30.解毒薬
「……目が見えないって……具体的にはどんな感じだ?」
エレンはそう言いながらにーちゃんの顔を上に向け、まぶたを指で押し上げると瞳を覗き込む。
「うーん……全体的に白くぼやける……感じ。人の顔の判別とかは……無理」
「目の他に異常は?」
「あとは少し……身体が動かないかな。……いつも魔法アレルギーで倒れた時は……回復薬飲むとすぐ……動けたんだけど……」
「……もしかして、声も出しづらい?」
「……うん」
エレンは少し考え込む仕草をする。
その様子を見ていてふと俺の目に気になるものが映った。
「にーちゃん、それなに?」
「それ?」
にーちゃんの寝ていた場所に、ポロポロと少しだけ赤い実が落ちていた。
エレンもそれに気づきつまみ上げる。
「これは……ナンテン?なんでこんなところに……」
「ナンテン?」
「咳止めに使われる薬草だ。ただ使い方を誤ると毒になるから……待てよ、毒……ナンテン?」
突然ブツブツと喋りだしたエレンはしばらくそうしていると、なにか思い当たった顔をする。
「恐らくシノブの身体が動きづらいのはナンテンの過剰摂取による弱毒だ。それには視力を奪うような毒はなかったはずだが、とりあえずその解毒薬をシノブに飲ませる」
「え?解毒薬持ってるの?」
「いや。だがこの辺りに生えている薬草で作れたはずだ。……あぁ、一つだけまた東の洞窟方面に探しに行かなければ生えてなさそうなものがあったか……少し作るのに時間がかかるな……」
この辺の薬草と東の洞窟方面の薬草……
なんかさっきそれ、ジョンが集めていたような……?
俺は外で待機しているロバートのもとへ行き、その足元に寝かされているジョンの腰の袋を外す。
中を見れば何種類か薬草が詰め込まれていた。
「エレン!」
その薬草の詰まった袋をエレンに渡す。
「これ、ジョンのだけどもしこれに使えるものがあれば使おうぜ」
「ジョンが集めた薬草……?」
エレンが袋の中身を改めるように一度全ての薬草を床に並べた。
「これは……」
エレンの瞳が驚きに見開かれた。
「これ、本当に全部ジョンが……?」
「あぁ。俺たちが来た時もその薬草集めてたみたいだぜ。なんかどうしても欲しい薬草が見つからないから一緒に奥に行ってくれって言われて、あの泉まで一緒に来たんだよ」
「そうか……」
エレンはそう言ってひとつ頷くと、
「詮索はあとだな。とりあえずシノブに解毒薬を作る」
と、バッグから簡易調合セットを取りだしてその薬草を混ぜ始めた。
「あれ?薬草取りに行かなくていいのか?」
「あぁ。ここに全て揃っている」
そしてあっという間に薬草を混ぜ合わせ液体の解毒薬にすると、それをにーちゃんに飲ませた。
「うげー!解毒薬って甘くないんだ?!青汁の味がする……」
渋い顔をしながらも、身体の不自由さは消えたのか手をグーパーさせたり、立ち上がって屈伸をしたりしている。
「うん、変な身体の痺れは取れたみたい。ただ……」
やっぱり視力は回復していないみたいで、自分の手のひらを顔の前で上下させていた。
「やはり解毒薬でもダメか。何が原因なんだろうな……」
とりあえず、と、にーちゃんの手を引き洞窟の外で待つロバートのところへ集合した。
「シノブ、目が見えないんだって?」
心配しながらもジョンのそばを離れられずやきもきしていたロバートが、にーちゃんの肩を叩く。
「上級回復薬でも解毒薬でもダメだったんだろ?あと試すとしたら、スタミナとか魔力の回復薬?」
「え、効くかなぁ?」
にーちゃんはそう半信半疑に言っていたものの、試せるものは一通り試した方がいいだろうと、俺の重たいマジッグバッグから魔力とスタミナの回復薬を取りだして口に含んだ。
スタミナ回復薬はさほど変化が見られなかったけど、魔力回復薬を飲んだことによって、俺たちには転機が訪れた。
──やっと魔力回路が繋がったか。
にーちゃんの魔力が回復したおかげで、また闇の鎧の魔石の声が聞こえるようになった。
──ん?まだ体調が万全に戻ってはいないのか?
闇の鎧の魔石が、恐らくにーちゃんに向かってそう問いかける。
「そう、なんかまだ目が見えなくて」
──ふむ。それは毒と言うより魔法アレルギーを回復した時の副作用の方だな。
「副作用?!」
驚きの声を上げたのはエレンだった。
「そんな、副作用なんて今まで一度も出たことがなかったのに……」
──今回魔法アレルギーを回復させた時に使ったのは普段の回復薬ではなく、そこの倒れている男の持っていたものだったからな。多少成分が違ったんだろう。
「ジョンの?」
エレンはそう聞いて何かを考え始めたので、その間に俺はにーちゃんの今の状態を闇の鎧の魔石に調べてもらえるか提案をしてみる。
──状態は先程言った通り魔法アレルギーの回復時の副作用で視覚に異常が出ている状態だな。なに、闇の鎧を着ればすぐに中和できる。
「あ、そうなの?よかったー!僕、このまま一生目が見えなかったらどうしようかと思ったよー!」
嬉しさからか、にーちゃんはさっき回復薬を取り出したマジッグバッグをぶんぶん振り回している。
あのバッグ、めっちゃ重かったんだけどな……
さすがアレックスさんに鍛えられただけある……
そう考えて、あ!と思い出した。
「そうだ、あのさ……!」
俺は喜びを全身で表しているにーちゃんに近づき、その手のマジックバッグを渡してもらう。
ズシっ!
片手で受け取ると取り落としそうになるそのバッグを改めて両手で抱え持ち直すと、鞄の口を地面に向けた。