35.カミングアウト
「連れてってくれ」
ジョンがそう言うとケイレブは黙ってその手を引き、立たせるとそのまま縄で軽く手を拘束した。
「悪いな、逃げるつもりがねぇのはわかってるんだが一応拘束させてもらう」
「あぁ、構わない」
ケイレブの後に続くように部屋の出口へ向かうジョンの背中を俺たちは見守ることしかできなかった。
ドアが閉まる直前、ジョンが振り返り言った。
「危害を加えた俺が言えた立場じゃないけど闇騎士、それから他のみんなも。黒の大陸の異変、鎮めたら無事に帰ってこいよ。……エレンもな」
パタン。
ドアが閉まった後も室内には沈黙が降りていた。
その沈黙を破るように部屋にノックの音が響く。
「テセウス様、バリーです。お時間宜しいですか?」
「入れ」
「失礼します」
許可を得て部屋へと入ってきたバリー副団長は視線をにーちゃんで止め、困った顔をした。
「あぁ、なるほど……」
「え、なにが……?」
いきなりなにか納得されても、なんのことだかさっぱりわからないこちらとしては、今のにーちゃんのように困惑するしかない。
その様子が伝わったのか、バリー副団長が外の様子なんだがな、と説明してくれた。
「先ほどケイレブから騎士団の方に報告のあった、東の森の異常な瘴気漏れについて捜索隊を組むことになったんだが……珍しくみんな行きたがらなくてな。何故か、と問いただしてみればみんな口をそろえて『シノブが心配だ』『あんな体質で闇騎士の責を追わせて黒の大陸に行かせるなんて正気か』……と言う。何処で正体が漏れたのかと思っていたんだがまさか兜を脱いで歩いていたとは……」
それを聞いてエレンがムッと言い返す。
「人助けのため止むを得なかったんだ」
「いや悪い。責めているわけではないんだ。ただちょっとシノブに騎士団で一声かけてもらおうと思ってな」
「僕に?」
「シノブは相当騎士団にみんなに好かれているようだな。『今、東の森へ調査に出たら闇騎士の黒の大陸出発を見送れない。シノブが心配で調査に身が入らない』と言われてしまってな」
「あ、僕よく倒れて騎士団のみんなに迷惑かけてたから……」
「迷惑と思ってる奴はいないと思うけどな。まぁそう言うわけで、闇の鎧を着ていれば体調に不調が出ないことをシノブの口から説明してやってほしい」
「……わかりました」
にーちゃんが騎士団の宿舎に戻ると言うので俺とロバートも着いていくことにした。
エレンはまだテセウスさんに報告があるとの事でここに残るらしい。
「こんなバタついた中ですまないが、今回の瘴気漏れで我々には思っていたより時間がないことがわかった。このままでは緑珠が失われた守護の森も近いうちにこの規模の瘴気漏れが発生するかもしれない。旅に必要なものはこちらで用意できているから、急な出発になってしまうが明日、黒の大陸に向かってもらえるか?」
「はい」
テセウスさんからそう請われ、俺たちは頷いた。
「明日早朝、騎士団の宿舎の方に荷物一式用意する。頼んだぞ」
「わかりました」
……いよいよか。
あまりに急な出発に、まだ実感は湧いてこないけどとりあえず気合いを入れ直す。
そしてバリー副団長と一緒にテセウスさんの部屋を出て騎士団の宿舎に入ると、食堂にはたくさんの団員たちがひしめき合っていた。
「あ!シノブ!ハヤテとロバートも!」
真っ先に俺たちの姿を見つけたのはリアンだった。
他の団員たちの間をかき分けこちらに向かってくる。
「リアン、食堂にどうしてこんなに人がいるの……?」
食堂を埋め尽くす人の多さに、にーちゃんが戸惑っているとその質問に回答をしたのはバリー副団長だった。
「さっき言ったろ?みんなシノブを心配してたって」
「みんなって……こんなにたくさん……?」
「さてシノブ。説明をしてもらおうか?」
戸惑うにーちゃんの腕を掴み、リアンが詰め寄る。
「シノブ……お前が闇の鎧の適合者、闇騎士だったのか?」
リアンがそう質問したその時、食堂内の時間が止まる。
俺とロバートも思わずその空気に飲まれ、息を止めた。
そして少し間をあけて、にーちゃんはリアンの質問に頷いた。
「……うん」
その瞬間。
「マジかよ、まさかシノブだったなんて!」
「あんなにどこでも倒れていたのに旅なんか出て大丈夫なのか!?」
「回復薬、足りるのか?」
「やっぱりどうにかして俺も一緒に黒の大陸に行けねぇかなー!?」
そうみんな口々に言いながらドッとこちらに押し寄せてきた。
周りをあっという間に囲まれ、俺たち三人は身動きが取れなくなる。
うげ、苦しい……
山手線の朝の満員電車のように押しつぶされながらもがいていると、食堂に大きな声が響き渡る。
「全員、整列!!」
その声に弾かれるように、団員たちは俺たちの周りから離れ、ビッと綺麗に整列をして並んだ。
号令をかけたその地響きのような声の持ち主が俺たちの後ろからヌッと現れる。
「すまん、大丈夫だったか?」
「アレックスさん……」
俺たちを朝の通勤ラッシュから救ってくれたのはアレックス団長だった。
「シノブ、無理を言って悪いな。騎士団の仕事を円滑に進めるためとはいえ、みんなの前に出てもらうことになってしまって」
「いえ!僕も騎士団のみんなにはいろいろ迷惑をかけてお世話になっているんで、逆に自分の口から伝えることが出来てよかったです」
ぺこり、と頭を軽く下げたアレックス団長ににーちゃんはそう言うと、ビシッと並んだ団員たちの方へ向き直り頭を下げた。
「今まで隠していてごめんなさい。僕が闇の鎧の適合者、闇騎士です」
そう言うとにーちゃんは、団員たちの適性検査が終わったあと偶然闇の鎧に触れ適合者だとわかり、黒の大陸出発に向けて魔力の底上げをしたりバリー副団長に稽古をつけてもらったりした事を説明した。
その際に魔力切れで倒れたりしたこと、今は闇の鎧と魔力も馴染み倒れなくなったこと、逆にそのおかげで鎧を身につけていればほぼ状態異常無効となることなどを伝え、団員たちに心配せず見送ってほしいと言葉を綴った。