこまでの攻撃力は持ってないらしい。その代わり、精神攻撃を仕掛けてくる」
「精神攻撃……って、さっきの?」
次々と現れる、いるはずのない人達。あいつらの正体がアンデッド……?
「心の傷って厄介でさ。治ったと思ってもちょっとした刺激ですぐに思い出す。それが思い出したくないと強く思っているほど簡単な刺激で溢れてくるんだ。そうなると冷静な判断が出来なくなる。そうなったらもう手遅れ。アンデッドたちの手の中ってわけ」
「でも、致命傷与えられないなら……」
「ここからが怖いところ。アンデッドが出ると決まって行動を共にする魔物がいる。それがラース」
ラース……それもロバートに聞いた気が。
「確か、呪いを振りまく魔物?」
「そう。精神攻撃を受けて、正しい判断が出来なくなったところでラースの攻撃を受ける。こうして呪われた人間は死を待つのみ、って事」
「そんな……じゃあもしかして早くしないと?!」
今、この中でアンデッドたちが三人の精神攻撃をして弱らせている。そこにラースまでけしかけられたら……
「その通り。君が持ってるその浄化の魔石でこの部屋を浄化してくれ」
「いやでも、まだ黒珠を浄化する魔石を見つけてないんだ……もし見つからなかったらこれで浄化しないと……」
「そんなこと言ってる間に仲間が倒れたら元も子もないだろ?心配するな。ここを浄化してくれたら、俺が力を貸してやる」
「あんたが?」
「あぁ。どうやら縁もあるみたいだしな」
「縁?」
その人はチラリと俺の腰のベルトに目をやると、
「じゃあ、あとは頼んだぞ。後輩」
そう言い残し闇に姿を消した。
「あ、ちょっ……!」
後を追ってみても追いつける訳もなく、再び俺は暗闇に取り残される。
ただし、さっきみたいな絶望感はない。
何となく今の人は信用出来る、そんな気がした。
「うし!んじゃまー、やるしかないか!」
パン!と両手で頬を叩き気合を入れると、胸元の浄化の魔石を握り込む。
えーと……とりあえず魔石に魔力を流して……
ぽん、と頭に浮かんだ、この黒いモヤが徐々に光に変わって消えていくイメージを頭に思い描きつつ、じわじわと魔石に魔力を込めていく。
初めは魔石に魔力が滲んでいく感覚だったものが少しづつ魔力が魔石へと流れ込む感覚に変わる。
どれくらいそうして集中していたのか。
ふと目を開ければ、握りこんでいた浄化の魔石は直視できないほど光り輝いていた。
これなら……
「よし、頼むぜ!浄化の魔石!」
俺は気合を入れると、砲丸投げよろしくその魔石を部屋の中心の方へ全力で放り投げた。
「瘴気、消えろぉぉぉぉぉ!!」
ブンっ!と投げられたその魔石は、光の軌跡を残しながら見事な放物線を描き、部屋の中心へ到達すると閃光弾のように明るく弾けた。
そこを中心として部屋の中に光の波が押し寄せる。
「うわっ!」
急なことに身構える余裕がなかった俺は、見事にその波に飲まれ部屋の端まで吹っ飛ばされる。
ダンッ!
「いってー!」
背中と左腕を打ち付け痛みに悶えながら床に転がる。
あまりの痛みに息が出来ずもがいていると、コンっ、と頭に何かが落ちてきた。
痛みに耐えつつそれをつまみあげると、ケインさんから預かった例の御守り。
あ、そうだ。
この片割れも探さなきゃなー。
そんなことを考えつつ、痛みがピークに達した俺はその御守りを握りしめ意識を手放した。




