44.出航は夜明けとともに
水平線の彼方に仄かに朝陽がオレンジ色の光を灯す。
完全に夜が明け切る前に、俺たちは港の船の前に立ち尽くしていた。
「でっ……けぇ……」
そこには見上げるほど大きな、船。
思い描いていたものとは程遠いほど立派な船が、波に揺られていた。
「え、この船で合ってる?」
「俺たち六人しかいないのにこの船、五十……いや百人くらい乗れそうなんだけど」
人数に合わない大きさの船に戸惑っていると、ジェシカも乾いた笑いを浮かべていた。
「そうなのよ、アタシとライアンも初めにこの船に連れてこられた時は目を疑ったわー。こんな立派なもの操縦するのは難しいって言ったら、これはテセウス様の私物だから気にせず使って欲しい、ですって」
「私物?!コレが?!」
そのやり取りを見ていたエレンが、あぁ、となにか思い当たる顔をする。
「そうか、これのことか。確かシノブが適合者だとわかったあたりからなにかコソコソと港の者と相談している姿を見かけていたんだ。おそらくコレを作っていたんだろうな」
「へ?!」
「まさか、僕たちのために作ったってこと?!」
目を丸くしていると、エレンはキッパリと言い切った。
「まぁ、ことが上手く収まれば黒の大陸へ行きたい者も増えるだろう。その時の足になることまで考えてはいるんじゃないか?」
「な、なるほど」
テセウスさんの先を読んで行動するところも、その考えを即座に理解するエレンもすごいな。再びその船を見上げる。
俺たちを無事、向こうの大陸に送り届けてくれよ。
そんな話をしているうちに、ライアンが船のタラップを降ろし乗船の準備を終わらせていた。
「おおい、準備できたから乗ってくれー!」
ライアンに呼ばれ、順番に船へと乗り込む。
俺は一番最後に並び、先に行かせたドラコを見守る。
ドラコはソワソワとしながら後ろを振り返り
「クォ!クォ!」
と鳴いていた。
「大丈夫、俺も後ろから乗るから先に行けって」
なおも後ろを気にするドラコに声をかけつつ、そのお尻を押しながらタラップを進む。
無事に乗り込み、ライアンがタラップをしまっているとその近くをウロウロとドラコがまとわりついていた。
「ドラコ、何してるんだ?ライアンの邪魔になるからこっち来いよ」
手綱を軽く引っ張り先を促しても、ドラコは港の方を気にしていた。
その姿を見て、にーちゃんがぽつりと言う。
「ドラコ、もしかしてマシロのこと気にしてるのかな?」
「マシロ?」
「ほら、最近ずっと一緒にいたのに、今日は置いてきちゃったから」
「あぁ」
言われて、出発前のドラコを思い出す。
厩舎からドラコを連れ出すと、やたらとマシロの方に行きたがるので挨拶でもさせるかと近寄らせたら、急にマシロの部屋の扉に体当たりを食らわせていた。
慌てて手綱を引き、厩舎から離したら大人しくついてきてたけど、もしかして離れ離れになるのがわかったのかな。
確かに最近ずっと一緒にいたし、すごく仲が良さそうだったから黙って離れ離れにしちゃうの、悪かったかもな……
そんな反省をしていると、ジェシカの声がかかる。
「みんな乗り込んだわね?じゃあ、出発するわよ。準備はいい?」
「おー!」
ノリよく掛け声を上げたのは俺とライアンだけだった。
ちょ、恥ずかしいんですけど。
「何よもう、ノリ悪いわねぇ」
「いや、普通に出発でいいじゃない」
抵抗するロバートの頭を小突きながらジェシカ甲板の前の方へ移動する。
「しばらくは自然の風で進むわね。港から離れたらライアンに風の魔力を起こしてもらって、それを使って進むからそしたら早くなるわよ。もう少し景色堪能しててね」
錨を上げると、船はゆっくりと沖へ進み出す。
少しづつ小さくなる港町を、短い尾を振りながら見つめるドラコにつられるように何気なく観察していると、俺たちの船が出発した辺りに小さく水しぶきが上がった。
なんだろうと目を凝らすと、白い何かがこちらに向かってくるように見える。
あれって……
「なぁ、ジェシカ!なんかこっちに向かってくるんだけど!」
「え?!なにかってなによ?!」
ジェシカも身を乗り出し、俺の指さす方を見るものの、首を傾げている。
俺とジェシカの行動を見てみんなもなんだなんだと港町を振り返った。
「あれ、馬じゃねぇか?」
ライアンが目を細めそう呟く。
「馬?」
「そー。なんか白い馬」
バッ!
弾かれるようににーちゃんが身を乗り出して叫んだ。
「マシロー!!」
その声に答えるように、ヒヒーン、と嘶きが聞こえる。
やがて、その白い塊は船の真下まで泳いで辿り着いた。
「やっぱりマシロだ!ねぇ、船の上に引き上げられない?!」
にーちゃんが必死にジェシカに縋る。
「暴れなければ出来なくもないけど……」
「お願いします!」
ガバっと頭を下げるにーちゃんの頭をぽんと撫でると、
「任せて!」
とジェシカが胸を張った。
「ライアン、馬の下に風を起こしてちょうだい」
「ラジャー!」
ぶわっと竜巻のような風が吹いたかと思うと、その風をジェシカが制御し、上手くマシロを海面から浮き上がらせると船の甲板の上にそっと下ろした。
「マシロ!」
にーちゃんが走りよると、マシロも嬉しそうに嘶き、にーちゃんに擦り寄る。
「マシロ……どうしてお前……」
マシロをよく見ると繋がれていたはずの手綱の紐ごと立っている。
……もしかして……
「ドラコ、お前朝体当たりしてコレ壊してたのか?!」
「クォ!」
どや!と見えなくもない顔で鳴き声をあげるドラコ。
これは確信犯だな……?
「どうしよう……?」
マシロを撫でつつ、にーちゃんがジェシカとライアンを見る。
「まぁ、とりあえず海を泳げることはわかったわね」
「こうまでして闇騎士について行きたいってことだろ?なら連れてってやってもいいんじゃねぇの?こんな度胸ありゃ、逃げ出すなんてこともねぇだろ」
二人の言葉に、ぱぁっと顔を輝かし、にーちゃんは再びマシロの首に抱きついた。
「よかった、マシロも一緒に行けるって!」
出航から
いきなりのハプニングに見舞われつつ、俺たちは思わぬメンバーも引き入れ、黒の大陸へと出発したのだった。
水平線の向こうには、眩しいくらいの朝陽が顔を出し、俺たちの出航を見守っていた。