28.東の森の泉
「え?一緒に?」
「欲しかった薬草がこの辺りには生えてなかったんだ。奥まで行けばあるかもしれない。でも俺一人だと行けなくて……」
頼むよ……と手を合わせ頭を下げられる。
助けを求めてロバートを見ると「仕方ない」とでも言うように肩を竦めた。
「わかりました……」
ここで断るのも不自然だし、しょうがないか……でも。
「ただ俺たち本当に急いでるのでそんな頻繁に立ち止まれないし、速度もそれなりに出しますよ?」
あまり立ち止まってもいられないのでそう提案すると、「それで構わない」と了承したので俺たちはジョンさんを連れて東の洞窟へと向かった。
「そういえば君たちって……」
俺とロバートの速度をものともせず、併走しながら雑談する余裕があるジョンさんに俺は驚いた。
正直、第一印象がドラコにビビってケインさんに頭を叩かれていた姿だったから頼りなさそうに見えたけど、よく考えたら門番として普段は普通に働いてるんだよな。馬で走るのとかは慣れてるのか。
「こんな所まで何を採取しに来たんだ?」
「あ、泉の水を……」
言ったあとで、しまったと口を塞ぐ。
「泉の水?!あれ、少し瘴気が混ざってて危険だろ?……あ、でもそうか。君らは黒の大陸へ行けるんだっけ。多少は瘴気の耐性があるのか」
ジョンさんは一人で驚き一人で納得していた。
まぁ俺は多少どころか全く瘴気の影響受けないみたいだけど敢えてそれは言わないでおく。
そういやロバートはまだその確認する前だったような……
「俺はまぁ耐性あるんですけど、ロバートって結局まだ耐性調べてないんだっけ?」
隣を走るロバートに話を振ると、ロバートは頷いた。
「そう、実はまだ確認してなかったんだよね。黒の大陸行く前に念の為調べておかないと……」
「耐性あるかわからないのか?ならこの辺気をつけないと。瘴気溜りの発生率が最近上がっているらしいぞ」
耐性があるかわからないと言うロバートにジョンさんが忠告を出す。
「そういえば瘴気溜りって具体的にどんな状況なんだ?」
東の森に来る前にロバートが「瘴気溜りが……」って言ってた気がするけど具体的なことは聞いてなかったことを思い出す。
「そうか、瘴気に耐性があればあまり気にしたことないよな。瘴気溜りは前触れもなく瘴気が吹き出す場所のことだ。漏れ出す量としてはさほどじゃないがそれを食らったら耐性のないやつはひとたまりもないぞ」
ジョンさんがそう説明をしてくれている間に俺たちは東の洞窟にほど近い泉へと到着した。
瘴気水を汲むのはただの口実だったけど、ジョンさんがついてきてしまったのでとりあえずマジッグバッグから皮袋を取り出して水を汲む。
その間にジョンさんは探していた薬草が生えていたと言って水際の草に手を伸ばした。
その時。
ガササッ!!
草の影から一匹の蛇が飛び出し、ジョンさん目掛けて飛んできた。
「危ない!」
ロバートが蛇に気づき剣を向けたものの、距離がありすぐには届きそうもなかった。
ジョンさんが蛇に噛まれる寸前、
ガッ!
ドサッ。
蛇は地面へと落ちた。
「大丈夫ですか?」
俺とロバートで駆け寄り蛇を確認すると、蛇の頭は矢に射抜かれ絶命していた。
ジョンさんはどこかほっとした表情をし目を伏せる。
「無事か?」
三人で蛇を囲んでいると後ろから声がかかった。
振り返ればそこには……
「エレン!」
ガントレットにクロスボウをセットし、戦闘態勢を取ったエレンが現れた。
「エレン、助かった!」
「別に大したことはしていない」
にーちゃんのことで我を忘れてないかと心配していたけど、一人で飛び出したことでどうやら冷静を取り戻してくれたようで、その様子はいつものエレンだった。
そのエレンを前に、ジョンさんがさっきまでの俺たちに見せていた顔とは別人のように憎々しげに呟いた。
「はっ。別に大したことじゃない、か」
ジョンさんはそう言うと俺を押しのけ、エレンの方へ一歩前へ出る。
「こんなところに来てまでそんな偉そうな態度かよ、なぁ?七光りのオヒメサマ」
「別に偉そうにしているつもりは無いが、そう見えたのなら悪い」
きょとん、といつものエレンを見慣れている俺やロバートからしたらなんの悪気もない一言だとわかる言葉も、ジョンさんにとっては神経を逆撫でするには十分だったようで、ガッとジョンさんはエレンの胸元を掴んだ。
「いいよな、親が偉いやつは。そんな態度でも周りからチヤホヤされて、挙句の果てに闇騎士と一緒に黒の大陸まで同行出来るんだからなっ!」
ジョンさんはエレンを掴んだまま近くの木へ、ドン、と押さえつける。
「俺がどんなに望んでも手に入らないやつを、お前はそうやってホイホイ手に入れやがって!」
「おい!」
いい加減エレンとジョンさんを引き剥がそうと、俺がエレンの元へ駆け寄ろうとすると、それをエレンが目で制止する。
「はぁ……」
ジョンさんに、押さえつけられたままエレンはそう一つため息をつくと、目にも止まらぬ速さで押さえていた手を掴み、逆に捻りあげると、身体を回転させジョンさんを地面にうつ伏せに組み伏せていた。
そしてそのまま、ダン!と背中を踏んで押さえつける。
……うわ、痛そう……
「なんの誤解をしているか知らないが、七光りと呼ばれるようなことは私は一切していないしされた覚えもない」
「ぐ……ぅ……」
そしてぐぐ、とさらに踏む足に力を込めた。
ジョンさんは抵抗する気が失せたのか、それとも事態について行けなくなったのか呆然としエレンのなすがままになっている。
その様子を見ていたロバートは、はっ、と我に返りエレンをジョンさんの上から引きずり下ろす。
「エレン、そこまで!このままだとジョンの中身が口から出ちゃう!」
ロバートがエレンをなだめている間に、俺は地面に倒れたままのジョンさんに手を伸ばした。
「……立てます?」
ビクッ、と一瞬肩を揺らしたジョンさんは俺の顔を見てそっと手を掴みノロノロと立ち上がった。
「……ジョンさんがなんでそんなにエレンに敵意を向けてるかはわからないですけど、短い付き合いの俺でもわかります。エレンは親の七光りとかそういうのは大嫌いで、やりたいことは全部自分で努力して手に入れる子ですよ」
「……」
ジョンさんは黙って服についた土埃を払う。そして小さく呟いた。
「……だよ」
「え?」
「俺だってわかってるんだよ!これが八つ当たりなくらい!!でも俺だって努力したんだ!なのに全然……身につかなくて……闇騎士の役に立ちたくて強くなろうとしても、魔物にビビって逃げ出すし……黒の大陸に同行したくても適性検査で弾かれるし……」
初めは怒鳴り散らしながら、後半は涙を目に溜めながらジョンさんは言葉を絞り出す。
「それで?」
エレンがこちらに一歩近付いた。
「それでシノブを使って私をここに呼び出したのか?」
「……あぁ、そうだ……」
言いきらないうちに、ジョンさんはエレンに殴られ吹っ飛んだ。