45.帆に風を受け、いざゆかん
港町を出発して少し経った頃、ジェシカが俺たちを甲板へ連れ出した。
「さぁて、そろそろ大丈夫かしら?じゃ、みんなで帆を張るわよ!」
ジェシカとライアンの指示に従い、みんなで船に帆を張っていく。
二人の指示とロバートとエレンの手際がいいのか、俺とにーちゃんは完全に足手まといだったけど、思ったよりも早く帆は張り終わり、ピン!と張られた帆は風を受けてぐんぐん船は進んでいく。
「うわ、早くなった!」
ロバートが甲板から身を乗り出し、速度が上がって強くなった風を浴びてテンションがあがっている。
「まだまだ、こんなもんじゃないわよ。ライアン、お願い!」
「よしきた!」
そう返事をするとライアンは、帆の後ろに意識を集中させる。
その直後、ぼふんっと大きな風の塊が帆の裏に現れた。
「この風を……こうして……こう……」
ジェシカがその風の塊に何かすると、その大きな風の塊から小さな竜巻のようなものが船の帆に向かって何本か伸び、帆に風を送っている。
帆が受ける風が増えた船は、先程よりもさらにスピードを上げて海の上を進み出した。
「これでしばらくはこの速度で進めるわね。方角も……当分は真っ直ぐ、よし」
「舵は俺とジェシカでとる。お前たちは黒の大陸に上陸してからが本番なんだから今はしっかり英気を養っててくれ」
「あ、そうだ。うみねこ亭の主人から差し入れ預かったのよ。例の薬草を使った料理、試行錯誤してたらおやつができたから持っていけって。台所にあるはずだから持って行ってね」
「はーい」
ジェシカの言った通り、台所の上に紙袋が六つ置いてある。
「お、クッキーだ」
早速中を確認したロバートが嬉しそうにひとつ頬張る。
「うま!なんか普通のクッキーかと思ったけど甘くなくてしょっぱい!……てかこれチーズかな?」
「使われてる薬草は……パセリか?アレルギーの緩和の時に足す薬草だがこんな食材としての使い方が……」
エレンもロバートとは違う方向で差し入れのクッキーを楽しみながら口に運んでいた。
俺もクッキーをつまみながら、隣に座るにーちゃんに声をかけた。
「なんか、不思議な感じだよな」
「うん、高校に行ってた頃はまさか自分がこんなことになってるとは思わなかったよね」
「俺、異世界に来なかったら、にーちゃんに気づかなかったも」
今は隣で微笑むにーちゃんに目をやる。
通学路で見かけた時とは見た目も雰囲気も全く違う。あの頃のままだったらにーちゃんに気づくことなく高校生活を過ごしていたかもしれない。
「僕は疾風に気づいてたよ」
「え、マジ?!」
「うん。前にパルクールの動画で疾風見つけてさ。頑張ってるなぁって思ってたら通学路でぶつかってくるんだもん。あの時はビックリしたなぁ」
そこまで昔ではないはずなのに、はるか昔の記憶を思い出すかのような遠い目でにーちゃんは宙を見る。
「わかってたなら声かけてくれればよかったのに……」
「いやー、だって疾風僕のこと覚えてないかと思って。実際声掛けてもわからなかったでしょ?」
「う……」
確かに名前とかは忘れてたけど……
「話をすればわかったよ。だって俺、にーちゃんが人生の師匠だから!」
「師匠?!」
にーちゃんは椅子から転げ落ちそうになるくらい驚きの声を上げた。
「そ。俺の人生の。昔にーちゃんが言ってた『人生楽しんだモン勝ち』、この言葉があったから俺は何かあったとしても前向きに頑張ってこれたと思うんだよね。だから初め異世界に飛ばされた時も、どうにか楽しんで過ごそうって心が折れずに済んだんだ」
俺は異世界に来たばかりの頃を思い出す。夢だと思いたかったけど、どう考えてもここは現実で。右も左も分からない中、奇跡的にいい人達にめぐりあえて色々と助けてもらって俺はどうにか過ごしていた。にーちゃんのあの言葉がなかったら、俺は未だにこれは夢だと現実逃避をしていたかもしれない。
「にーちゃん、ありがと」
俺は、いつかにーちゃんに会ったら言おうと思っていたお礼の言葉をまだ、伝えられていなかったことを思い出しお礼を言う。
突然頭を下げられて、戸惑いつつもにーちゃんは俺の頭をぽんと撫でた。
「疾風顔を上げて。お礼を言いたかったのは僕の方。頑張ってる疾風を見たから、僕ももう一度学校に通おうと思い直せたんだ。疾風がいなかったら僕はまだ一人部屋に閉じこもったままだったよ」
にーちゃんは俺の両肩をぐい、と押し上げると今度は俺に向かって頭を下げた。
「僕の方こそ、立ち上がらせてくれてありがとう」
いい終わり、俺と目が合うとどちらからというわけでもなく吹き出し、笑いが込み上げる。
「ふ、ふは!なんか改めて言うと恥ずかしいな!」
「うん、ちょっと今更恥ずかしくなってきた」
一通り笑い合うと、にーちゃんがぽつりと呟く。
「中途半端な状態であっちの世界に飛ばされないよう、問題は早く片付けないとね」
「あぁ。俺たちができることは全部やりきってからじゃないと落ち着かないしな」
「黒の大陸の異変を止めて、守護の森の宝珠も元に戻して、全て終わってから二人で向こうに帰ろう」
「だな」
窓の外に目をやると、水平線の向こうに黒いモヤが見え始めた。
窓に近づきよく見てみると、ここから見える水平線は全て黒く染っている。
俺の視線に気づいたのか他の三人も窓から外を眺め、黒いモヤに目をやった。
「あの向こうが黒の大陸か……」
「本当に何も見えないんだね」
「どこまで船で近づけるんだろう?」
そんな話をしていると、甲板から戻ってきたジェシカがこちらの部屋に顔を出した。
「あと数時間もすれば、恐らくこの船で近づけるギリギリの場所に着くわ。そこからは手漕ぎのボートに移ってもらうわ。その船には森林竜とその白馬は乗れないから泳ぐことになるんだけど……大丈夫よね?」
ジェシカの言葉に反応するように、部屋の隅で二匹仲良く昼寝をしていたドラコとマシロは顔を上げ、ジェシカを見上げる。
「クォ!」
「ヒヒン!」
二匹揃って声を上げると、起き上がりジェシカの足元へとやってきた。
「あらヤダ、ほんとに賢い。言葉が理解できるのね……ところでこの二匹は弾かれないのかしら?」
「え!」
「だってまさか闇の魔力を持っている訳でもないでしょう?……もしかして、つれていけるかわからないの?」
俺の焦った顔を見て、ジェシカも戸惑いを見せる。
チラリとにーちゃんを見てみるものの、にーちゃんも首を振るばかりだ。
ちょっと、闇の鎧の魔石!もしかしてこの二匹って置いていかないとダメ?!
ダメもとで闇の鎧の魔石に確認すると、やれやれ、とでも言うような声色で闇の鎧の魔石が返事をした。