33.瘴気からの脱出
「あれ?」
エレンも俺が指を指した森の奥を覗き込む。
「なんだ、何か黒い……虫の集団?いや、違う……あれは……」
そして叫んだ。
「瘴気溜りの予兆だ、離れろ!」
エレンの声に弾かれるように俺たちはその場から離れた。
直後、ボフン!という音と共に辺りがだんだん暗くなっていく。
「あんな規模の瘴気溜りがこんな森の入口で起こるなんて……聞いたことがないぞ」
「ねぇ、なんか……瘴気に囲まれてない?」
呆然と呟くエレンの横で、ロバートが周りをぐるっと見渡したあと焦った表情を浮かべながら言った。
その言葉を聞いて俺とにーちゃんも辺りを見回すと、たしかにどの方向を見ても黒いモヤのようなものがじわりじわりとこちらに向かって流れてくる。
「参ったな……私たちは瘴気耐性があるからこれくらいなら多少視界が悪くなる程度で済むが、コイツは……」
エレンの呟きに、ロバートに背負われたまま未だ意識が戻らないジョンのもとへみんなの視線が集まる。
「シノブの回復薬はまだあるのか?」
「いや、こんなことになると思ってなかったから部屋にはそんなに予備置いてなくて……持ってきてもらったので全部なんだ。多分さっき見た感じ回復薬は使い切ってると思う」
「そうか……作るにしても薬草を集めるのに時間がかかりそうだな。この瘴気をどう抜けて行こうか……」
あまりゆっくり悩む時間もなく、ただ過ぎる時間に焦りを感じ始めた時。
何か悩む素振りを見せていたにーちゃんがゆっくり顔を上げた。
「……闇の鎧の魔石に聞きたいんだけど」
──なんだ。
「闇の鎧って瘴気とか結構無効化するよね」
──まぁ、余程でなければだいたいの状態異常の影響は受けないな。
「瘴気ってとりあえず吸わなければ身体に害が出るまで時間に余裕あるよね?」
にーちゃんのこの問いにはエレンが答えた。
「まぁ、多少皮膚に付着すると思うが呼吸して体内から瘴気が入って魔力回路に影響を及ぼすことを考えたら、後の処置は楽だな。服を着ていれば尚更外からの影響は受けにくいし」
それがどうしたんだろう、とその場の全員が思っているだろうな。
俺もにーちゃんが何をするつもりなのかわからない。
そのにーちゃんは、また闇の鎧の魔石へと声をかけた。
「ねぇ闇の鎧の魔石。例えば僕がこの兜に闇の魔力を繋いで他の人に被せた場合、その人は装備することが出来る?」
──そうだな、魔力が繋がっていれば大丈夫だろう。ただしお主の魔力量ではあまり距離は離れられんぞ。
「そっか、わかった」
一通り確認が済んだのか、にーちゃんは被っていた闇の鎧の兜を脱ぐと、気を失っているジョンへ被せた。
「ロバート、僕がジョンを連れて王都に戻る。ロバートはエレンと相乗りしてもらっていいかな?」
「 それは構わないけど……シノブ、兜外したまま戻るの?」
「うん、もう時間が無いし途中で兜を付け替える余裕もないだろうから、このまま戻るよ」
「それって……」
にーちゃんの瞳はなにか決意したような強い光が宿っていた。
「闇騎士の正体、発覚!ってね」
明るくそう笑うと、改めてジョンをにーちゃんは担ぎ直し紐で括り直す。
「じゃ、急ごうか」
そう言うが早いか、サッと馬に跨り直ぐに出発できる状態になる。俺たちも後に続くように馬とドラコに跨り、意を決して瘴気が溢れる黒いモヤの中へと突っ込んで行った。
「予想はしていたが視界がだいぶ悪いな……」
森の中ということもあり、まばらに木が生えている中スピードも出せず散歩でもするかのようなスピードで俺たちは木々の間を進む。
「ここが入口近くでまだよかったよ。もっと森の奥にいたら抜け出すことすら出来なかったかも」
「ロバート、怖いこと言うなよ」
「だってこの黒い霧!瘴気だと思うけど視界ほぼないじゃん!あと俺まだ瘴気耐性の検査受けてなかったから、マジでエレンがモヤに突っ込んだ時一瞬死んだと思ったからね!」
瘴気耐性がどの程度なのか、確認を後回しにしていたロバートは、ぶっつけ本番で瘴気に突っ込んでいくことになりご立腹だった。
「結果として大丈夫だったけど、ほんと生きた心地しなかったよ……」
しばらく森を進んでも体調に変化はないようで、図らずも瘴気耐性獲得していたことが判明した。
とりあえず瘴気に対して恐れなくてもいいと言うだけで、少しは森の中が進みやすい。
少しづつではあるが森の外へと向かいながら、俺たちより先に出たケイレブは大丈夫だったかな、とふと思い出す。
「ケイレブ、無事森を抜けたかな?」
「大丈夫だろう。ケイレブが通り過ぎて少し時間が経ってから瘴気が発生したからな。あとから追われることはあったかもしれないが、追いつかれるような速度ではないさ」
俺の呟きにエレンが答える。
「ならいいんだけどさー。つか森がこんなんなってたら王都の人たちパニックになってるんじゃねぇの?こんな瘴気溜り、見た事なかったんだろ?」
「あぁ。この規模もそうだが、こんな森の入口で発生するようなことも今まではなかったはずだ」
「やっぱり、黒の大陸のリミットが近づいてるってことかな」
にーちゃんの言葉に、ゴクリと息を飲む。
「戻ってすぐ黒の大陸に向かう可能性があるな。心の準備をしておいた方がいい」
「そ、だね」
エレンの言葉に頷いた時、モヤの向こうに明るい光が見え、その光に飛び込むと同時に俺たちは無事、森から抜け出した。




