50.モヤの中の攻防
「……ねぇこれ、方角合ってる?」
ドラコとマシロに頑張ってもらい神殿へ向かったものの、しばらく走っているというのにあたりの景色がほとんど変わらない。
変わらないというか、辺り一面広がる草原の中を走り抜けている上に、少し霞む霧のせいで辺りは同じ景色に見える。それに目印となるような建物や背の高い木が見つからない。
方角はコンパスだけが頼りだ。
「一応針は北を指してるから方角は合ってると思うけどさすがにそろそろ違う景色も見たいよね」
「ていうかマシロもドラコもこっちが特に指示を出さなくても同じ方向に走ってくけど、もしかして行先わかるのかな?」
手綱を引かなくても自分の意思で北へと向かう二匹ににーちゃんは少し首を傾げている。
──船を引っ張っている時にも思ったが、そやつらはおそらく我の魔力にひかれて走っているようだな。
「闇の鎧の魔石の魔力って、本体のってこと?」
──そうだ。我の魔力は昔から魔物を引き付けやすいようだからな。とはいえ寄ってこられたところで本体に危害は加えられないと思うが。
「へえ、そうなん……だ?」
納得しかけて、重要なことに気がつく。
「え、あれ。ちょっと待って。てことはもしかして今迂闊に闇の鎧の魔石の本体に近づいたら、その魔力に引かれて寄ってきた魔物が沢山いるかもしれないってこと?!」
──む。確かにその可能性はあるか。
「ちょ、ストップストップ!」
俺は慌ててドラコと止め、にーちゃんもマシロを止める。
そしてそのまま作戦会議に移った。
「闇の鎧の魔石の言う通り、もし神殿に魔物が溢れてたらどうする?無策で突っ込んでいくのは危険すぎるよ」
「少しなら僕の魔力の剣で魔力を吸い取れるけど群れで出てこられると厳しくなるかな」
「私もクロスボウの矢が届く範囲は討伐できるが連続となると三連撃が限界だな」
「俺もなんてったって武器がナイフだからな……一応魔法で応戦は出来るけど魔力に限りがあるし」
──闇の魔力を纏わせれば相手の魔力を削ることが出来るだろう。ある程度魔力を奪ってやれば動けなくなるからそれを狙うしかあるまい。それに……
「それに?」
──我の本体にある程度魔力を送れば休眠状態から覚め、多少の手助けが出来るかもしれんな。
「え、マジで?」
一瞬でも本体が起きてくれれば俺たちに有利になるのは間違いなさそうだ。
そう思うと現金なもので、サクサクと魔物たちから魔力を集めたくなってくる。
「闇の鎧の魔石の本体が起きるなら魔力沢山集めないとな」
俺と同じことを思ったのか、ロバートも心なしか武器を持つ手に力が入ったようだ。
「なら、こいつらからその魔力とやらを集めさせてもらおうか」
エレンがクロスボウに闇の魔力を纏わせた矢をつがえる。
「じゃ、まずは僕が行ってくる」
にーちゃんはマシロから降り、闇の魔力で作り出した長剣を構えた。
俺たちの周りはいつの間にか、闇の鎧の魔石が言っていたその魔力につられてやってきたと思われる魔物たちの気配で取り囲まれていた。
俺もナイフにたっぷりと魔力水を染み込ませたあと、闇の魔力を纏わせる。
気配のひとつが、こちらに向かって飛び出してきた。その動きに合わせるようににーちゃんもそちらに向かって剣を振るう。
それを皮切りにあちこちから俺たちに向かって魔物が飛びかかってきた。
森の狼っぽいものもいれば鹿のようなものもいる。
ただそれらは今まで俺が見てきたものと違い、黒いモヤを纏い赤い目をしていた。
──瘴気にあてられた魔物のようだな。ああなるともうどうにもならん。普段であれば我の魔力で従わせられるのだが。
そんなことを闇の鎧の魔石が呟いていたが、それに反応する間もなく襲いかかってくる魔物たちから、俺たちは順番に魔力を奪って行動不能にしていった。
倒した魔物がある程度増えてきた頃、魔物たちの動きが一瞬ピタリと止まった。
「な、なんだ?」
肩で息をしつつ、ロバートが周りを警戒する。
──む。
そのタイミングで闇の鎧の魔石もなにかに反応した。
──どうやら本体……ようだ。意識がそちら……引っ張……こちらと意思……疎通が……途絶……だ。心配……
ノイズが混じり、闇の鎧の魔石の声が聞こえなくなると再び魔物はこちらを襲い始めた。
「え、ちょ、闇の鎧の魔石大丈夫かな?!」
「なんか、本体に問題起きたっぽいな。本体って確か神殿にある黒珠だろ?ヤバくないか?」
俺とロバートが背中合わせに魔物と戦っていると……
グルオォォォォォォ……ッ!!!
辺りに突然轟音が鳴り響いた。