51.黒衣の帝王
「何、今の声……」
周囲を震わせるほどの轟音に思わず空を見上げる。
謎の咆哮の主はその後二、三度同じような咆哮を上げると足音を響かせつつこちらに向かってきているようだ。
霧が深くなりますます視界が悪くなる中、俺たちを取り囲んでいた魔物たちは咆哮を聞き一瞬動きが止まったものの、すぐにまたこちらを襲い始めた。
「ちょ、なんかわけわからんヤツがこっち向かってきてるのにコイツらお構いなしかよ!」
「こう広い草原だと身を隠すにも逃げ場がないよ」
ロバートと魔物を倒しつつ、にーちゃんとエレンの近くに行き合流する。
四人で固まりつつ魔物たちと戦っていると、ダン!という衝撃音の後空が急に闇に包まれた。
「疾風、あれ!」
にーちゃんが空を指さす。
その先には……
大きな翼を広げた黒い竜が空を覆い尽くしていた。
空中でその大きな翼を羽ばたかせ、滞空状態から口を大きく開けると空気を吸い込む仕草を見せる。
「マズイ、何かこっちに攻撃を仕掛けるかもしれない」
「って言ったって逃げ場所なんかどこにもないよ!」
避難するにも遮蔽物の一切ない草原のど真ん中。
俺たちはどうにかその攻撃を避けようと右往左往していたが、逃げられるはずもなく、黒い竜の口から黒い炎がこちらに向かい放たれた。
その炎は俺たちを中心に辺り周辺に燃え移り、炎を浴びた魔物たちは次々と地に伏せていった。
黒い炎は俺たちも包み込み、悲鳴をあげることなく焼き尽くす。
……?
あれ、熱くない?
てかむしろ調子がいい??
炎が直撃した瞬間、頭を守るように腕で包み込んでみたものの熱さや痛みを感じずそっと顔を上げる。
みんなも同じように身を守って見たものの思った衝撃がなかったのか顔に疑問を浮かべ平然と立ち尽くしていた。
そんな中、空から黒い竜が翼をはためかせゆっくりと地上に降りてくる。
ズズン……ッ
地に足をつけた黒い竜は、こちらに目をやるとゆっくりとした足取りで俺たちの方に歩き出した。
「ひぇっ」
あまりの大きさに体が硬直し動けずにいると、ドラコとマシロが黒い竜に向かい走り出した。
「ドラコ!マシロ!お前たちの敵う相手じゃないって!」
口で制止はしたものの、身体が動かず二匹を止めることが出来ない。
そのまま勢いよく突っ込んでくる二匹に向かい、黒い竜は大きく口を開ける。
「ドラコ!」
「マシロ!!」
俺とにーちゃんの声が重なったが、さらに大きな声でかき消された。
「お主ら、待たせたな!」
その声は黒い竜から聞こえた気がした。
「……へ?!」
俺たち四人の声と顔が一致した瞬間だった。
「久々の身体は重くて仕方ないな。一つ一つの動きが難儀で敵わん。……どうした、四人で魂の抜けた顔しよって」
足元で嬉しそうに駆け回るドラコとマシロを目で追うと、その視線をこちらに向けた黒い竜から呆れた声が聞こえる。
……え、待って。まさかこの黒い竜って……!?
「闇の鎧の魔石?!」
「なんだ、わかっていなかったのか」
さらに呆れを含んだ声が空から降ってきた。
「あーーー!!!」
「わーーーー!」
突然耳元でロバートが大声を上げたのでつられて俺も悲鳴をあげる。
「いっ、いきなり耳元で叫ぶなよ……」
「それはごめん!てか思い出した!二ガレオス!」
意味不明なことを言っているロバートの言葉を聞いて、エレンも「あぁ!」と何か思い出した顔をした。
「二ガレオス……そうか、聞いたことがあると思ったら……」
なにか納得している二人を俺とにーちゃんは置いてけぼりな感じで見守る。
それに気づいたロバートが説明を買って出た。
「名前を聞いた時、どっかで聞いたことがあると思ってはいたんだよ、二ガレオス。思い出した、黒衣の帝王」
「黒衣の帝王?」
にーちゃんが聞き返す。
あれ、たしかそんな名前ギルドの掲示板でも見たような……
「そ。黒衣の帝王、二ガレオス。この黒の大陸に何十年かに一度現れる幻のドラゴンの名前が二ガレオスだった。昔なにかの物語で読んだことあったけどまさか実在したなんて……」
「黒衣の帝王の雫……つまり涙や汗は昔の薬学の材料に名前が載っていた。今は入手不可能と聞いていたがまさかこんな形でお目にかかれるとは」
エレンもロバートとは違った方向で二ガレオスの名前を聞いたことがあったらしく、目を輝かせている。
「え、二ガレオスって黒い竜なの?じゃあなんで闇の鎧に……?」
にーちゃんがそう黒衣の帝王に尋ねる。
「我は黒珠の守護竜だからな。黒珠と魔力をわけあっている繋がりで黒珠の欠片……つまり闇の鎧の魔石にも魔力が混ざっている。その鎧の魔石は長年積もった我の魔力で自我が芽生えたのだろう。今は本体と記憶を共有しているから、闇の鎧の魔石も本体のようなものだがな」
ふふん、とでも聞こえてきそうに鼻息を荒く何故か黒衣の帝王は自慢げに胸を張った。